第24話

 格子を壊して牢から出ると、図面が示すとおりに彼らは一本道を走って進んだ。


「この道は長いですからあまり急ぎ過ぎないでください。」


朧月は俺に注意をしたが、今の彼には無限に走れるような気がしていた。


「それは分かっているが、一本道なのでできるだけ早く通り抜けたい。滞在時間が長ければ長いほど敵に遭遇する確率も上がるし。」


朧月は俺の言葉に微妙な表情をした。


「それはそうですけど…吸血鬼の感覚は鋭いので私たちがここを通る気配を感じ取ることができるかもしれません。そう考えると、気配を消してゆっくりと言った方がいいかもしれません。」


「それもそうだな。」


実際彼も三日月の血を飲んで吸血鬼の力を手に入れてから体の力や感覚が上がっていたので、その言葉には納得できた。

朧月の言う通り気配を殺して進んでいると、何者かがこちらに向かってきているような気配を感じた。俺の吸血鬼並みに鋭くなった感覚でやっととらえた程度なので朧月は何も感じていないようだった。


「朧月さん、何かが近づいてきてる!」


朧月はサッと腰からナイフを抜いて逆手に構えた。

ゆっくりと近づいていくと段々はっきりと気配を感じられるようになり、やがて彼にもしっかりと目視できるほどになった。近づいてきていた物は半吸血鬼の一人で血晶によって両腕を蟷螂の釜のように硬化させていた。その半吸血鬼も同様に俺たちを警戒しているようですぐには距離を詰めてこないので互いにじりじりと近づいていき、互いの間合いギリギリの距離まで近づいた。

彼は血晶の剣先を半吸血鬼に威嚇するように向けて構えた。


彼と半吸血鬼は、お互いににらみ合っていると、半吸血鬼側が彼の方に飛び掛かってきた。鋭くなった俺の感覚によるものなのか、半吸血鬼が飛び掛かってくる様子を彼は周りの時間がいきなり止まったかのように鮮明にとらえることができたが、彼は驚きと恐怖で体が硬直してしまい、動けなくなってしまった。


「危ないっ!」


朧月の声で我に返った彼は体をなじるようにしてその攻撃をかわそうとしたが、完全には避けきれず、半吸血鬼の血晶の先が彼の腕をえぐった。それによって腕から血がドバドバと噴き出している。


「大丈夫ですか!?」


朧月は心配して彼の方に駆け寄った。その隙に半吸血鬼は朧月に接近し、攻撃を放った。朧月はその攻撃をかわすと、攻撃後に体勢を崩した半吸血鬼に飛び掛かった。半吸血鬼はその攻撃に不意を突かれて地面に倒れこんだ。それに朧月は追撃をかけた。本来人間と半吸血鬼では身体能力が全く違うにも関わらず半吸血鬼相手に互角以上にわたりあっている朧月に彼は圧倒されていて、何もできなかった。そして彼が気づいたら、朧月が半吸血鬼を気絶させていた。


「さすがですね。俺なんてビビって何もできなかったのに…」


「まぁ私はこの館で働いてますしね、慣れたらこんなものですよ。」


朧月は彼に気を使って愛想笑いをした。しかし、彼は牢を破った時のどんなことでもできそうだと感じた自信を失いかけていた。半吸血鬼相手の戦闘すら役に立てなかった自分に、この先戦闘になるであろう宵月のことを考えると先が思いやられるような気がした。


「それより、とどめを刺してもらってもいいですか?吸血鬼たちは通常の武器で殺しきることは不可能なのです。今は気絶しているだけなのでそのうち回復して今度は背後からバッサリとやられてしまうかもしれません。さぁ、その血晶でこの半吸血鬼の心臓を貫いてください。」


彼は血晶の先端を心臓に向けた。すると、急に彼の手がぶるぶると震え始めた。今までに経験したことのない相手の命を奪うことへの恐怖からだ。彼は目を瞑り、三日月を助けるために仕方がないことであると自分自身に言い聞かせると、震える手に力を込めて半吸血鬼の喉元を貫いた。ぐしゃりという感触の後に目を開けると、周りには血が飛び散っており、彼もいくらかの返り血を浴びていた。幸い血晶の鋭さのおかげで素早く始末することができたが、その後しばらくは相手の命を奪ったという感覚と血晶を刺したときの感触が彼の手から離れなかった。


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