【5】
二次会の場所は考えてなかった。
外に出てからどうしたものかと悩む俺を救ってくれたのは森田さんだ。
二軒目は居酒屋で気楽に飲みましょう、と。
通り沿いを歩いて、地下のチェーン店に下りる。
店内は忘年会後のサラリーマンや若い男たちで騒がしかった。
通路を挟んで反対側にいる男女グループは合コン二部目だろうか。
会話がめっちゃ気になる。
「坂東さん? どうしました?」
「いえ、なんでもないです。じゃあ二軒目、乾杯!」
「かんぱーい!」
ジョッキを打ち鳴らす。
さっきの店と違って、分厚いジョッキは割る心配をしないでぶつけられる。
酔いを感じた俺はコーラを、森田さんはホッピーを。
「お酒強いですね、森田さん。大丈夫ですか? 酔ってませんか?」
「えー酔ってませんよー」
「酔っ払い。明らかに酔っ払い」
「酔ってたらどうする気なんですかー?」
「うわあ酔っ払い。どうもしませんよ、寝た向かいでぼーっとウーロン茶飲むだけです」
「そこー! 持ち帰らないんかーい!」
「そりゃね、もう終電ありませんから。タクシーじゃ埼玉の奥地には帰れません」
「そっかあ。え、帰れる距離だったら坂東さんの部屋に泊めてくれたんですか?」
「うーん、いま一人暮らしなんですけど、仕事部屋でもあるからなあ」
「さらっと断られたー! 真面目かよばんどうー!」
森田さんの酔っ払い度が急激に増してる気がする。
とりあえずチェイサーにお水を頼む。
「聞いときますけど、森田さんは終電何時なんですか?」
「0時半前だったかなあ」
「あと一時間ぐらいですねー。ほら水飲んでおきましょ水」
「うう……マトモだ……マトモな人がいる……」
「一次会楽しかったですからね、楽しいままいたいじゃないですか」
「うぅへへへへ。坂東先生はときどきドキッとすること言いますねえ。私口説かれてます?」
「あんまり考えないで口にしてるだけですね。口説かれてません」
「ますん! くそー!」
森田さんが水をがぶ飲みする。
よし、ホッピーの隣に並べておいた俺GJ。
ところで外村さんこれどうしたらいいんでしょうか。
めっちゃ相談したい。でもスマホは触りたくない。あと「好きにしなさいよ!」って声が脳内に響く。アドバイスありがとうございます!
「これ水じゃないですか! うー、そういえば日本酒好きな女友達がベロベロになると、私もさっと水に替えてましたー」
「いい仕事してますねえ。さすが森田さん!」
「坂東さん私を子供扱いしてません? 酔っ払い扱いしてません?」
「そこ同列!? してませんよ、はい、水のおかわりです」
「うー」
「ほら、森田さんの方が11歳下? ですからね、俺がちゃんとしないと」
「それを子供扱いって言うんですー」
「11歳下か……歳とったなあ俺」
「けどぜんぜんそんな感じはないですよ? 話しやすいですよ?」
「それはほら、社会経験少なめですから。苦労も責任も足りないせいで心も顔も幼くて」
「なんか違う気がしますー」
「はあ、そうですか。ほんと大丈夫ですか森田さん? ちゃんと帰れます?」
「帰れますん!」
「どっちだそれ……」
「さーどっちでしょー!」
なんだろう、人から聞かされたら「何その酔っ払い面倒くさそう」って思いそうなのに、なぜか可愛く感じる。
俺もだいぶ酔ってるんだろう。脳内の外村さんがわめいてるけど聞こえない。
「まあダメだったらタクシーに乗せればなんとかなるでしょう」
「えー? まだ帰りたくないですー」
「直球。直球きた」
「坂東さんは帰りたいんですか?」
「そこはその、まだお開きにしたくなかったからこうして二軒目に来たわけで」
「そうですかー。うへへへへ」
「ツッコミがない。ボケられなくなってきた」
「え、いまのボケだったんですか!?」
「いや違いますけども。森田さん、酔うといっつもこんな感じなんですか?」
「今日は特別です! 楽しいんで!」
「おーうれしいですね」
「ほんとに? ほんとにそう思ってます?」
「思ってますよー。じゃないとさっさとタクシーに押し込んでます」
「冷たい! 坂東先生が冷たい!」
一度のけぞった森田さんがぐわんと戻ってくる。
がしっと手をつかまれる。
「手も冷たい気がします! ひゃっこくて気持ちいい!」
「これ大丈夫なのかマジで」
たぶん俺の手が冷たいんじゃなくて、お酒がまわった森田さんの体温が上がってるんだろう。
手を持ってかれてペタッと額に貼り付けられる。
暖かい、というか熱い。
「森田さん、こういう時いつもどうしてるんですか? タクシーで帰れてます?」
「帰れてます! あと時々ラブホに行っちゃいます!」
「おっとー?」
「荒れてた時期もあったんですよー。ビッチで軽蔑しちゃいました?」
「いやあ、『あなボロ』読んでますからね。俺、森田さんの表現が好きなんです。そういう経験がなければ『あなボロ』は書けないでしょうし、だから森田さんがそうでも軽蔑しませんよ」
「きゃー! 坂東先生結婚しましょ!?」
「しますん!」
「どっちだそれー!」
なんだこれ。
酔っ払いの戯れ言は流す。
けど、軽蔑しないってのは本音だ。
経験浅い俺じゃ逆立ちしたって『あなボロ』は書けない。
どこかにカンヅメになっても、時間をかけてもたどり着けない。
森田さんの表現を生んだのがその経験なら、むしろ尊敬する。
額に当てた手が押される。
森田さんの頭が前に行こうとしたらしい。
「大丈夫ですか? ちょっと寝ます?」
「大丈夫です。寝ないです」
「怪しすぎる……ちょっと寝たら楽になるタイプだったり?」
「私はないですねー」
イスに座りながら体がふらふらしてる。
ときどき目を開けてはジョッキを傾けてホッピーか水を補給してる。
さすがに心配になってきた。
「どうしたもんかなあ」
「かんたんです坂東先生。ラブホ行きましょ?」
「……はい?」
「なんにも! なんにもしませんから!」
「ぎゃくー! それ男がそう言って誘うやつ! しかも何もしないわけがないやつー!」
「えーいいじゃないですかー。お風呂入って寝たいです」
「それお風呂で寝てますよ。ベッドで寝てください」
「はい! じゃあ行くってことでいいですね!」
「あっ」
「ほら出ますよ!」
「えっなんか急にシャキッとしてません? これ罠にかけられました? 怖い男の人とか出てきません?」
「ますん!」
「はあ、まあさすがに疑ってませんけど。ほら、大事なプレゼント忘れてますよ」
「危ないー! ありがとうございます!」
立ち上がってリュックを背負う。
プレゼントの入った手提げ袋と、森田さんのカバンも持つ。
優しさではなく、どう考えても忘れていきそうなんで。
テーブルの上をチェックして森田さんのスマホを森田さんのコートのポケットに突っ込む。
腕を取られてよりかかられる。
最後にお会計用の札を手にして、レジに向かった。
歩きにくい。
あったかい。
やわらかい。
アルコールのせいで鼓動が早い。
店員さんの「大変そうだなあ」って目を受け流しながら片手で会計を済ます。
外に出る。
師走の新宿は、日付が変わっても人通りが多かった。
森田さんに手を引かれて、花園神社の横を抜ける。
裏道は静かだ。
「緊張してきました」
「ええー? 経験ないわけじゃないって言ってたじゃないですかー」
「それはそれですよ。会社員時代の話ですしもう何年前のことか」
「へへーそっかーひさしぶりかー。相手が私でよかったですか?」
「一緒にいて楽しいですからね。何もしませんけど」
「しないんかーい」
「ほらもうちょっと自分で歩いてください」
「えへへへへ」
森田さんがふにゃふにゃだ。笑顔もへにゃへにゃだ。
短編ハッカソンの時のキリッとした感じも、タバコが似合う感じも、執筆中の集中してる感じもない。
かわいい。脳内で騒がしい外村さんは
「あとは、クリスマス前最後の花金で、空室あるかどうかですね」
「なかったらどうしますー?」
「その時は女性専用カプセルホテルに押し込むかなあ」
「れいこくー! 本当は?」
「新宿からタクシー移動で違う繁華街行きます。まあ大丈夫でしょう、歌舞伎町の全ホテルが満室なんてそんなことは、ねえ」
「ないと思います!」
「詳しいんですね?」
「歌舞伎町は私の庭ですからー!」
断言する森田さんを軽蔑することはない。
経験も奔放も、それが森田さんの表現を生んだ? んだろうから。
嫉妬もない。
ただ、少しだけ。
俺は大切にしたいな、と思った。
二人きりで会った初めての日に、ラブホに行こうとしてる俺が思うことじゃないけど。
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