『第二章 二つの飲み会とデートのお誘い』

【1】


 年末進行でおたがいヤバくなる前に飲みましょう。


 口約束になりがちなのに、お世話になってる編集さんはきっちり日時を指定してきた。

 電車で一時間半かけて、ひさしぶりに都内に向かう。

 いやまあ先月の短編ハッカソンも都内だったけど。

 八王子、それも外れの方だったんで。


 待ち合わせの神田に着くと、編集の外村さんからメッセージが届いた。


”坂東さん、いまどこですか?”


”神田の西口? 南側の方ですね”


”そっちかー! 東口わかります? 来られます?”


”たぶんわかります。そっち向かいますね”


 モッズコートの前を合わせて歩き出す。

 スーツ姿の人波の中で浮いてる気がする。

 気のせいだ、誰も俺のことなんて見てないと言い聞かせ、背中を伸ばして街中を歩く。

 改札の前に外村さんの姿を見つけてほっとする。


「おひさしぶりです坂東さん。待ち合わせをわかりづらい駅にしちゃってすみません」


「いえいえー。いまはスマホがありますからね、余裕です余裕」


「えっ、坂東さんいつの時代の人? 昔だって駅の掲示板でなんとかなったよ?」


「外村さんこそいつの時代の人ですか! ひょっとして異世界帰りでらっしゃる?」


 とぼけた会話を続けながら店に向かう。

 今日は外村さんが予約してくれた、ジビエが食べられる店だ。ジビエっていうと洒落た感じだけど、イノシシやクマやシカ肉を提供する店だ。


 寒空を5分ほど歩いて、目的の店にたどり着いた。

 カウンター席に通されて横並びに座る。おっさんが二人で。


「ありがとうございます。一度行ってみたかったんです」


「しっかり取材してね」


「了解です。活用しようにもシリーズなくなっちゃいましたけどね!」


「痛いとこついてくるなあ。ほんと申し訳ない」


「いえいえ、こちらこそ力及ばずで申し訳ないです。『売れたら編集のおかげ、売れなかったら作家のせい』ですから」


「逆、逆! 『売れたら作家さんのおかげ、売れなかったら編集のせい』! 人聞き悪いこと言わないでね?」


「気の持ちようの話ですよ。そこ人のせいにしたら、恨みつらみで続けるのしんどくなっちゃいそうで」


 店員さんからトリアエズナマを受け取る。

 ジョッキを掲げる。


「それでは、『残念会』をはじめましょうか。お疲れさまでした!」


「お疲れさまでした! 掛け声がつらい。ほんと申し訳ない」


 たがいに半笑いでジョッキをぶつけた。


 年末進行がはじまる前に飲みましょう。

 俺と編集の外村さんの意見が一致した理由はひとつだ。

 先日発売したシリーズ二巻の売上初速が出て、確定した。

 なんとなく気づいていたことを投げかけると、外村さんから「お察しの通り……」という謝罪メールが届いた。


 打ち切り。

 面白いものを書けた!って自負があっても、編集さんからこれ面白いですね! とお褒めの言葉をいただいても、数字が出ないものは商業では続けられない。


 実は状況が厳しいことはわかってた。

 だから、二巻校了前にエピローグを差し替えた。

 シリーズが続けられないなら、主人公たちの旅を終えられるように。

 俺たちの戦いはこれからだ! 通称「俺たた」エンドでも、読んでくれた方が旅の続きやラストを想像できるようなエピローグになるように。


「書いてて楽しかったし、自分で読んでも面白かったんですけどね……ほんと難しい」


「編集部でも評価高かった自信作だったんだけどなあ。申し訳ない」


「創作ってほんと難しいですよね。この前のイベントも、手応えあったけど賞に届きませんでしたし」


「ああ、言ってた短編ハッカソン? どんなの書いたの?」


「読みます? 短編ハッカソンで書いた恋愛モノ短編と、審査員の講評聞いて改稿したバージョンと、クオリティに納得いかなくてがらっと書き直したバージョンあります」


「多い! あれ、そのイベントは半月前の話じゃなかった?」


「なんというか、消化できてない感じがあったんですよね」


「坂東さんそういうとこ真面目だもんなあ。コメディ作家なのに」


「ちなみに、それでも納得いかなくて、同じ『家』をテーマに書き直した短編が二本あります」


「だから多いって! 真面目か!」


「これでやっと消化できました。今後の課題も見えてきました」


「えっこんなマトモな作家さん初めて見るんだけど?」


「『打ち切り残念です』『ごめんなさい』よりこれを肴に飲みましょうよ」


「ポジティブか! そりゃ責められるより気が楽だけど!」


「いやあ、今回の反省点も、今後の方向性の話も相談したくて」


「せっかくの飲み会だからね、じっくり話しましょ」


 広くないカウンターの上に持参したタブレットを置く。

 短編ハッカソンで書いた『しのばずエレジイ』と、改稿版、結末を変えて書き直した版、新規で書いた二本。

 合計五本の短編を開く。

 傾けた画面を、外村さんは食い入るように読みはじめた。


 校正でも赤字を入れるわけでもない読み方だから、そんなに時間はかからないはずだ。

 待ってる間に、シシ肉のモツ煮込みをつまむ。

 濃いめの味付けにビールが進む。

 二杯目のおかわりが届いたところで、外村さんがタブレットから視線を外した。


「ぜんぶ読んだよ」


「速いですね、さすが編集さん。どうでしたか?」


「うーん。先に坂東さんの『書いてみた感想』が聞きたいかな」


 そう言って、外村さんは猪肉のシウマイをひょいっと口に入れた。

 俺もパクつく。美味しい。けど俺の舌じゃ粗く挽いた豚肉と違いがわからない。


「日にちが経って冷静な目で見ると、『しのばずエレジイ』はたしかにキャラの感情が表出してないなあと。あとオチが弱い。語感はいいんですけどね」


「だねえ。悪くないんだけど、全体弱い。オチでどんでん返しがあれば別だけど」


「改稿してもどうにもならず、オチを変えてみたのが書き直しバージョンです」


「うん。そっちの感想は?」


「ごちゃついたわりにオチが読める。いやあ、二段オチかますような、短編うまい人はすごいですね」


「まあね、ああいうのは特殊技術よ。真似しようと思ったらちゃんと勉強しないと難しいね」


「一方で、『家』をテーマにしながら、ファンタジー要素を自主解禁した新規短編二本は面白くなりました。『上野異聞録』は続きを書ければ面白くなりそうです」


「上野はいまも何かありそうな街だもんね。伝奇風でライト文芸狙いならありかもしれない」


「書いてて一番楽しくて、一番デキがいいと思ったのは『ダンジョン大国 日本』です。短編にしては長くなっちゃったんですけど」


「うん、読んだ中ではコレが抜群! 坂東節炸裂って感じで面白かったよ!」


「ですよねえ。坂東節がいいのか悪いのか。短編ハッカソンで組んだ編集の武原さんにも見てもらったんですけど、ダントツでこれが面白いと」


「そりゃそうだ、間違いないもん。三日間でコレ出せたら賞に引っかかったんじゃない?」


「うーん……でもせっかく編集さんが隣にいてくれるイベントなわけで。何か挑戦しないともったいないかなあと思いまして」


「坂東さんは考えすぎよ、考えすぎ」


 外村さんが蝦夷鹿のユッケをつまむ。

 考えすぎ。

 言葉の意味を考えながらビールを飲む。

 あ、おかわりお願いします。


「『ダンジョン大国 日本』は勢いで書いたでしょ?」


「はい。おかげでとっ散らかってます。二万字超なんで短編とするには長くて削ろうかなあと思ったんですけど、まとまりなさすぎて削れなくて」


「わかる。けどこれは削らない方がいい。このあとの展開は?」


「考えてないです。長編にするにはバイトをはじめるか、人を変えるかですね」


「この長さだと中途半端で商業は厳しいね。まあよっぽど売れてる作家じゃないと『シリーズとは関係ない短編集』って難しいんだけど」


「ですよねー。まあ『ダンジョン大国 日本』も『上野異聞録』も、書籍化やコンテスト狙いじゃなく趣味で書いたんで」


「それが一番面白い。だから、坂東さんは考えすぎって言ったの」


「はあ」


「もっと感情のままに、思いのままに、エネルギーだけで書けばいいんだって。整えるのは俺たち編集の仕事なんだからさ」


「わかってはいるんですけどねー」


「坂東さんみたいな作家さんは編集からしたら助かるよ? 話が通じるしネタは複数案くれるし、締め切りは守るし、原稿はちゃんと面白い」


「ありがとうございます」


「ただ、たぶんいまのスタイルじゃホームランは出ない。狙ってヒットを打てる作家になれるかもしれないけど、ホームランは打てない」


「あーはい。なんとなく感じてます」


「坂東さん、本来はこっちでしょ? WEB版の『10年ニート』とか『ダンジョン大国 日本』みたいに、勢いで書き散らかす方でしょ?」


「そうなんですよねえ。書いててもそっちの方が楽しいです」


「だよね。ひとシリーズポシャらせた俺が言うのもなんだけど、絶対そっちの方がいいって」


「ぶっちゃけ、今回いろいろ短編書いてみて感じました。だから『感情で書いて頭で見直す』のが今後の課題だと思ってます」


「それがもう考えすぎなんだってー」


 わからないかなあ、とばかりに外村さんがビールを飲み干す。追加を頼む。あ、ハイボールにするんすね。俺はウーロンハイで。


「もうね、ぶちまけなさいよ。書きたいと思ったものを書く! なろうじゃウケないだろうとか、ラノベ的じゃないとか気にしない! ジャンルも長さも気にしない!」


「ぶちまけて面白かったら書籍化してもらえます?」


「それはそれだけど。中身次第ということで」


「くあー厳しい!」


「ごめんね、しがない編集者だからさ。それで、今後勢いをぶちまけたいネタはあるの?」


「悩んでる時点で見つかってないですね。けど、俺に恋愛モノは厳しいです。今回ではっきりわかりました」


「ええー? 坂東さんが恋を書ければ強くなると思うんだけどなあ。ラブコメは当たったらデカいよ?」


「いま『ジャンルを気にするな』って言ってたじゃないですか。外村さん酔ってます?」


「平気平気。ほら、恋愛モノこそ感情を乗せやすいじゃない? 思ったことをがーっと書いてさ」


「いやあ、好きってよくわからないんですよねえ。だから感情を乗せられないというか、乗らないというか。結果『しのばずエレジイ』で」


 ウーロンハイに口をつける。

 自分が高二病男子みたいなことを言ってるのはわかってる。

 37歳のおっさんで、話し相手は40代のおっさんなのに。地獄かな?


「はーもう。恋しなさい恋」


「うわあ、さすが既婚者。余裕の上から発言ですね」


「二泊三日だったんでしょ? イベントでいい子いなかったの?」


「いやそんな余裕ないですよ。ゼロから電子書籍販売まで三日間ですよ?」


「そうは言ってもさあ! だって坂東さん、そういうとこじゃないと出会いないでしょ?」


「うっ、そりゃ普段は引きこもってますけど。いや引きこもってはませんけど。一人暮らしなんで買い出しとか」


「そこに出会いはある?」


「ないですぅ……」


「ほらー。忙しいったって、交流はあったんでしょ?」


「いちおう、軽くなら。あと今度『読書会』って、短編ハッカソンの短編を、一回に二作だったかな? 希望者が集まって語り合うイベントがありまして」


「それ! それに参加して恋してきなさい恋!」


「ええー? そんな、出会い厨みたいな」


「ほら引かない! 考えすぎない!」


「日常生活から!?」


 さっきまで真剣なアドバイスだと思って聞いてたのに、途端に胡散臭くなってきた。

 店員さんは無言でデザートを置いてきた。ありがとうございます。あ、デザートはジビエ関係ないんすね。そうですよね。


 ちょっとだけ森田さんの顔が浮かんだのは内緒だ。言ったら絶対からかわれる。数少ない喫煙者としてタバコミュニケーションしてただけなのに。


「それで、坂東さんの回はいつなの? 結果報告楽しみにしてるからね?」


「ええー? 外村さん、それ面白がってるだけじゃないですか?」


「何言ってんの! 坂東太郎がラブコメ書けるようになるのか書けないままか、重要な報告だよ!」


「暴論きた。ひどい暴論きたこれ」


「じゃあ楽しみにしてるからねー」


 外村さんがさっと伝票を持って立ち上がる。

 残念会ってことで奢ってくれるらしい。

 会社の経費で落ちないのに。自腹で。

 これ、お礼がわりに、どうだったかマジで報告した方がいいのかなあ。


「ごちそうさまでした」


「はい、お粗末さまでした。報告楽しみにしてるからね」


 さくっと念を押されました。

 なんというか、『シリーズ打ち切り残念会』のはずがあっさり方向性変わってる気がする。編集さんすごい。


 恋。恋かあ。

 そりゃ、好きってなんなのかわからないとか言ってたら恋愛モノは書けないよなあ。

 ……まあ、これも考えすぎなんだろうけど。


 酩酊した脳は、ぐるぐると益体もないことを考え続けていた。


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