第5話 逢坂さんちの三姉妹⑤
非常に重苦しい空気がリビングを支配していた。その空気を作っているのはもはやクイズにもならないが、紗月だ。
俺がこの家に居候するようになってから一ヶ月ほど経ったけど、紗月の気持ちは変わらないままだ。
その上、今日はあんな事件があったのだから怒るのも無理はない。
「紗月ちゃん、いつまでも怒ってるもんじゃないよ? 鍵を締めてなかった紗月ちゃん側にも問題があるんだから」
「そうだよ。下着見られたくらいで動揺しすぎ。あ、もしかして可愛くない下着着てたの?」
「……そんなことありません。ちゃんと可愛い下着をつけています」
ぱくぱくとご飯を口に放り込み、誰よりも早くご飯を食べ終える。
食器を持ち、洗い場に運ぶとさっさとリビングを出ていってしまう。
「まあ、怒るのは仕方ないか」
「んー、ちょっと機嫌が悪かったのかな。いつもはあんな感じじゃないのに」
俺に対してはわりといつもあんな感じですけどね。
まあ、最近はちょっとはマシになっていたけど今回の一件で振り出しに戻ってしまった。
「一晩寝れば忘れるよきっと」
ズズズと味噌汁をすすりながら花恋ちゃんが他人事のように言う。いや実際他人事っちゃあ他人事だれけども。
「昔はあんな感じじゃなかったのにね」
「そうなの?」
俺には昔の記憶があまりない。
というか、ほぼない。
それは記憶喪失になったとか大層な理由ではなく、単純に覚えていないだけだ。何かの拍子に思い出すことはあるかもしれないが、今は知らないも同然なのだ。
「そうね。悠一くんに対しても、もっとフレンドリーだったかな。何なら一番仲がよかったのは紗月ちゃんかも」
「そうなの?」
驚きだ。
今の紗月からは想像できない。
「花恋ちゃんとよく取り合いしてたよね。それで悠一くんを取られると大泣きして」
「雪姉、それはしーだよ! しー!」
花恋ちゃんは沈黙を促すが、もう全部聞いてしまった。それは何とも微笑ましい光景か。
記憶にないのでどうにも他人事のように考えてしまう。
「じゃあ、何で俺はあそこまで嫌われてるんですか?」
何もしてないんだけどな。
久しぶりに会ったときには、もう既に敵対心が凄かったし。
「んんー、悠一くんがって言うよりは、男の人が嫌なのよ」
「どういう意味ですか?」
俺はわけも分からずオウム返しをするしかなかった。深雪さんは少し考えてから、困ったように笑顔を浮かべた。
「まあ、いろいろとあってね。ちょっと男の人に対して敵対心というか、警戒心のようなものを強く持つようになったのよ」
「一番大事な部分が端折られているような」
「デリケートな問題だから、私の口から全部は語れないの。ごめんね。いつか紗月ちゃんに直接話してもらって」
「絶対無理でしょ」
あの感じだと俺には心を開いてくれそうにない。時間が解決してくれることも世の中にはあるけど、これは明らかにそうではない問題なんだよなあ。
食事を終えて、各々が好きな時間を過ごす。俺はこの時間、リビングで誰かと喋ることもあれば自室でダラーっとしていることもある。今日は後者だ。
布団の上に寝転がって、天井を見つめる。
「何とかなんねえもんかな」
この上は、ちょうど紗月の部屋だったりするのかもしれない。
俺がこの家に居候する上でいくつかルールが作られたのだが、そのうちの一つが二階は男子禁制、である。男子禁制というか俺禁制だ。
なので、俺は階段から上を見たことがない。どうやら三姉妹の部屋が一つずつあるらしい。
俺は以前まで親父さんが使っていたらしい部屋を借りている。ミニマリストだったらしい親父さんの部屋には特に物がなく、好きに使っていいと言われたのでわりと好きに使っている。
「……」
少なくとも二年はこの家にいることになっている。
その間ずっと、こんな感じというのはあまりよろしくないだろう。深雪さんと花恋ちゃんは受け入れてくれている。
別に仲良くなれなくてもいい。
せめて、普通に接するくらいにはなりたいもんだけど、まだまだ難しそうだ。
「……はあ」
当面の目標は、紗月との関係の改善ってところか。
無謀とも言える目標に、思わず溜め息が漏れてしまう。
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