【8】
「こういうのも朝チュンって言うんですかね」
「さあー、言わないんじゃないですかねえ」
「朝なのに? 鳥も鳴いてるのに?」
「あれは省略してるだけで事実を言ってるわけじゃないですよ?」
「なるほど」
眠い。
朝の光が眩しい。
二日酔いがないのは救いだ。
あれだけ酔っ払ってた森田さんも二日酔いはないらしい。すごい。
「森田さん、どこまで覚えてます?」
「ぜんぶ覚えてます!」
「え? 寝る前の、俺の恥ずかしいセリフも?」
「覚えてますよ? 『抱いて終わりになりたくないんですよ、大事に——」
「わー言わなくていいです! そっかあ、覚えてるのかあ」
「はい、ばっちり。ダメですか?」
「いいです、いいですけどね、これけっこう恥ずかしいですね」
「ええー? でも、うれしかったです」
ラブホから出て新宿駅に向かう。
昨日と同じく、森田さんは腕を絡めてきた。
受け入れられているように思えて嬉しい。
歌舞伎町の奥から新宿駅まで、朝の繁華街を歩く。
靖国通りの信号待ちで足を止める。
「森田さん」
「なんですか坂東さん?」
「また会ってくれますか?」
シラフの森田さんが、ぐっと体を曲げて俺の顔を覗き込む。
イタズラっぽい目をしてる。
「坂東さんは会いたいですか?」
「それはもう。会いたいですし、なんならいまも帰りたくないですよ」
「またしれっとそういうこと言うー! これだからラノベ作家はー!」
「それ昨日も言ってましたけど、むしろラノベ作家はこういうこと言わなそうな」
「そういうものですか?」
「そういうものです。それで、森田さん。また会ってくれますか?」
「はい、喜んで!」
信号が青になって歩き出す。
眠い。けど、足取りは軽い。
「はあ、今日用事がなければなあ。このまま遊べたのに」
「え、森田さん、それ俺が用事ない前提になってません?」
「用事あるんですか?」
「ありませんけども」
「ないんかーい!」
「ちょっとは書きますけどね、パソコンあるんでどこでもできるわけで」
「すごい。現代すごい」
新宿駅が近づいてくる。
繋いだ手が離れるのはもうすぐだ。
「けど、名残惜しいぐらいがちょうどいいんです」
「ほうほう、その心は?」
「だってまた会いたいじゃないですか。満足したら会いたいと思わなくなっちゃいそうじゃありません?」
「ありますん! 満足しても会いたいです!」
「強い。強い子きた」
「坂東さんは名残惜しいですか?」
「めっちゃ名残惜しいです。森田さんは?」
「名残惜しいです!」
東口の階段を降りる。
俺はJRで、森田さんは京王線。
ゆっくり歩いても、すぐに改札は見えてくる。
ため息を吐いて立ち止まった。
「誘ってくれてありがとうございました。昨日から、すごく楽しかったです」
「会ってすぐ『二時間ぐらいが限界』って言ってたのに?」
「ほかの人ならそうだったと思うんですけどね。相手が森田さんだったので平気でした。リラックスして楽しめました」
「うー、またそういうこと言うー!」
「いやほんと思ったことを言ってるだけなんです」
からかってるわけじゃない。
キザぶってるわけでも、口説いてるわけでもない。
向き直ってもまだ手が繋がってる。
「また会ってください。今度は俺から誘いますね」
「はい、待ってます」
「それじゃ、また」
「名残惜しいですけど、また」
ほどける。
手の行き場がなくて、持ち上げて手を振る。
森田さんを置いて歩き出す。
左にプレゼントの手提げ袋を持って、森田さんはずっと右手を振ってくれた。
俺がJRの改札を抜けて、人ごみに飲まれるまで。
俺から森田さんが見えなくなるまで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます