【6】
「今度こそ朝チュンですね」
「これは間違いなく朝チュン」
「コーヒー淹れましょうか。飲みます?」
「お願いします」
「じゃあもう少しゴロゴロしててください。テレビつけておきます? 中継はまだみたいですけど」
「優しい。たろーが優しい」
玲花を置いてベッドを出る。
エアコンのスイッチを入れて、テレビをつけてチャンネルを合わせてからキッチンに向かう。
やかんにお湯を入れて火にかける。
ウチには電気ケトルもポットもない。
お湯が沸くのを待つ間、アイコスを起動する。
「あータバコ吸ってる、ずるい」
力の入ってない声が聞こえてきた。ので、アイコスを置いてベッドに行く。
「起きれますか? 寝タバコは止めますよ?」
「起こしてー」
声をかけると腕だけ伸びてきた。何この可愛い生き物。
手を引っ張ってもぐにゃっとする。起きたいけど起きたくないらしい。
腕だけで起こすことを諦めて、ベッドに寝そべる玲花をハグする。
腕をまわしてくれたことを確認して、上半身を起こす。
「あっ。罠だ!」
「ほら起きてください、箱根駅伝はじまっちゃいますよ」
「そうだった!」
俺は自営業にしては? ラノベ作家・なろう作家にしては? 規則正しい生活を心がけてる。午前中に起きてる。まあ7時台に起きることはない。
「普通の休みなら寝かしておくんですけどね、今日は年イチの大事な日でしょう?」
「そうです! 出走順チェックしないと!」
「はじまる前からやることあったー。じゃあソファで座っててください、コーヒー淹れて、昨日買ったパン出しますね」
「ありがとうございます。うへへへ、たろーさんが優しい」
玲花がふにゃっとソファに座る。
なんだろ、特別なんだけど、日常なこの感じがたまらなく嬉しい。語彙が死ぬ。
コーヒーを淹れて、冷蔵庫からサンドイッチを出して、俺がソファに座る頃には復路の号砲が鳴っていた。
「行けー! 鉄紺の誇りを見せてくれー!」
「おー、往路はこんな順位だったんですね」
「はい! 今年も楽しめそうです!」
箱根駅伝がはじまって、起き抜けでぼんやりしてた玲花のテンションが上がっていく。
スポーツすごい。わかる。
サンドイッチをパクつきながら玲花の応援と解説を聞く。詳しい。けど、7区、8区と進むうちにトップは独走態勢に入った。むしろ二位三位争い、シード権争いが面白い。
「ううー、これはひっくり返せないかなあ。うう、がんばってほしい……」
玲花はソファで体育座りしてクッションを抱えてる。
「お酒飲む? あとで運転するから俺は飲まないけど」
「飲むぅ。私だけごめんなさい」
「いやあ、俺そんなに飲まないからね。隣で飲まれても気にならないよ」
「たろー優しいかよー!」
「あ、俺、パソコンのオンデマンドで違うの観ていい? 今日は花園あって」
「私知ってる、高校ラグビーだ!」
「おおー、よくわかったね。隣で変な声出してたらごめん」
「いまさら!? 私けっこう奇声を発してるけど!?」
「正月休みにそれぞれ違うスポーツ観ながら奇声を発するカップル」
「付き合いたてなのに長年寄り添った感があるな?」
「たしかに! けどなんだろうね、同じ空間にいて別のことしてても自然に思える」
「たしかにー!」
「おたがい敬語はちょいちょい出てるけどね。そのうち抜けるかな?」
「抜けますん! うう……言わされた……慣れたら抜けるでしょう」
「ですねえ」
話しながら、玲花はテレビを、俺はノートパソコンの画面から視線が動かない。
付き合って二日目、初めての朝チュン後のカップル感はない。腕が絡んでるけど。
「こういうのも楽しいねー」
「恋人に付き合って知らないことを知るのも楽しいけど、これはこれでありですねえ。はあ好き」
「どうした急に!?」
「たろーさんもこの部屋も、なんか落ち着くなあって思ったので」
「うれしいです。いつでも来ていいですよ? 休みの日でも仕事帰りでも。遠いけど」
「うう、もっと近ければ入り浸ってたのにー! もう一緒に住む? たろーさん結婚しよ?」
「しますん! 昨日、『一歩ずつ』って言われたのに!?」
「うう……たろーさんがちゃんと覚えてる……」
「それはね、うれしかったもので。忘れたくないです」
「恥ずかしい。なんだろ恥ずかしい」
玲花がごくごく缶ビールを開ける。
そんな会話をしながらも、おたがい視線はほとんど交わらない。
駅伝で動けない玲花のために、花園のプレーの合間に冷蔵庫からビールを取ってきて渡す。ラグビーはプレーが止まる時間があるもので。
玲花はCMのたびにネットで情報を仕入れたりSNSでほかの駅伝好きと交流してる。
それもまた、スポーツの楽しみ方だ。
「そういえば玲花、今日は短歌詠まなくていいの?」
「えっ。まさかたろーさん、私のツイッター見てました?」
「短編ハッカソンが始まる前に、見つけられた限り参加者をフォローしましたから」
「マジかー、マジかー、見られてたかー」
「これあの話かなとか、おっ、デザイナーさんから返歌されてる、とか見てました」
「うう……大丈夫でした?」
「めっちゃエモかったです!」
「たろーさん懐が広すぎるんだよなあ」
「いやあ、おたがい創作やるから知り合ったわけで。ネタになるなら好きにしてくださいね?」
「ありがとうございますぅ」
「玲花の表現大好きですから。バンバンやっちゃってください!」
「たろーさんシレッと直球放り込んでくるんだよなあ」
「素でいくって決めたんで。思ったことは口にするって決めたんで。だから玲花も言ってね、何かあったら、何もなくても」
返事の代わりに、左腕にぎゅっとしがみつかれた。
たぶん箱根駅伝が10区に入ったからじゃない。
花園の試合がひとつ終わった合間にツイッターを覗く。
「あっ。玲花、またデザイナーさんの短歌がアップされてるよ? 報告しなくて平気? 返歌詠む?」
「あの人はまたー。あとにします!」
「俺も、相談乗ってもらった編集さんに報告しないとなあ。めっちゃヒヤリングされそう」
「なんか照れますねえ」
「堂々と自慢してやりますよ!」
「そこー!? 『坂東さんキャラ変わってない!?』ってなりますよ?」
「いいんですいいんです。新坂東太郎です。坂東新太郎です」
「キャラどころかペンネーム変わったな!?」
「うーん、しっくりこない。坂東ニュー太郎かなあ」
「だせえ!? さすがに止めますよ?」
「冗談ですよ冗談。キャラ変わっても坂東太郎でいきますよ」
オンデマンドのフル画面モードを解除する。
かちゃかちゃキーボートを叩く。
「たろーさん何してるんですか? 執筆? ネタメモ?」
「いやあ、人生最初で最後の短歌を詠もうと思って」
「ええっ!?」
「難しいですねえ短歌。デザイナーさんも玲花もほんとすごいなあ」
「急にどうしたんですか!?」
「うーん、報告兼ねて? 直球じゃなくてわかる人にはわかる匂わせ風で? ダメだイケてない。最初で最後にしよう」
「えー? 気にしないでばんばん詠んだらいいと思いますよ?」
玲花の言葉をスルーする。
どうやってもクオリティが上がらない。発想も凡庸だ。
ほんと玲花すごい。始めたばっかりなのにレベル高いデザイナーさんもすごい。
まあ、恥ずかしがってたら創作はできない。
ジャンルは違うけどそれぐらいは知ってる。
ブラッシュアップを諦めて、俺は一首投稿した。
いずれ見つかると思うけど、玲花には見せないで、SNSに。恥ずい。
”箱根路と花園の熱は遠く去り こわばる指にタイプがズレる”
…………やっぱり小説書こう。現代恋愛モノ書こう。少なくとも短歌より、『しのばずエレジイ』の時より感情が乗るはず。外村さんのアドバイス通り。編集さんすごい。
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