第19話

「三日月さーーーーん!!」


三日月らが紅い煙に包まれたのを見て、彼は反射的に煙の中に飛び込んだ。煙の中ではどれほど進んでも端に出ることは無く、また三日月は逆月の姿を見つけることもできない。まるで紅い靄の中は現実から切り離された一つの異世界のような奇妙な空間だるように感じた。靄の中をしばらくさまよっていると、彼の体の感覚受容器が周りの情報を処理できなくなり、視覚や平衡感覚をはじめとした体のありとあらゆる感覚が狂い始めた。そして立っていることすら困難になり、ドタっとその場に倒れこんだ。

紅い靄の中で視界が急速に狭まっていき、その後意識を失った。

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「目を覚ましたのね、あなた。よかったわ。」


目を覚ますと三日月さんの声がした。彼は先程の煙の影響か頭のふらつきを覚えていた。


「あの、三日月さん、ここはどこ?」


彼が目を覚ました場所は殺風景で狭い部屋の中でまるで刑務所の独房のようであった。鉄格子のようなものもが部屋を仕切っいて俺と三日月を同じ部屋に閉じ込めている。その格子はさび付いた金属のような色を基調としているが、禍々しい赤色が練りこまれるように混じっていて鈍く光っている。この部屋に窓はなく、暗い電球があたりをぼんやりと照らしているだけだった。


「ここはね、たぶん私の家よ。つまりツェペシュ家の屋敷ね。そして私たちが今いるのは屋敷の地下牢ね。」


「地下牢?」


彼は牢の格子にに体当たりして突き破ろうとした。


「その格子には触れたら駄目よ。」


「なんで?」


「人間がこれに触れると間違いなく死んでしまうわね。」


「死ぬ…?じゃあ吸血鬼なら大丈夫なのか?」


「私は触れても死なないと思うけど格子を壊すことは間違いなく無理ね。それに私は…」


三日月は後ろを向いて俺に背中を見せた。三日月は後ろ手に格子と同じ色の拘束具が付けられていた。


「それで三日月さんのお母さんは何が目的で俺たちをこんなところに拉致したんだ?…あっそうか、すまない。」


彼は三日月の母が三日月のことを追っているということを思い出した。そして三日月にとっては個々の思い出がトラウマになっているということも。彼の頭の中は自分の今の状況に混乱していた。


「それでこれからどうなるの?」


「正直に言うとかなり状況はまずいわね。私は私の母親とは互角に戦うことはできると思うけど、母親には半吸血鬼の手下がいるからそれらも相手にしていたらさすがの私でも勝ち目はないわね。」


「半吸血鬼っていうのは?」


「今回初めに私たちを襲撃した集団の事よ。吸血鬼たちは人間に自分の血の一部を注ぎ込むことで半吸血鬼を作ることができるのよ。そして半吸血鬼は人間以上吸血鬼未満の力を持つわ。作られた半吸血鬼は創造主、今回で言えば私の母親の言う通りに動く傀儡の兵隊のようなもになってしもうのよね。多分その辺から拉致してきた人間なんかを傭兵化しているのよ。」


「酷いな…」


彼は言葉を失った。このような事を平気で行う三日月の親に対して開いた口がふさがらなあった。


「そんなことはないわ。そもそも半吸血鬼という存在は元々戦力にするためにあるものではないのよ。本当は愛した人間を延命させるためのものなのよ。」


「どういう事なんだ?」


「人間と吸血鬼はあまりにも寿命が違い過ぎるのは分かるわよね?吸血鬼は人間を愛しても人間は吸血鬼と比べて儚いから必ず先立たれてしまう。もっと一緒にいたいから人間に種族を変えてもらって長生きしてもらう、本来はそういうものなので、そうあるべきなの。でもいつからか吸血鬼は人間を下等と見なし始め、奴隷のような扱いをした。」


三日月の言葉によって、辺りの空気はさらに重くなったように感じられた。その後、目が辺りの暗さに慣れてきて辺りの色合いなどが鮮明にわかるようになってくると、この地下牢のいたるところに血が付着していることが分かった。それらの中にはまだ色落ちしておらず赤々としているものもあり、最近まで別のものに対して使われていたことを推測させられる。


三日月が「それでね…」と言葉を続けようとしたとき、仮面をかぶった二人組の反吸血鬼が牢の前まで来てカギを開けた。


「宵月様がお呼びである。出ろ。」


反吸血鬼の一人は地下牢の格子の戸を開け放ちながら抑揚のない声で冷たく言って、三日月と彼の布腕をがっしりと掴んだ。

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