第27話
先輩の家はかなり古く、長い間放置されている空き家のようにボロボロになっている。
「どうぞー。って言っても私の所有物じゃないんだけどね…」
先輩は場を和ませようとしているのか、ハハッと乾いた乾いた笑みを浮かべた。
「すいません、失礼しますね。」
逆月は彼の後ろからついて歩いている。警戒しているようで少し表情が硬めであった。
中に入ってみると外見とは全く違っていて、綺麗に整えられている。吸血鬼が住んでいるというようには思えない一般的な人間が住んでいるような内装である。先輩は彼らに座るように促すと、彼らの向かいに座った。
「君たちはこれからどうするつもりなのかな?」
先輩はそう尋ねるが、彼らにはこの先の予定の見通しなどはない。
「まあ、複雑な問題だもんね、どうしたらいいかわからないよね……いやじゃなかったらだけど、解決するまではうちにいてもいいよ。うちには何もないけれど、拠点の役割くらいは果たせると思うしね。」
逆月が、どうする?と言いたげな表情で彼を見る。彼は先の見通しがない状態であるので、先輩の提案を受けるのが妥当であると考え、先輩の家にお世話になるという決断をした。逆月はまだ少し不安そうな表情であるが、彼の決定に素直に従う。
彼と逆月が先輩の家に世話になるようになってから数日後、彼らは予想以上の水準の生活を送れていた。自殺の名所の近くに拠点がある以上、吸血鬼である彼女らの食事は困らないうえに、小屋には多くの非常食が常備されており、人間一人程度なら容易に養えるほどであった。生活には余裕がある反面、彼と逆月、先輩を包む空気は常に緊張感があった。その間彼は三日月から預けられた血晶を一寸も離すことなく持っていた。彼にとってそれは自分と三日月を結びつける唯一のもののように思えたからだ。血晶は彼が気づかないうちに日に日に輝きを増していき、彼にはそれが三日月が自分を呼んでいると思えて仕方がなかった。そのことを逆月と先輩に告げると、彼女らも三日月のことが気になっていたようで彼女らも三日月のところに行くことに賛成した。
数日ぶりに見た宵月の館は廃墟に様変わりしていた。巨大な館はあちこちで倒壊しており、いたる場所から館の骨組みが露出していた。館の歪みによって生じた穴の部分から中に入ると、数人の半吸血鬼が血を流して死んでいた。彼らの死骸は冷たく、硬直が進んでいたので死んでから数日は立っていると思われる。周囲には同じように半吸血鬼の死骸が転がっており、生きているものは誰一人としていなかった。彼らの死骸を伝っていくとその先に、宵月と三日月が倒れていた。宵月の体には大きな傷が刻まれており、大量の血を流しながら絶命していた。三日月の体に外傷はないものの、大量の返り血を浴びていて、三日月の服は真っ赤に染まっていた。ただ宵月と違って三日月の肌には血色があるので死んでいるのではなく気絶しているだけであった。彼が近くによって声をかけてみるも、反応がない。彼は吸血鬼の二人に三日月を家に運ぶことを合図して伝えると、先輩は三日月をおんぶするような恰好をして、逆月に掴まった彼と共に館を脱出した。彼らが脱出すると、館は大きな音を立てて倒壊をはじめ、あっという間に瓦礫の山へと変化した。
三日月の家に戻り彼女をベッドに寝かせると、彼は持っていた三日月の血晶が最高潮の輝きを放っているのに気付いた。彼が血晶を取り出すと、血晶は一人でに彼の手から離れて三日月の胸の中に挿入されていった。血晶が挿入された三日月は無表情である顔の口角が緩み、まるで気持ちよく眠っているかのような優しい表情に変化した。彼が三日月の手を取ると、三日月はそれに対してゆっくりと握り返した。そして三日月は「んんっ」とくぐもった声を出して目を覚ました。
「ここは…?あれ、私の家…?あれから私はどうなったの…?」
目覚めてすぐの三日月は混乱していて、今まで起こったことについてよく覚えていなかった。
「あなたと逆月、それに星屑さん…?なんでみんながここに…?それに私はあれからどうなったの?」
三日月の記憶は彼に血晶を託した場面までしかなく、半吸血鬼たちや宵月を皆殺しにしたということは覚えていなかった。ただ、三日月は自分についている返り血から自らの手によって母親を殺したということを知っており、周りが自分に気遣ってそのことを告げようとしないということにも気づいていた。三日月は彼の方を見ると、ぐるりと顔を動かして逆月、先輩の順に顔を合わせた。そしてベッドを出て立ち上がった。
「三日月さん、まだ休んでおいた方がいいのでは…?」
彼の心配をよそに三日月はベッドから体を起こし、立ち上がった。立ち上がった三日月の体には先ほどまで付着していたはずの返り血はきれいさっぱりなくなっていた。
「心配はいらないわ。私は大丈夫よ。あなたたちのおかげでね。」
三日月は澄み切った笑顔で言った。
「先輩さん、彼と逆月のことを助けてくれてありがとう。以前はあのようなひどいことをしてしまってごめんなさい。また彼や逆月が困難に直面したら助けてあげてくれるかしら?」
三日月は託していた血晶によって自分が見ていない間彼の身に起きていたとことを理解してたのだ。そして、先輩は三日月の言葉に深くうなずくと「私はこれで」と言い、家から出ていった。先輩が開いたドアから見えた星空は、あの日三日月は彼を連れ出した時のように輝いているように彼には思えた。
ひょんなことから吸血鬼の専属食糧になってしまった… 百蓮 @Hyakulen
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