『第三章 忘年会という名目のデート』

【1】


”坂東さん、すみません! 少し遅れそうです!”


”年末で忙しそうですもんねー。了解です!”


”私が誘ったのにほんとすみません!”


”気にしないでください、どこか適当な場所で書いてるんで。会社出たタイミングで連絡くださいー”


 短編ハッカソンの非公式『読書会』があった六日後。

 俺は超めずらしく、三週続けて都内にいた。


 森田さんからのメッセージを受けて近くの喫茶店に入る。

 喫茶店というか、昼間はカフェで夜はバーになるチェーン店だ。

 タバコ吸えるしフリーWi-Fiもあっていつもお世話になっております。

 この時間は、席でオーダーを取ってくれる。


「カフェラテ一つお願いします。あ、アイスで」


「かしこまりました」


 そういえばこの一ヶ月、やたら人と話してるな、とふと思う。

 短編ハッカソンに参加する前は、数ヶ月の間、いま店員さんとした会話ぐらいしかしてなかったのに。

 果たして今日、俺は女性と一対一でうまく喋れるんだろうか。

 ……会話に困ったら短編ハッカソンの話をしよう。大丈夫、共通の話題はある。大丈夫、大丈夫だ。


 浮ついた心を押さえつける。

 ついでに、いい待ち時間ができたと荷物を整理する。


 普段使ってるリュックが今日はパンパンだ。

 ノートパソコンに、モバイルバッテリーや財布やコード類、ペンを入れたバッグインバッグ。

 それに、家を出るとき着てきたカーディガン。

 なにしろ地元の服屋では「これがオススメなんですけど在庫がなくて」と言われて、気を利かせた店員さんが別店舗に連絡して取り置いてくれたもので。


 昼過ぎ、秋葉原に寄って引き取ってきた。

 いま着てるのはタグを外してもらった新しいカーディガンだ。色が違う。

 コーデュロイの黒シャツとライトグレーのスキニーに白スニーカーに合わせるんだったら、「青カーデよりグレーの方がいい」らしい。「変に色を使うよりいっそモノトーンでいきましょう!」らしい。

 ファッションがよくわからない面倒臭い客の相談に乗ってくれてありがとうございます。店員さんを信じます。


 リュックには、さっき新宿の某有名デパートで買ってきたプレゼントも入ってる。

 伊勢なんちゃらの地下には、さすがにクリスマス商戦を意識した商品が大量に並んでいた。大都会すごい。

 迷ったけど、買ったコレを見つけてからも迷ったけど、いいと思う。ダメならダメだ。森田さんなら笑ってくれそうな気がする。笑ってくれるといいなあ。


 忘れ物がないか確認して荷物を整理した。


 ノートパソコンを開くも、物語は一文字たりとも進まない。

 アイスカフェラテとタバコだけが減っていく。

 アイコスは連続で吸えないことだけが難点だ。

 ひさしぶりの紙巻きタバコで喉がざらついて、カフェラテの減りがますます早まる。

 短時間で何度目かのトイレから戻ってくると、スマホに通知が来ていた。


”いま出ました! あと15分ほどで着くと思います!”


”了解です! けっこう早かったですねー。そちらからだと新宿三丁目駅の方が近いと思います。C5かC6出口あたりで待ってます”


 返信してまたタバコに火をつける。

 頬をぐにぐにマッサージする。

 舌の体操もしたいけど不審者に思われそうなんでやめておく。


 時間の進みが遅い。

 物語は一文字も進まない。

 諦めてお会計を済ます。


 外に出る。

 12月も後半、街は忘年会シーズンだ。あとクリスマス。

 毎年クリスマスは知らない子だった。なんならリア充爆発しろ! とか言ってた。

 けど、今年はクリスマス直前の週末に、女の子と待ち合わせしてる。


「なんだろ、雪でも降るのかな。もしくは病気にかかるとか?」


 あまりの珍しさに、自分でそんな独り言を漏らしてしまう。部屋の中でも地元の田舎でもなくて、人の多い新宿なのに。

 スヌードに隠れて他人には聞こえなかったと信じたい。

 ポケットに手を突っ込んで暖を取りながら、スマホが震えるのを待つこと10分ほど。

 めっちゃ不審者っぽいのに通報されなかったことを感謝したい。TOKYOすごい。


「坂東さん! お待たせしちゃってすみません!」


 ポケットからスマホを取り出すより先に、話しかけられた。

 短編ハッカソンの時と同じ赤いコートがまぶしい。


「いえいえ、お仕事お疲れさまでした! 忙しい時期じゃなかったですか? 無理してませんか?」


「平気ですー。ちょっと出がけに電話かかってきちゃっただけで」


 今日は酔っ払ってないはずなのに今日もテンションが高い。

 おかげで緊張を感じない。

 嘘ですちょっと緊張してます、うまく喋れてるか俺。


「じゃあお店行きましょうか。予約時間にちょっと遅れるかもって電話は入れておきました」


「ありがとうございます!」


 スタスタ歩き出す。

 駅の出口から3分ぐらい、森田さんを横に連れて歩く。


 とっくに陽は落ちて、忘年会に向かうサラリーマンやデートらしきカップル、女子会?っぽい女の子たちで街が浮ついてみえる。

 まあ俺もその中の一員なわけだけど。今日はね!



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