第48話 間宮悠一と三姉妹③


「珍しく自分の部屋にいないんですね」


 夕食を終え、リビングでスマホをいじっているとテレビを観ていた紗月が声をかけてくる。


「ああ。例によって部屋のエアコンが壊れてな」


 この夏に入って今日で三度目。なにが良くないかって原因不明に治るところ。

 使えるなら買い換えるのはもったいないなと思わされる。そうして何度も辛い思いをさせられた。

 今度こそ買い替えてやろう。


「それはご愁傷様です」


 三姉妹の部屋にはテレビがないので彼女達はリビングでテレビなり録画なりを観る。

 一人のときもあれば複数で観たりしているが、俺の部屋にはテレビもあるのでこの時間にここにいるのは珍しいことなのだ。

 この涼しさを知ると、蒸し風呂のような部屋に戻る気はしない。寝るときが憂鬱だ。


「宿題は順調に進んでますか?」


 観たい番組が終わったのか、体の向きをこちらに向けてくる。


「あー、まあ、そうだな、それなりかな」


「絶対やってないでしょ……」


「やろうとは思ってるんだけど、いざやろうとするとやる気が削がれるんだ」


 あれは実に不思議な感覚だ。

 ゲームや漫画に手を出し、普段なら絶対思わない部屋の掃除さえしたくなる。


「明日、暇なら付き合いますよ」


「え、なに、見せてくれるの?」


 紗月にしては優しすぎる提案だった。まさか偽物じゃなかろうか?


「そんなわけないでしょう。監視してあげると言ってるんです」


 やっぱり本物だった。

 そんな上手い話があるはずないか。

 とはいえ、そろそろ少しくらいは手をつけておかないとマズイのも確かだ。


「成績優秀な紗月さんがついてくれるなら安心だな」


「おだてても答えは見せませんからね」


 突き放すように言うが、言葉に棘はない。むしろ弾んでいるようにさえ聞こえる。

 その顔が見られたくないのか、紗月はふいっと顔を背けてテレビに視線を戻す。


「そういうことなら明日は朝からみっちりしごいてあげます。夏休み宿題合宿です!」


 バッと立ち上がって、そんな迷惑一〇〇パーセントな宣言を高らかにする紗月に俺は面倒な顔を向ける。

 それはマズイよ。

 だってこの子、冗談とか通じないんだもん。本当にみっちりしてくるんだもん。


「そんな顔をしてももう遅いです。わたしのやる気に火がつきました! そうと決まれば今日は早めに寝ることにします」


「あの、俺まだ頷いてないんだけど」


「悠一も、夜更しはしないように」


 聞いてねえ……。

 楽しそうにそう言い残した紗月は鼻歌を歌いながらリビングを出て行く。あれは本気だな。たぶん明日は地獄を見ることになる。

 朝寝坊しても叩き起こされる未来が見えるので、腹を括って俺もさっさと寝るとしよう。


「しかし」


 本当に変わるものだ。

 俺がこの家に来たのは今年の春。あのときの紗月といえば何とかして俺をここから追い出そうとしていて、仲良くしようなんて微塵も思ってなかったもんな。

 それが今では一緒に宿題をしようと提案してくるまでになった。

 時間はかかったけど、ようやく紗月とも仲良くなったと感じる。ここまでの道のりを思い返すと、いろいろありすぎて泣けてくるぜ。


 最初からずっと、俺に対して友好的だった花恋ちゃん。

 彼女とはゴールデンウィークにいろいろとあったな。あれ以来、より一層スキンシップが激しくなった気がする。たぶんこれは気のせいじゃない。


 優しくて、大人で、頼りになる深雪さん。

 そんな印象を誰もが抱き、だからこそ彼女はそれに相応しい振る舞いをしようと無理をして、限界がきて、でもあの時深雪さんの気持ちを聞けて嬉しかった。

 そんな彼女も、今ではたまに甘えを見せてくれるようになった。

 優しくて、大人っぽくて、頼りになるという印象は変わらない。けれど、今はそこに子供っぽいが追加されている。


 三者三様に、それぞれが変わったと言っていい。

 それも、いい方向にだ。

 少なからず俺がそこに関与していて、だからというわけでもないけど、今ではここに来れてよかったと思える。

 この先も、この場所であの三人と楽しく過ごせるだろう。現在いまがそうなのだから、きっと未来だってそうさ。

 何かあっても、きっと乗り越えられるに違いない。

 そんなことを思うくらいになった、俺が一番変わったのかもしれないな。

 三人のおかげで。


「……風呂入って寝るか」


 今の俺にできることは、逃れられない地獄に向けて備えることだけだ。

 つまり、さっさと寝ろってこと。

 リビングを出て、自室に戻り風呂の準備をして脱衣所へと向かう。


「……へ?」


 ああ。

 本当に。

 俺というやつは、どうしてこう学習能力がないのか。


「あの、えっとですね」


 脱衣所のドアを開けるとそこに紗月がいた。

 しかもタイミング悪く、絶賛脱衣中だった。つまりどういうことかと言うと、上の服を脱いでいるところに出くわしたので、上も下も下着がばっちり見えてしまったこと。

 小ぶりながら形のいい胸、きゅっと引き締まったウエスト、そして大きなお尻。それらを水色のフリルのついた可愛らしい下着が包む。

 あるいは、下着を着ていただけ幸いだったのかも。


「やれやれですね」


 はあっと盛大に溜め息をついた紗月は脱ぎかけていた服を再び着る。


「いや、まさか風呂に入ろうとしてるとは思わなくて。ほら、お前さっき早めに寝るとか言ってたからさ。それで、あの、えっと、可愛い下着だと、思うよ?」


 それは早口に言葉を並べる。

 しかし、何を言っても紗月の冷ややかな半眼が解かれることはなく、ついに俺は訳のわからないことを口走る。

 でも、前までなら問答無用に殴られていた。言い訳をする暇をくれ、しかもそれを聞いてくれている。大変よろしい変化ではないだろうか!?


「懺悔の用意はできてますか?」


 脱衣所のどこに置いてあったのかは知らないけど、取り出した竹刀を手に取り強く握る。

 ああ、やっぱりダメか。


「仕方ねえな」


 何を言っても、悪いのは俺だもんな。ここは男らしく、罰を受け入れようじゃないか。


「来いッ!!」


 ぎゃああああ! と悲痛なる俺の叫びが脱衣所を超えて逢坂家内に響き渡る。相変わらず手加減というものを知らないらしい。


「……どうしたの?」


「大丈夫ですか、悠一さん?」


 その音を聞き、何事かとやって来た深雪さんと花恋ちゃんも、脱衣所の現状を見て全てを察したらしい。


「……悠一の変態っ!」


 やっぱり、何も変わってないのかもしれない。

 あの時と同じようにヒリヒリと痛む赤くなった部分がそう告げているような気がする。


「……痛い」


 どうやら……。

 いろいろと問題ある俺と三姉妹の何気ない日常は、まだまだ終わりそうもないらしい。


 ――明日は、どんなことが待っているのだろうか。

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逢坂さんちの三姉妹〜いろいろあって美少女三姉妹と同居することになりました〜 白玉ぜんざい @hu__go

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