第3話

彼は目が覚めると目の前に自分の家ではない天井が広がっていることに気づいた。


「ん?ここは…?」


近くの方から吸血鬼の彼女の声がした。


「あら、目が覚めたかしら?」


「俺は吸血されてから倒れて…あれからどうなったんだ?」


彼はベッドから上半身を起こしながら吸血鬼の彼女に尋ねた。


「あれからあなたが倒れてしまって、私、どうしたらいいか分からなくてとりあえず自分の家に連れてきたって感じよ。」


彼はぐるっと自身の周りを見渡した。


「吸血鬼の棲んでるところって意外と普通なんだな。もっと西洋風の大きなお屋敷みたいなところに住んでるのかと思ったわ。」


「昔はそんな感じのところに住んでたんだけどね、人間の召使いやメイドに吸血鬼の家族たちとね。でもひとりで住むにはアパートの方が都合がいいのよ。」


吸血鬼の彼女は昔を懐かしむように言った。


「それより感謝とかはないのかしら?倒れたあなたをここまで運んできて休ませてあげていたのよ。あんな状態になったらほっておく吸血鬼も珍しくはないのよ。」


「そのことについては感謝させてもらうよ。ありがとう。それでなんだけど、君のことはなんと呼べばいいかな?名前とかって教えてもらってなかったし。」


「そうねぇ、私の名前は三日月・K《カタルシス》ツェペシュよ。」


彼は彼女の名前を聞いた途端そのおかしさに吹き出した。


「か、カタルシス・ツェペシュ?ま、マジで?言ってる?」


「はぁ?私にケンカを売ってるのかしら?人間のくせに愚かな選択ね。」


「ごめん、ごめん。いやあまりにも痛い名前だったのでつい。」


彼は笑いを押し殺しなすために口に手を当てた。


「私は現代に生きる誇り高き吸血鬼の末裔よ。人間ごと機に馬鹿にされる覚えはないわ。これからは気を付けなさい。わかった?」


吸血鬼の彼女が穏やかではあるが、有無を言わさぬような口調で言ったので彼はこくんとうなずいた。


「それはいいとして、貧血で倒れたあなたの為にこれを買ってきたのよ。」


吸血鬼の彼女はスーパーのビニール袋をごそごそして中からパック詰めされたレバーを取り出した。


「ちょっと私いろいろと調べたんだけど人間って貧血になったらこれを食べるんでしょ?」


そしてレバーをドヤ顔で差し出してきた。


「はい、私に感謝して食べなさい。」


「それはありがたいんだけど、それってさ、焼いて食べるもんじゃないの?」


「え?そうなの?生で食べるものじゃないの?」


吸血鬼の彼女は目をまんまるにして聞き返してきた。彼女は本当にそのことを知らなかった。


「でも私普段料理とかってしないから調理器具なんてないわよ。」


それは当然であることに彼は気づいた。彼女は吸血鬼なので料理をする必要がないので調理器具がないのは何もおかしくはない。


「まぁ、買ってきてくれてありがとう。帰ってからいただくよ。」


彼は吸血鬼の彼女が差しだしたパック詰めのレバーをカバンに詰めこむと、忘れていたとても重要なことを思い出した。


「やばい!仕事に行かなきゃ!」


彼はカバンから携帯電話を取り出して、上司に電話を掛けた。ちなみにその上司は人として屑みたいな人間で自分は平気で遅刻をするくせに部下が遅刻をすると罰則と言って大量の仕事を押し付けてくる。自分の分の仕事を俺たちに押し付けて自分は定時退社しているようなクソ人間である。


「すいません、昨日の夜貧血で倒れてしまいまして、さっき目覚めました。今から病院を出てそっちに向かいます。」


彼は実際は病院になんていってはいないが、つじつまを合わせるために嘘をついた。貧血で倒れたのを救助されたのは本当のことである。


「は?貧血なんかで会社サボっていいと思ってんのか?とりあえず早く出社しろ!今日は帰れないと覚悟しておけ!」


電話の向こうで荒々しくガチャンと電話を切るのが分かったので、彼は急いで会社へ向かう準備を始めた。


「もしかして今から仕事に行くつもりなの?本気?やめておいた方がいいと思うわ。それにあなた、次路上で倒れでもいたら、次は助けれないかもしれないし。」


吸血鬼の彼女は本気で心配していた。


「心配してくれてありがとう。でも大丈夫。今度からは少し血を数量を少なくしてくれな。」


彼は怠い体を引きずるようにしてよろよろと玄関へ向かった。彼の体に残っているエネルギーは少なかったが、嫌いな上司に対する憎悪のエネルギーは再び燃え始めた。

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