【8】
中央環状線と5号池袋線の四車線分岐をクリアする。
ここからは長いトンネルだ。
口数が減っていく。
さすがに、4号新宿線と分岐するところで渋滞に捕まった。
分岐後の長い坂を登って、新宿のビルがチラッと見える。
「ここ、高速で通ったことある」
「都心側から玲花の家に帰る時は通るだろうね。新宿駅に向かう高速バスも通るかな?」
「家に帰る時だと思う。八王子の実家の時かもしれないけど」
「あーなるほど、どっちにしろ中央道に出ないとだもんね。この分岐を使うかは怪しいけど」
「そうなの? 運転できるたろーさんすごいなあ」
「カーナビ頼りです。昔はね、遠出する前に紙の地図を開いて道を覚えてたんだけど」
「ハードル高っ!」
「ジェネレーションギャップゥ……」
「ほら私免許持ってないんで! よくわからなくて!」
4号新宿線は断続渋滞だった。
カーナビを見るとこのまま高井戸出口まで混んでて、その先の一般道は順調みたいだ。
つまり、あと一時間もかからない。
「到着まで40分ぐらいなかあ」
「うう……」
「またすぐ会おうね。次はいつにしよう。いつあいてますか?」
「週末! 今週末どうですか忙しいですか!?」
「どっちか一日ならイケるかな」
「じゃあそれで! あ!」
「どうした?」
「土曜日、夕方から空いてるんですけど……泊まりに来ますか?」
「えっ」
「そうすれば日曜は一日一緒にいられるし!」
「おー、いいね! そうしようか!」
「えへへ……」
「あれ? 玲花、キャラ変わった? 恋人とずっと一緒にいたいタイプだっけ?」
「違いますけど? たろーさんこそキャラ変わったんじゃないですか? 『予定が合う時に一緒にいられればいいかなあ』で振られたとか言ってませんでした?」
「そうですねえ、キャラ変わりましたねえ。恋人が好きすぎるもので」
「堂々と惚気られました! 本人に!」
「仕方ないね、玲花を好きすぎるからね」
「昨日まで『好きってよくわからない』って言ってたのに!?」
楽しい時間はあっという間に過ぎていく。
断続渋滞は、混んでたけど止まることなく流れて、高井戸ICで高速を降りる。
一般道で少し窓を開けてアイコスを手にする。
玲花はカチッとライターを鳴らしてつけてタバコに火をつける。
「週末は、今度こそ初詣かね」
「そうねえ、どこか行きたいところある?」
「心と体の体力、まだ不安っちゃ不安なんだよね」
「けどミジンコよりは体力ありますよね? 短編ハッカソンを乗り越えるどころか、私たっぷり煽られたけど?」
「その節はほんとすみません。一年ちょっとジム通って、やっと人並み以下に戻ってきた気がする」
「以下なんかーい! でも努力しててえらいっ!」
「そりゃねえ、前までは、都内に打ち合わせ行くと、乗換駅で喫茶店行って休憩して、最寄駅に着いて休憩して、一時間超えたら打ち合わせしんどくなって」
「それはほらアレだよ、都内まで遠いから」
「終わったら喫茶店入ってタバコ吸って休憩して、乗換駅で休憩して、家に帰って次の日までぐったりするという」
「しんどい……よく体力ついたねえ、がんばったねえ」
「まあタバコ吸いたいってのもありましたけどね」
「たしかに! けど無理しないで、しんどい時は言ってね?」
「玲花もね、タバコ吸いたい時やトイレ行きたい時も」
「恋人が喫煙者で気楽!」
「トイレも近い方でして」
「めっちゃ気楽! 私もトイレ近い方なんで!」
「よかったあ。その辺、『また行くの?』とか言われちゃったらつらいんで」
「わかるー!」
甲州街道を右折する。
もうすぐ、昨日玲花を拾ったドラッグストアだ。
「玲花がイヤじゃなければ家の前まで行こうか? 恋人として?」
「ありがとう恋人ー! 家の前の道は狭いけどさっと降りるだけなら平気だから!」
「さっと降りるだけかあ」
「ほら寂しそうにするなー。明日はおたがい仕事がんばって、明後日はもう土曜日! 会える日!」
「そうですね、あっという間です。あっという間なはずです。……夜、帰って落ち着いたら電話していいですか?」
「あれ? たろーさん電話苦手って言ってませんでした?」
「それはそれ、これはこれです。過去は過去、いまはいまです」
「それっぽいこと言ってるけど意味はないな?」
「正解っ!」
「また真面目な顔でボケるー」
「読み取ってくれて嬉しいです」
話の合間に挟まれた玲花の指示で、住宅街の小道を入っていく。
川沿いの道は狭い。
玲花が暮らすアパートはこの道沿いらしい。
たしかに、車は停めておけそうにない。
だから、もうすぐお別れだ。
話したいことがあるならいまのうちに、と気ばかり
まあ、夜には通話するんだけど。バカップル。
「アパート、これです」
「ここですか……」
前後に車はない。
けど、横は一台分もないだろう。長話はできない。
車を停める。
降りようとする玲花の手を握る。
運転から離れて、ひさしぶりにアーモンド型の目を、はしばみ色の瞳を見つめる。
「好きです。なんだか、好きをはじめて実感した気がします。大好きだって、そう思った、最初で最後の人になってくれませんか?」
うまく言葉にできない。
敬語はやめようって言ったのに敬語に戻ってる。
玲花はちょっと目を大きくして、笑った。
「バーカ! 大好きだぞ!」
がばっと抱きつかれて、キスをした。
車はまだ来ない。
けど、自転車っぽい光が近づいてくる。
「じゃあ、行きます」
「寂しそうな顔するなー! こっちまで寂しくなっちゃう」
「へへ……」
「嬉しそうな顔するなー! 単純かー!」
「もうデレデレすぎるんで。じゃあ、行きますね」
「うん」
最後に、軽くキスして、玲花が助手席のドアを開ける。
忘れ物がないか確かめてドアを閉める。
バタンと閉まったドアの外で玲花が手を振る。
手を振って、車を出した。
狭く、ゆるやかにカーブした川沿いの道。
サイドミラーに映る玲花の姿は、すぐ見えなくなった。
車内が静かだ。
カーナビに従って広い道に出る。
信号待ちの間に紙巻きタバコを抜く。
少し窓を開けて。
俺は、車に乗せておいた、真新しいライターでタバコに火をつけた。
平成最後のお正月、令和元年になるはずの年。
一年のはじまりに、恋をした。
ひょっとしたら、クリスマス直前忘年会の時から、その前の読書会の時から。
あるいは、短編ハッカソンの期間中に。
それか、「火、貸してもらえません?」と、声をかけられたその時から。
恋に落ちていたのかもしれないけれど。
一人で吸うタバコは、なんだか喉に詰まる気がした。
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