第5話
ガチャリ
「やっぱりあなたこんなところでまだ働いていたのね。さぁ帰るわよ。」
足音の主は吸血鬼の彼女だった。
彼は足音の主が殺人犯か幽霊か何かだと思い、身構えていたため足音の主が自分の知り合いだったと判明して安心するとともに拍子抜けしてしまった。
「え?なんできたの?てかなんで俺の働いてる会社の場所知ってるの?」
「フフッ、それはねぇ…」
吸血鬼の彼女はニヤッと笑った。
「あなたの体液の匂いがこの場所を教えてくれたからよ。」
「えっ?体液?」
「唾液に汗とか血液にあと精液とかかな。」
「え?精液?俺は会社でそんなことしたことよな…?」
彼は吸血鬼の彼女に言われて少しドキッとした。さすがにないとは思ったのが、念の為に過去の記憶をたどってみてもそのようなことをした記憶はない。
「フフッ精液は冗談よ。あなたの汗や唾液と血液の匂いをたどってきたのよ。」
「冗談か…それで何のために来たんだ?」
「言ったでしょ?私はあなたをこの会社から帰ってもらおうと思うの。もっと言えば
あなたにはこの会社を辞めてもらいたいと思っているわ。」
「は?何を言ってるんだ!?俺はこんなところにでも勤めないと生活することができないと言ったじゃないか!」
簡単に会社を辞めろという吸血鬼の彼女の態度に彼はカッとなって、どん!と机をたたいた。その音が彼と吸血鬼の彼女以外いない深夜の社内に響いた。彼は思った以上に音が大きかったのでそれに驚いて少し落ち着きを取り戻した。彼は仕事で疲れていたので冷静さを失っていた。
「急に取り乱してしまって申し訳ない。でもこっちが喘ぎ苦しみながらやっていることを何も知らない人から簡単に辞めたらって言われるのは正直に言ってムッとする
し、君が悪くなくても八つ当たりをしてしまう。」
彼はパソコンを閉じて帰る支度を始めながら言った。彼の今の状態では仕事をする気も起きないので、多少きつくなるが、今は帰って数時間後にまた出社してから続きをしようと思った。
「そうだ、もう俺と君の関係は終わりにしないか?こんないつ死ぬか分からない上に自分に従わない人間なんかよりももっと血がおいしくて素従順な人間の方が君にとってもいいんじゃないか?」
「それは…」
吸血鬼の彼女は何か言いたげだったが、彼はそれを無視して畳みかけた。
「俺はもう帰るから。これまでの関係はもうなかったことにしてくれ。それじゃあな。」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ…」
吸血鬼の彼女にかまわず、オフィスの明かりを消し、エレベーターの方へ向かった。
「ちょっと待ちなさいって言ってるじゃない!」
エレベーターに乗ろうとした彼に吸血鬼の彼女が突進してきて彼の腕をがっしりとつかんだ。そして吸血鬼の彼女のか細い腕で彼を抱きかかえると、腰に手をまわして丁度お姫様抱っこのような体位で抱え上げた。
「ちょ、ちょっと何をするんだ!?」
「いいからいいから!」
吸血鬼の彼女は彼をお姫様抱っこしたままオフィスの窓ガラスを割り、深夜の空に飛びおりた。
「わーーー!!落ちるーー!」
そして地面に落ちる前に吸血鬼の彼女の瞳が紅く染まると、その瞬間吸血鬼の彼女の背中から漆黒の大きな翼が羽ばたいた。そして漆黒の翼は大きく羽ばたいて、町が一望できるようなくらいの高さまで飛んで空中で静止した。
吸血鬼の彼女は俺がぶるぶると怖がっているのを見て俺に優しく声を掛けた。
「怖がらないでね、私は力にはかなり自信があるから。」
「そういう問題じゃなくてだな…俺は高所恐怖症なんだ。早く下ろしてくれ!」
「あら下ろしてもいいのかしら?」
吸血鬼の彼女はイタズラっぽく笑った。
「いや、それはだな…」
「まあそれはいいわ、そんなことよりも、下を見てみなさい。」
言われた通り下を見てみると、とても美しい夜景が広がっていた。
「綺麗でしょ?あなたにこれを見せようと思ってあなたを抱っこしてきたのよ。」
「確かにとても綺麗で美しい。だがなんでこれを俺に見せようとしてくれたんだ?」
「え?ここまでしても分からないの?はぁー鈍感ねぇ。」
吸血鬼の彼女は少し頬を紅く染めた。
「私はあなたが欲しいと言っているの。あなたに私の専属食糧君になってほしいと思
っているの。あなたの血はこれまで永い時を生きてきた私にとっては最高のものであったし、それに……あなたを見ていると、なんだかあなたを失いたくないというかね、そんななんとも言えない感じになるのよね…それでどうするの?もし私についてきてくれるならば今以上の生活を保障するし、仕事なんかしなくてもいいわよ。」
その提案は彼にとってとても魅力的に思えた。
「でも、そんなことを君にしてもらうわけには…」
「言ったでしょ?私はあなたから血をいただくと。その交換条件としてあなたの世話をする。不満かしら?」
「いやいや、十分すぎる好条件だよ。」
「そう、それはよかったわ。交渉成立ね。」
吸血鬼の彼女は満足そうに笑った。
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