第2話 逢坂さんちの三姉妹②
「へっくし」
結局あのあと紗月が風呂に入るということで俺はシャワーを浴び損ね、しっかり体を冷やしてしまった。
ずずず、と鼻をすすっているとキッチンの方から逢坂家長女である深雪さんが歩いてくる。
「大丈夫? 今からでも温まってきたら?」
「いや、あいつまだ入ってるでしょ」
紗月が風呂に入って二〇分くらい経ったくらいか、多分湯船を張ってしっかり入ってる。風呂好きらしいからな、あいつは。
「そっか。代わりってわけじゃないけど、これどうぞ。ホットミルクだよ」
「……え」
マグカップに注がれたホットミルクに、俺は怪訝な顔を向けてしまう。
そんな俺のことは気にせず深雪さんは向かいのイスに座って、ホットミルクが入っているであろうマグカップを口につけた。
「い、いただきます」
俺も恐る恐る口にする。
油断していると熱すぎてびっくりしただろうけど、それなりに覚悟していたから何とか飲めた。甘すぎないほどよい味が体中を巡り温まる。
「美味しい?」
「ええ。温まります」
「それはよかった」
深雪さんは安堵したように小さく息を吐いた。
逢坂深雪。
彼女は俺や紗月の一つ上、高校二年生だ。逢坂家三姉妹の長女に辺り、現在のこの家の最高権力者でもある。
黒く長い髪はさらさらと綺麗に流れ、ぱちりと開いた大きな目も、小さな顔も、グラマラスなボディラインも、全てが彼女の容姿の完璧さを証明している。
「それにしても、おでこまだ赤いんじゃない?」
「ああ、やっぱそうですかね。あいつ手加減って言葉知らないと思うんで今度教えてあげてください」
「あ、あはは」
俺のダメージを見て、どう反応していいのか分からない深雪さんはそうやって乾いた笑いを見せるしかなさそうだった。
「それにしても、急に降ってきたね」
「深雪さんは濡れなかったんですね」
驚いたことに、彼女は多少なり濡れてはいたものの俺や紗月ほどのダメージは負っていなかった。
「折りたたみ傘持ってたからね。タイミングよかったよ」
朝は快晴だったのだ。わざわざ折りたたみ傘を用意するような天気ではなかった。ましてや天気予報でも触れてなかったのだから、予想しようがない。
備えあれば憂いなし、その言葉がいかに素晴らしいかを今日、思い知らされた気がする。
「ただーいま」
そんな話をしていると、リビングのドアが開く。
そこから顔を出したのは、逢坂家三姉妹の三女である花恋ちゃんだ。
「雨大丈夫だった?」
今なお降り続く雨。深雪さんのような備えがなければ当然俺たちのような悲惨な目に合うことになるのだが。
「ふっふっふっ」
ドアから顔だけを出してこちらに向けている花恋ちゃんはわざとらしく笑ってみせた。
まるで、わたしを舐めないでよとでも言うように。
いや、唯一出ている顔だけを見ても答えは明らかなんだけれど。
「大丈夫じゃなかった!」
ででーん! と言葉と同時に全身を披露した花恋ちゃん。そんな彼女の体はしっかりとびしょ濡れで、布という布が体に張り付いていた。
中学三年生である花恋ちゃんだが、発育だけ見れば群を抜いている。紗月よりも胸は大きいように見える。
いくら中学生といえど、そんな彼女の濡れた状態は俺にとって毒でしかなかった。
これに興奮してしまうとロリコンとか言われそうだけど、ぶっちゃけ中学生のスタイルじゃないのだからそれなりに気になってしまう。
「お風呂、今紗月ちゃんが入ってるだろうから一緒に入ってきたら? そのままだと風邪引いちゃうよ」
「ええー、月姉はおっぱいの話してくるからやだ」
どんな話してんだ。
「はしたないよ。悠一くんもいるんだから」
「あ、じゃああたし悠一さんとお風呂入ろっかなあ」
にぃ、と笑いながら俺にじりじりと詰め寄ってくる。その顔はいたずらを思いついた子供のように純粋無垢だ。花恋ちゃんが純粋無垢かはさておくとして。
「冗談はやめてくれ」
俺がそう言ったちょうどその瞬間、背中に冷たくて柔らかい感触が押し付けられる。
「別に冗談じゃないんですけど」
確認するまでもなく、雨に濡れた花恋ちゃんの胸元だった。柔らかい感触が気持ち良い反面濡れた冷たさが気持ち悪い。
どちらかというと気持ち良さが勝つが、いろいろ考えた結果ここは抵抗しておく。
「離れろ、冷たい」
「むう、そんな言い方ないのに」
「抱きついてきた人が雨に濡れてびしょ濡れだったら、新垣結衣でも同じ反応をするよ」
「雪姉でも?」
「深雪さん、でも……そりゃ、まあ、そうするでしょう、よ」
「自信なくしてる!?」
「それは何だか私への二次災害になってないかしら!?」
結局そのあとに花恋ちゃんがお風呂に入ったので俺のシャワータイムはまた少し先になった。
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