第34話 臨海学校


 不安だらけの定期考査はいろいろあったけど何とか無事乗り越えた。赤点予備軍も今回は気合いで乗り切ったようだった。

 これで一学期も残すところは臨海学校のみとなった。


「それでは、行ってきます……」


 ものすごく低いテンションで紗月は早々に家を出て行く。イベント当日のテンションではないな。さすがの俺もあそこまで低くはない。


「月姉、なんであんなテンション低いの?」


「さあ」


 花恋ちゃんが至極不思議そうな顔をしていた。どちらかというとこういうイベントは全力で楽しんじゃうタイプだもんね。


「大丈夫かな、紗月ちゃん」


「大丈夫でしょ、この類のイベントは結局友達いれば楽しめますよ」


 心配する深雪さんを安心させようと根拠のない言葉を吐く。しかし事実ではなかろうか、と俺は思うのだが。


「だからじゃないかな。月姉は実は人付き合いとか苦手なタイプだし」


「そうか? 誰とでも話してるイメージだけど」


 礼儀正しいし、あんまり人見知りしているところは見かけないけど。


「人見知りではないから、会話はできるんですけど、ただ自分を見せるのが得意じゃないというか……そもそも、月姉自身があんまり人と仲良くしようとしてないというか」


「へえ」


 そうなのか。

 確かに警戒心は強い。誰とでも仲良くなるわけじゃない。話した相手のごく一部の相手にだけ素を見せるのか、あるいはそんな相手にさえ素は見せないのか。


「心配だなあ。悠一くん、紗月ちゃんをよろしくね」


「ええ。言われるまでもないですけど」


 俺は朝食をかきこんで準備をする。紗月が少し前に出たのだから、俺もあまりゆっくりはしていられないだろう。


「それじゃ、行ってきます」


 深雪さんと花恋ちゃんに見送られ、俺は家を出る。こうして、二泊三日の臨海学校へと旅立ったのだった。

 いつもの通学路もイベントへの道だと思うと違う景色に思える程度には楽しみだった。

 何だかんだ言っても、疲れるとはいえ友達とワイワイしながら一日過ごせるのは楽しいことなのかもしれない。

 学校に到着するとグラウンドに集まっていたのでそちらに向かう。クラスごとに集まっているようだけど、これだけ人が多いと自分のクラスを見つけるのも一苦労だ。


「おう、悠一。遅いじゃねえの」


「お前は早いな」


「こんな日に早く来ねえでどうするよ。俺はいつだって準備オッケーなんだぜ」


 やっとの思いでクラスを見つけ、その中の翔助と合流する。こういうとき、知り合いと合流したときの心強さったら凄まじいよな。


「結局全然確認してないんだけど、この後バスで移動するんだよな?」


 しおりも一応貰ったけど、昨日まで一回たりともしっかり読んではこなかった。見たページといえば持ち物一覧くらいか。


「そうだぜ。バス移動ってのが遠足感を強めるよな」


「まあ分からんでもないけど」


 いつにも増してテンションの高い翔助を見ていると、自分のテンションってそんなに高くないのかなと不安になる。


「バスの座席って自由なの?」


「いや、指定席だぞ」


「え」


 衝撃の事実が明かされる。


「席とか決めたっけ?」


 記憶を探るが一向に思い出せない。微かに覚えているとかじゃなくて、微塵も出てこないのだ。


「この前決めたぞ」


「俺はこの歳にしてもうボケ始めたのかもしれない。全く記憶にないんだけど」


「そりゃそうだろ。お前ずっとバタンキューだったからな」


「……どういう意味?」


「その前の体育が初の水泳だったからか、ずっと寝てたんだよ。起こすのも躊躇うレベルで爆睡してたもんだからさ」


 どんなレベルで寝てるんだよ、俺。授業中なんだぞ? 記憶にはないんだが。


「それで仕方なく、俺がお前の分もまとめて決めてやったってわけだ」


「一応聞くけど、ワケの分からん席じゃないよな?」


 おふざけにしては笑えないような展開になっててみろ。お前の席と入れ替えてやる。


「俺も鬼じゃねえよ。せっかくのイベントなんだからスタートからゴールまで楽しみたいだろ。安心しろ、俺の隣だよ」


「そうか。ならいい」


 そうだよな。そんな子供みたいなことはしないよな。もう高校生だし。ただ油断してるとそんなことを平気でやってくるのが翔助だ。


「ちなみに間宮の前はあたしだよ」


 俺がそんなことを考えていると後ろからぽんと肩を叩かれる。声で誰かは判断できるが、とりあえず振り返る。


「嬉しいでしょ? バスに乗ってる間は美少女二人と戯れ放題だよ」


「美少女二人?」


 誰のこと言ってんだ? とからかうように言った俺は三船の後ろにいる女生徒と目が合う。

 その女生徒は、恐らく美少女其の二なのだろう。


「よろしくお願いします」


 ふいっと不機嫌な様子を全面に表すのは逢坂紗月だった。学校指定の制服に、イベントだからか今日はポニーテールだった。普段と髪型が少し違うだけで印象は全然違う。


「よろしくな、逢坂」


 俺の後ろで翔助が元気に挨拶をする。誰に対しても同一のテンションで接するのは翔助のいいところであり悪いところだ。


「ええ」


 しかし紗月は相変わらず冷たい。

 仲良くしろとは言わないけど、もう少し当たりを優しくしてもいいと思うのだが。

 男に対する警戒心はまだ解けていないようだ。


「どったの、紗月。テンション低くない?」


「別にそんなことはないです」


 いや明らかに低くはあるよ。

 そんなことないと言うのならせめて言うときくらいテンション上げろ。


「三船ってさつ――逢坂と仲良いの?」


 紗月には聞こえないように三船に聞く。

 学校では俺と紗月が同じ家に住んでいる幼馴染という関係は伏せてある。なので紗月と呼ぶのもおかしいのだ。

 今まで校内で関わることもそうなかったので名前を呼ぶこともなかった。

 逢坂、と呼ぶのは慣れなさそうだ。


「んー、まあ仲良しだよ」


 なにその微妙な間。本当は仲良くないけど仲良く見せるビジネス友達的なやつなの?


「クラスの中だと一番好きかな」


「それは意外だな」


「そう? せっかくのイベントを一緒に過ごそうってんだよ? そりゃ仲良い子を選ぶでしょ」


「確かに」


「というわけであたしと紗月はマブダチなわけだ」


 マブダチって言わねえな、今日日。


「そこで間宮には重要なミッションを与える」


「なに?」


 急に真剣な口調へと切り替え、シリアスな雰囲気を作り出した三船に俺は構えてしまう。


「あの通り、翔助は微妙に空気が読めないところがある。だからあれには頼みづらいのだよ」


 顔を近づけと耳打ちしてくる。三船は誰とでも距離が近いが、しかし女子は女子なので近ければドキッとはしてしまう。悔しい。


「見ての通り、紗月は男の子と積極的に関わろうとしないの。いろいろあったらしいし、無理にとは思わないけど、でもこのままだとクラスでも浮いちゃうと思わない?」


「男子と合わなくても女子といればよくないか? 現にお前がいるわけだし」


 言うと、三船はチッチッチッと舌を鳴らす。


「紗月はあれでモテるのだよ。可愛いからね。でも男嫌いだから告白されても振るでしょ? そうなると、それをよく思わない女子もいるわけ」


 女子特有のギスギスした関係ってやつか。あまり首を突っ込みたくない世界だ。


「あたしだって常に一緒なわけじゃないしね。で、せっかくのイベントだし、これを機に男子への警戒心が少しでも解ければなって」


「はあ」


 考えていることは同じか。

 三船は三船で、紗月の男嫌いを何とかしたいと思っていて、それは俺も思っていることだ。


「だから間宮には紗月と仲良くなってほしいんだよね。無理ない程度にだけどさ」


 だったら協力しないわけにはいかないな。

 だけど。


「なんで俺なの?」


 翔助は空気読めない的な理由で省くとしても他にも男子はいる。別に俺である必要もないだろうに。


「間宮はあたしが一番の信頼を寄せる男子だからね。紗月を傷つけるようなことはしないという確信があるからさ」


 一体どこでそれだけの信頼を勝ち得たのかは定かではないけど、そこまで言われて無下にはできない。


「そう言われると期待に応えないと行けない気になるな。全く、人を使うのが上手い奴だ。まあ、何ができるか分からんけどできるだけのことはしてみるよ」


「おうよ。よろしく頼むぜ、相棒」


 そう言って、三船はグッと親指を立てた。こいつはいろいろと古い気がする。

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