第33話 逢坂晴香②


 手紙は三枚目に突入する。どうやらこれが最後の一枚らしい。


『花恋は三姉妹の中で一番やんちゃだ。見ていて危なっかしいったらないよ。外に遊びにいけばどこかに擦り傷を作って帰ってくる。男勝りというかなんというか、あの子の未来が心配だよ。きちんと、女の子になっていればいいんだけど』


 その心配は杞憂に終わりましたよ。

 花恋ちゃんはすっかり女の子らしくなった。クラスの男の子からモテたりもしてるくらいだからな。


『紗月は見栄っ張りで意地っ張りで、心配して話を聞いても気丈に振る舞ってしまう。けれど人一倍寂しがりやだ。きっと花恋よりも、深雪よりもね。顔では笑っているけど、心では泣いているなんてこともある。そんなこと、私に言われるまでもなく知っているとは思うけどね』


 寂しがりや、という部分はいまいちピンとこない。きっと心を許している相手にはそうなのだろう。

 でも今の紗月は特に男だけど警戒心が強いように思える。

 けど見栄っ張りで意地っ張りってところには同意だ。


『深雪は、見ての通り誰よりも泣き虫で誰よりも甘えん坊だ。三姉妹の中でも一番のお母さんっ子だ。え、私が言うなって? それは仕方のないこたさ、事実なんだから。だから私がいなくなったら一番悲しむだろうね。一番上のお姉ちゃんとしてやっていけるのか心配なんだ。だから、ちゃんとやっていけるように助けてあげてほしい』


 晴香さんの心配とは裏腹に、深雪さんはしっかりお姉ちゃんとしてやっている。

 俺が助けになることもなかった。

 一番悲しんだのは事実だろうけど、その悲しみを乗り越えて強くなった。


『こんなこと、書かれるまでもなく知っているだろうけど、心配性のおばさんとしては言いたくなるんだ。許しておくれ。ともあれ、だ。三人とも一度転べば起き上がれないくらいに弱くて、揺らせば壊れてしまいそうなくらいに脆い。だからね、悠一。君がそばにいてやってほしい。楽しいときは一緒に笑って、寂しいときは隣にいてあげて、悲しいときは寄り添ってあげて。人には運命の相手というものが必ずいる。それは単に恋人というだけではないよ、いろんな意味がある。けれど一貫して言えることは、どれも大切な人であるということさ。私はね、これは親のエゴでしかないけど、あの子たちの運命の相手が君であればいいなと思っている。本当だよ? だから、これからのあの子たちをよろしくね』


 その一文で手紙は終わりだった。

 言ってしまえば、確かに親のエゴでしかないのかもしれない。

 結果、俺がいなくても彼女達は強くなった。時間はかかったかもしれないけど、それでも悲しみを乗り越えて成長した。

 しかし、何でこんな大事なことを忘れていたんだろう、と思っていたけどこれはあれだ、文章が長くて難しいんだ。小学生に読ませる手紙じゃないぞ。そりゃ読めはしても理解はできないよ。だから頭に残ってなかったんだ。


「……ん?」


 封筒の中にもう一枚、写真が入っていたことに気づく。

 見てみると、病室をバックに晴香さんと三姉妹、そして俺が写った写真だった。

 花恋ちゃんは晴香さんの背中に飛びついており、深雪さんはぎゅっと晴香さんに抱きついている。紗月はそれを仕方ないなとでも言いたげに見つつ晴香さんの隣に座る。俺は紗月の隣にいた。

 茶色の長い髪、優しそうな微笑み、いくつかは分からんけど写真では若く見える。病院だと言うことを忘れてしまいそうになるくらいにみんな笑顔だった。

 そうだ。

 晴香さんは、どんなときでも笑顔だった。そして、誰もを笑顔にしてしまう不思議な人。

 俺はそんなあの人が大好きだった。


「今からでも、遅くはないかな」


 大好きなあの人との最後の約束。

 今の彼女達に、俺は必要ないかもしれない。けれど、助けることができる場面はあるかもしれない。

 だから、もし助けを求められたら、そうでなくとも困っていたら、力になってあげよう。

 それで約束を守ったことにはならないだろうけど、約束を守れなかった贖罪にはなる。いや、ただの自己満足なのだけれど。

 何より。

 俺がそうしたいと思っているのだ。

 写真を見ても、俺と三姉妹が深い仲にあることは伺える。けれど、しっかりと覚えていない以上それは仕方ない。

 俺は、今の三人のことが好きなのだ。

 好きな相手の力になりたいと思うことは、何ら不思議なことではないだろう。


「これは戻しておくか」


 缶の中に入れていたからか保存状態はよかった。なら、これは戻しておくべきだ。今の俺にとっても大事なものであることに変わりはないから。


「これは」


 手紙を戻したときに、見覚えのあるものを見つけた。

 晴香さんからの手紙を読みながら、少しだけ昔のことを思い出したのだ。


「……」


 どうしようか悩んだ末、俺は小さな箱を取り出した。そして缶とアルバムを押し入れの中に戻した。

 時計を見るとすっかり夜だ。明日には逢坂家へ戻ることだし、せっかくだから少し優雅なひとときを過ごすとしよう。


「とりあえず、晩飯は出前だな」


 そうと決まれば早速準備に取り掛からなくては、そう意気込みながら俺は自室を後にした。

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