第26話

 逆月は彼と共に屋敷から逃げるように離れた。道中に追っ手のような半吸血鬼がちらほら襲い掛かってきたが、それらを無視してひたすら飛び続けた。長い時間飛び続け、彼らは自分たちが今どんな場所にいるのかも全く見当がつかない。そのような状態のまま飛び続けたかと思うと、急に逆月は彼と共にふらふらと墜落するように落ちて行った。



 逆月の肩にもたれ掛かってる状態で彼は目を覚ました。見渡す限り、辺りには人工物はなく、彼らはまるで樹の海、まさに樹海のような場所にいた。


「あ、お兄さん気付いたね。大丈夫?」


逆月が心配そうにこちらを覗き込む。


「俺は大丈夫だけど…ここはどこ?」


彼が持っている携帯電話には圏外と表示されており、方角すら正しく示されていない。彼はとんでもない場所にいるということを自覚するとともに自身の不運を呪った。


「ごめんなさい、わからない…一心不乱に飛んでたから方角なんかも考えてなかったし、たまたまここの上で体力が切れてしまっただけだから。」


逆月は申し訳なさそうに言った。


「いやいや謝る必要はないよ。逆月が悪いわけじゃないからね。


そこで彼は大切なことを思い出した。


「朧月さんを置いてきてしまった!今からでも助けに行かないと!」


彼が焦っている反面、逆月はきょとんとした様子でこちらを見ている。


「朧月?誰それ?そんな人いなかったと思うけど…」


そのようなことはあり得ないと彼は思った。なぜなら今の彼は朧月の存在のおかげで生きているようなものだであったからだ。彼女がいなければ彼はすでに死んでしまっていたかもしれない。彼は懐から朧月から渡された三日月の血晶を取り出して逆月に見せた。


 それを見た瞬間、逆月はハッとした表情になり、すべてを悟った。


「朧月ねぇ…それは人間ではないよ。あれはお姉ちゃんのが作った虚像?のような物かな。あなたに自分を失う前に血晶を託すためにお姉ちゃんが作った実像だと思う。自分に与えられた役割を達成すると自然消滅するし…それに、私はお姉ちゃんに教育係の人間がついていたなんてことは知らないし、仮に教育係がいたとしてもそれが人間であるはずはないと思う。」


彼はその言葉を聞いて安心した。確かに逆月の言う通りで、宵月が三日月に人間の教育係を付けるとは思えない。宵月は人間を忌み嫌っているうえに、三日月にもその価値観を押し付けているからである。


深夜の樹海には誰かがいるはずもないうえに、逆月は逃走で体力を使ってしまっているようである。体力の限界でしばらくの間は彼を運ぶために飛ぶことはできないとのことだった。


そのことについて逆月は何度も彼に謝った。彼は逆月に気にしなくていいと慰めると、夜を明かすために腰をあげた。しかし、このじめじめとしてとても気味の悪い樹海で一夜を越さないといけない上に明日からの生活のめども立っていない。そのことについての不安が彼にのしかかっていた。逆月も不安そうな様子で周りをキョロキョロしている。俺は逆月と話し合ってとりあえず体を休めるために雨風を防げる洞窟のような場所がないか探すことにした。疲れている体を起こして歩き始めて少し経った頃に何者かに肩を叩かれた。こんな時間にしかもこんな場所には誰もいるはずはないので彼は驚いてびくっとして後ろを振り返ってみると、そこにはかつて彼が務めていた会社の先輩がいた。


「やぁ、君は後輩君と三日月さんの妹さんだったっけ?なんでこんなところにいるのかな?」


彼女は本名を星屑と言い、以前に家を吸血鬼の家を破門されたということを聞いたことがあった。先輩は三日月さんと俺の血を吸ったことをめぐって争ってその結果三日月さんに敗れた。そして今再びこの場所で再会したというわけである。

逆月は先輩に対して敵対的な視線を向けていたので、彼はそれを諫めて先輩に尋ねた。


「逆に先輩はなんでこんな時間にこんなところにいるんですか?」


「別におかしなことはないよ。ここで食事をとっているだけだよ。」


「食事?何を言っているの?」


彼より先に逆月が聞き返した。逆月が聞き返すのも当然で、先輩は逆月と同じ吸血鬼であるから食事というのは人間の血である。夜な夜なこのような場所に来る理由にはならないだろう。


「私は吸血鬼の中でも力は弱いし、それに人間とトラブルなんかも起こしてくないから前までは仲間の吸血鬼から輸血パックを譲ってもらってそれを飲んでいたんだけど、輸血パックの中の血は古いから劣化して味も風味も落ちてておいしくなんだよね。でもここでは新鮮な血が飲めるから最近はいつもここにきてるんだ。」


「新鮮な血って、まさかここで人を襲っているんですか?」


「いや、そんなわけないじゃん。」


少し馬鹿にしたようにフッと笑って言う。


「人を襲うならこんなところではしないよ。私はここで自殺した人の血をもらってるんだよ。ここってほら自殺の名所みたいなところだからさ、ちょっと探せば新鮮な人の死体なんて見つけることができるんだよね。おかげで最近は血には困ってないんだよね。それはそうとして、君たちはなんでここにいるの?」


逆月の方を見ると、頷いて了承の合図を送ってきたので彼は今までにあったことを簡潔に先輩に話した。先輩は黙って彼の話を聞いていた。


「なるほど、そんなことがあったんだね。私でよければ何か力になれることはないかな?」


「俺たちは必死に逃げてきたので、ここがどこなのかは全くわからないんですよ。それに帰れるかどうかもわからないですし…」


「ここは○○県の山の中だよ。この辺に集落はないし、君たちが前に住んでいたところなんてここからはかなり離れているよ。そこでなんだが、今から私の家に来ないか?ここから近いところにある。家といっても仮拠点みたいな場所だがな。」


先輩の提案を受けて逆月の方を見た見るとうなづいていたのでその提案を受けることにした。


「それじゃあ、少しお世話にならせていただきますね。先輩ありがとうございます。」


彼と逆月は先輩の家へと向かうことになった。

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