第3話 逢坂さんちの三姉妹③
「ここ、か」
中学を卒業し、僅かながらの春休みに突入してすぐのことだ。
俺はリュック一つ背負ってとある駅にいた。今まで生活していた場所を離れ、自然溢れるこの町にやってきたのだ。
「……」
何となく見覚えのある風景に懐かしさを覚えるが、決定的な記憶はない。
「間宮、悠一くん?」
ぼーっと景色を眺めていると声をかけられた。そちらを見ると、綺麗な黒髪の女性がこちらを向いてにこりと笑っている。
「あ、はい」
あまりにも綺麗で、俺は言葉を失う。黒髪の美人を大和撫子と例えることがあるけれど、まさしくそのことだ。
「初めまして、ではないんだけど私のこと覚えてる?」
「いや、全然」
「即答!?」
そんなことを言われても、こんな美人さんと一度会えば忘れないだろうからなあ。
「ううう、そうキッパリと言われるとさすがに傷つくよ」
涙目になりながらその黒髪美人は泣いたふりをする。そんな仕草一つ取ってもすごく可愛らしい。
「まあ、小さい頃のことだしね、それも仕方ないか。改めて自己紹介するね。私は逢坂深雪。一応、君の幼馴染ということになるのかな?」
切り替えも早いようだ。
「え」
「え?」
幼馴染?
幼馴染ってあれだよね、小さい頃から仲が良くて将来的には結婚とかまでいきそうに思えるけど高校辺りで突然現れたヒロインに主人公を横取りされるあの幼馴染だよね?
「ほんとうに覚えてないの?」
信じられないという顔をしながら深雪さんが聞いてくる。
「はい」
「全く、これっぽっちも?」
「ええ、まあ」
親父も言っていたが、どうやら俺はこの町に昔住んでいたらしい。小学校に入ってから暫くしたくらいに引っ越したのであまり覚えてないのだけれど。
その時お隣に住んでいた逢坂家とは仲が良く、そこのお子さんとはよく遊んでいたそうだ。
そして、恐らくだけどこの逢坂深雪さんこそがその逢坂家のお子さんということなのだろう。
「まあいいや。覚えてないのは仕方ないし」
そうは言うものの、深雪さんはがっくりと肩を落としていた。
そして。
どうして俺がその懐かしの町に来ていて、記憶にもなかった深雪さんがお迎えに来ているのかというと、それには深い事情がある。
「それじゃ、行こっか」
「あ、はい。よろしくおねがいします」
深雪さんが先導し、俺はそれについて行く。これから向かうのは、その逢坂家だ。
簡単に言えば親の転勤が原因で俺は一人暮らしを余儀なくされた。けれど一人暮らしは無理だと母が心配し、ならばと親父が考えた策がいわゆる居候という選択だった。
「どう?」
「どう、とは?」
「この景色、懐かしいとは思わないかな?」
「んー」
俺が住んでいた都会と違って、自然の多いこの場所はどことない心地よさを感じる。
緑のにおい、流れる川の音、とはいえ田舎というほど何もないというわけではない。田舎と都会の中間のような場所。
「何となく、見覚えあるなーくらいには思うんですよね」
「ということは、全く覚えていないってわけじゃないのね。それはよかった」
「そんな感じの期待を寄せられるほど覚えてはいないですよ?」
俺と深雪さんは静かな道をただひたすらに歩く。昼間だというのに車の通りも非常に少ない。
こういう雰囲気は嫌いではなく、自然と気持ちが落ち着いてくる。
「私達、楽しみにしてたんだよ? 悠一くんに会えるの」
「そりゃ、光栄です」
逢坂家には娘が三人いる、という話は既に聞いている。そんな家に年頃の男を居候させるなんてどうかしてる、と思ったがそこにもちゃんと理由があった。
「それに、やっぱり女の子だけだといろいろ大変だし、危ないからね」
俺の親父の転勤が決まった同時期、どういう神様の悪戯か逢坂家の父親も転勤が決まったらしい。
けれど娘達にも培った環境があり、それを放り投げて転校というのも気が引ける、けれど女の子だけの生活というのもいろいろと問題がある。そんな悩みに直面していたときに、俺の親父と話をしたんだとか。
「別に俺がいるからといって、何か変わるとは思えないけど」
「んーん、全然変わるよ。やっぱりいろいろと不安だし、男の子がいるだけで心強いんだ」
結果。
娘さん達と一緒に男である俺が暮らすことで逢坂父の悩みは解決した。それと同時にまた別の問題が発生しているような気がするけど、そこは気にしていないらしい。
「普通父親なら拒否するだろうに」
「信頼されてるってことじゃない?」
信頼を得る場面なんて、記憶には全くないのだけれど。
「それに、深雪さん達だって嫌でしょ。知らない男と暮らすなんて」
「知らない、ことはないんだけどね」
あはは、と深雪さんは小さく笑った。
「でも、私も花恋ちゃんも大歓迎なんだよ? 特に花恋ちゃんなんて、今日という日をどれだけ楽しみにしていたことか」
花恋ちゃんというのは、三姉妹のどれかなのだろう。
「……その言い方だと、一人大歓迎じゃないように聞こえるんですけど」
「……」
俺が言うと、深雪さんは黙ってしまう。
俺がじっと睨んでいると、強張ったままの顔をぐぐぐと動かして視線というか顔を逸らす。
「それって、大問題なのでは?」
新しい生活に不安はあった。
何なら不安しかなかった。
なのに、そんな話を聞いてしまえばその不安は膨らむ一方だ。
家に到着する頃には不安が膨らみすぎて破裂してしまうかもしれない。
いっそ、破裂してくれ。
「……はあ」
そんなことを考えていると、自然と溜め息がこぼれ落ちた。
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