【5】


「あっ。今日は一緒にお風呂入りますか?」


「なんでしょう、緊張しますね」


「えー? この前は一緒のベッドで寝たのに?」


「それとこれとは別ですよ、恋人とお風呂に入るって聞いただけで鼓動が早いです」


「家でお酒飲まないって言ってましたもんね」


「そうそうだからすぐ酔いがまわって鼓動が早……そういうことじゃないです!」


「はあ楽しい。告白は坂東さんからしてもらうぞー!って思ってたんです」


「それでさっきたたみかけたと」


「ううん、作戦とかじゃなくて、思ったことを素直に言っただけですけど」


「俺も、思ったことを素直に言っただけです。あれ? 俺より先に『好き』って言いませんでした?」


「知らないですー」


「勘違いかな、たまに妄想と現実がごっちゃになるからなあ」


「えっ、こっわ!」


「現実で話したのか聞いたのか、過去の妄想で話したのか聞いたのかわからなくなることありません?」


「ないです!……嘘ですちょっとわかります」


 密着して、熱を感じるぐらいわずかな隙間で話をする。

 至近距離で見つめ合って笑い合う。


 出会ったのは一ヶ月ちょっと前。

 二人で会うのは二回目。

 けど、なぜかこれが自然な感じがして。


「日常の場所に森田さんがいるのは特別な感じなんですけど……でも、それがハマる気がしてきます。ほんとはこうだったんじゃないかって」


「わかるー! なんでしょ、不思議ですよね!」


「半身を見つけたような感覚ですね」


「シレッとすごいこと言うな!? わかりますけど! なんか満たされた感ありますけど!」


「わかるんかーい!……森田さんも同じように思っててくれてうれしいです。あっ」


「えっ? なんで真面目な顔になるんですか? まさか重たい秘密がまだ?」


「いえ……あの、おたがい敬語やめませんか?」


「はい喜んで! 私が年下だけどいいんですか?」


「ええ、こ、こいびと、恋人に敬語使われるの落ち着かないです」


「わかりました! 坂東さんも敬語やめてくださいね?」


「はい。あと……」


「えっまだ何かあった? 今度こそ重い話?」


「その、呼び方を変えていいですか? 『森田さん』じゃなくて」


「あっはい。もちろんいいですよ? 好きに呼んでください」


「うっ。何かこう、呼ばれたい名前とか」


「好きに呼んでください」


「うう……『森田玲花』ですから、玲花さん? 玲花ちゃん?」


「好きに呼んでください?」


「れかちゃん? れかたん?」


「待って好きに呼ばせるとマズい気がしてた」


「れかさま? ハニー? マイスイート?」


「おっとー!? その辺はナシにしようねダーリン」


「そうですね人前だと大変ですもんね。『ハニー! こっちこっち!』」


「『あっ、ダーリンいた! もう、すぐふらふら行っちゃって、ダーリンったら!』」


「ヤバい。秒でSNSにアップされる。バカップルいたってツイートされる」


「坂東さんそんなキャラでしたっけ? 浮かれてるな?って」


「最近キャラ変したんです。恋人が好きすぎるもので」


「コイツ開き直りやがった……!?」


「そうですね、やっぱりシンプルに。玲花」


「やめて急に真面目なトーン恥ずかしくなる。なんですかたろーさん?」


「大好きだよ、玲花。これからもよろしく」


「私も大好きだよたろーさん。恥ずかしい。なんですかねこれ恥ずかしい」


「安心してください、俺も恥ずかしいです」


「じゃあなんで言ったー!」


「さて、お風呂入れてくるね。今日は一緒に入ろう、ハニー」


「浮かれてるな!? たろーさん急速に浮かれすぎだな?」


 ソファから重い腰を上げる。

 身をかがめると、察した森田さん……玲花が、いってらっしゃいのキスをしてくれた。


 しあわせすぎる。

 まさか、自分がこんな風になるなんて。

 恋しなさいって俺を煽った外村さんも、一ヶ月もなくこうなるとは思ってなかっただろう。落ち着いたら報告しなきゃ。


 お風呂の栓をして、自動給湯のボタンを押す。

 リビングに戻って玲花に迎えられる。


「待てよ?」


「どうしたのたろーさん?」


「『恋しなさい恋』って、恋愛モノ書けない俺へのアドバイスされたんですけど」


「はあ、電話でそんな話してたね。仲良い編集さんに言われたって」


「これつまり、いまの俺ならラブコメ書けるってことでは?」


「浮かれまくってるー! でも読みたいー!」


「けど、書くなら現代モノのラブコメだよ? ハニーはネタにされても平気?」


「ってこの恋がネタになるんかーい! いいですよ? 私もネタにしていいですか?」


「もちろんです、小説でも詩でも短歌でもブログでもエッセイでも、なんでも好きにネタにしてください!」


「……ラブホでしなかった話も?」


「どうぞどうぞー。じゃあ俺もラブホでしなかった話をネタにしても?」


「いいですよ?」


「はー、恋人が玲花で最高です。普通イヤがりそうなものじゃないですか」


「それは私のセリフです! え、ほんとに大丈夫ですか? 『ラブホで致さないって○○○ついてんの!?』とか書かれても平気ですか?」


「直球ぅー! 平気ですよ、面白ければ最高ですけど、面白くなくても事実なんで。ぜんぜん、脚色してくれていいですしね」


「やったー! 恋人がコメディ作家で最高です!」


「うぇへへへへへ」


「デレが早い。ほらお風呂の準備しましょ? お風呂が沸いた音しましたよ?」


「そうですね、行きましょうか。玲花とお風呂……」


「ニヤニヤしない! この前は誘っても『一緒に入りませんよ?』ってキリっと断ってたのにー!」


「ベタ惚れだからね、仕方ないね」


「誰だこの人……ほんとにたろーさん?」


「早くも幻滅しましたか?」


「ううん、好きです!」


「玲花もそんなキャラだったっけ?」


「キャラ変しました、大好きな恋人ができたもので!」


 バカップルだ。

 紛うことなきバカップルがここにいる。

 まあ、俺の部屋の中で、他人に見られてるわけじゃないからよしとしよう。

 きっと外では二人とも普通のカップル程度になるはずだ。たぶん。


 自分の分と、森田さんの、もとい、玲花の着替えとタオルを用意する。

 渡して、洗面所兼脱衣所に向かう。


 今日は、二人で。


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