第25話
長い廊下を抜けると、そこは三階の吹き抜けに繋がっていて、一階の様子を確認することができるようになっていた。一階は三日月が半吸血鬼たちを相手に戦った場所場所で今では何かカルト教団の儀式のようなものが行われていそうな怪しい雰囲気に包まれている状態であった。
彼と朧月は気配を殺しながら一階の様子を確認すると、そこでは上座に何者かががっちりと拘束されていて、それに宵月が跪いて手を合わせ、班吸血鬼共と何かを祈っているように見える。
「ああ、三日月お嬢様…間に合いませんでしたか…」
朧月はがっくりと崩れ落ちた。
朧月の言葉から察するに拘束されている者は三日月なのだろう。確かによく観察すると少し三日月の面影を感じることができる気がする。
「三日月はこれからどうなってしまうんだ?」
朧月はその質問には答えずに、うなだれている。
彼は朧月のそんな様子を見て三日月の現状を察した。
そして彼は言葉を失い、階下で行われている怪しげな儀式の進行をただ見ることしかできなかった。
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怪しげな儀式は着々と進行していった。
「さぁさぁ特別なゲストもそろったことだし、儀式もクライマックスね!」
宵月はそう言って指を鳴らすと階下で宵月と共に跪いていた半吸血鬼たちがこちらに向かってきた。
「そんなところじゃなくてあなたには三日月のこれからを特等席で見せてあげわ。」
そして半吸血鬼たちは俺を掴んで三日月の目の前まで連れて行った。
「フフッ、あなたを喰らう事で三日月は完全な吸血鬼に覚醒することができるの。素
敵でしょ?三日月が吸血鬼らしさを奪っていたあなたが覚醒の元になるなんてね…皮肉なことね…さぁ三日月、彼を喰らいつくしなさい!」
その瞬間、三日月につけられていた拘束が完全に解かれた。しかし、三日月は飛び掛かっては来ず、その場で歯を食いしばって耐えていた。
「ぐぅぅぅ…あぁぁぁぁぁぁ!」
三日月は宵月によって作られた都合の良い人格に自分を乗っ取られないように必死で戦っていた。
彼はそんな状態の三日月にゆっくりと近づいて、そっと手を伸ばした。
三日月は歯を食いしばりながら、とろんとした上目遣いで俺の手を見つめていた。
その間は時間が止まったように感じた。
しかしその間は長くは続かず、三日月は目をカッと見開き獣のような瞳をこちらに向けると、彼の手首をガシッと掴んだ。その力は彼の腕を握りつぶさんとするほどの強さであった。彼の手首は骨がぎしぎしと悲鳴を上げており、三日月は先ほどの苦しそうな様子から打って変わって、野獣のような眼を敷いていた。
「そうよ!そのままやってしまいなさい!あなたは何も考える必要はないの。吸血鬼の本能のままに彼を喰らいつくしなさい!」
宵月がそういって左手を大きく掲げると、三日月の手により一層力が入り、彼の腕はボキリという嫌な音と共に折れてしまった。その音と共に彼が悲鳴を上げる暇もないほどの速さで三日月は血晶で彼の喉元に斬撃を放った。
しかし、その手が彼の首元をつかむことはなく、なぜか彼は宙に浮いていた。
正確には浮いていたのではなく誰かに引っ張り上げられていたのだ。後ろを振り返ると、彼を持ち上げていたのは逆月だった。
「お兄さんも無茶をするねぇ~。あんな状態のお姉ちゃんに近づいていくなんてね。」
逆月はこの場に似合わない間延びした声で言った。
「あの状態になってしまえばお姉ちゃんの見た目をしていても中身は全くの別物、お姉ちゃんの体を獣のような別人格が操っているようなものだね。もうどうしようもないかも知れない。」
先程とは変わって険しい表情で宵月を見つめながら言った。宵月は逆月が突然現れたことに驚いているようで、狼狽していた。三日月はというと、自分の獲物が奪われて驚いているというよりも、逆月の突然の出現により再び自我を取り戻したようで、心なしか少し懐かし気な目をしているようにも見えた。
「そう…それはそうとして、実の娘にこんなことをして良心は痛まなかったの?」
「そもそも自分の娘というけれど、三日月の方からここを去って行ったのよ。そして人間と生活なんかを始めてしまって…そんな三日月を吸血鬼としての正しい道に戻してあげたのだから感謝をされても恨まれる筋合いは全くないわ。」
宵月の発言に逆月はあきれた様子で言い返した。
「お母さまの考えは古い時代の考え方だよね?そんな時代はもう終わったという事に気付かないの?だから私もこの家を出たのよ。」
「あなたみたいな出来損ないの母親になった覚えはないわそれにいつの時代も吸血鬼とは人間を凌駕する存在。常に人間から畏怖を向けられる存在なのよ。それが人間となれ合うなんて禁忌に当たるわ。私は絶対にそのような禁忌を認めるつもりはない。」
逆月は自分と生みの親である宵月とでは考え方に大きな隔たりがあるので自分の思いを伝えることで宵月を会心させることはもはや不可能であると悟った。
しかし、宵月をどうにかしないと三日月を救う事ができないという事は事実である。
逆月がどうしようかと思案しているうちにも時は進んでいき、自我を取り戻したかのように見えた三日月もその瞳からは徐々に光が消えて暗くなるにつれて再び自我が失われているのが読み取れる。そして再び獣のような眼になり、再び自我を失って大きく咆哮した。
「あれはマズイよ。あんな風になってしまっては手が付けられない。お兄さん、一旦ここから退くよ。危ないから私に掴まっててね。」
自分よりも小さな少女に掴まるとということは何かいけないことをしているような気がしたがそのようなことを気にしている場合ではないということで、逆月の言う通りにがっしりと抱きしめて掴まった。逆月は黒い翼を広げて大きく羽ばたくと、血晶で天井を破壊して屋敷から脱出した。背後から数体の半吸血鬼達が追ってきているのに構わずに夜の空を駆けていった。彼は脱出した直後に聞きなれた斬撃音と宵月の慟哭を聞いた。
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