第47話 間宮悠一と三姉妹②


「あ、悠一くん。ちょうどいいところに来たね」


 昼飯を食べ、何をするでもなくゆるやかに午後を過ごす俺は小腹が空いたのでキッチンに向かう。

 リビングに入ったところでテーブルにいた深雪さんが嬉しそうにそう言った。

 最近分かったけど、深雪さんがこの顔をしているときはだいたい俺に面倒事が降りかかる。

 悪い気はしないから全然いいんだけど。


「なにか?」


「実は今、私は夏休みの宿題をしていたのです」


「はあ。そんな、今明かされる衝撃の真実みたいなノリで言われましても」


 全然予想外じゃないし。

 なんならイメージ通りなんだけど。


「昼からずっとしていた私はすっごく疲れたのです」


「……つまり?」


「ホットケーキが食べたい」


 ホットケーキ入りましたー! と元気よくキッチンに伝える代わりに俺は溜め息をつく。

 ホットケーキミックスがなかったら断ろう。そう思いながらキッチンの棚を開ける。こういうときは何故かある。


「仕方ないか」


 俺も小腹空いてたし。

 ここで作らなかったら自分で作りそうだしな。深雪さんの何が質悪いって料理下手だけど料理が嫌いじゃないとこ。

 楽しくなって作りすぎて、部屋にいるところを捕まえられるのは容易に予想できる。


「ありがとー」


 俺がそう言うことも分かってたのだろう。にんまり笑いながら、子供みたいにイスを揺らす。


「何か手伝う?」


「いや大丈夫」


「……そんな食い気味に言わなくてもいいのに。これでも進歩してるんだよ?」


 確かに夏休みに入ってから紗月に料理を教えてもらってはいる。でもスタートがマイナスだったからまだまだ人に振る舞える腕ではないらしい。これは紗月が言っていた。


「いつか食べさせてください」


「なんなら今日でも――」


「紗月の合格を貰ってからね!」


 俺は深雪さんの言葉を遮るように言う。本当にやる気と実力が伴っていないのが悲しい。

 言われた深雪さんはぶうっと拗ねたように唇を尖らせる。

 そんな光景を横目に、俺はホットケーキの準備をする。材料さえあれば別に難しいことはない。

 深雪さんでも作れるかとも思ったけど、予想外のタイミングで予想外のミスをする人だから油断しちゃダメだな。


「それにしても、紗月ちゃんは変わったね」


「え?」


 じゅーっとフライパンで生地が熱される音を聞きながら深雪さんに聞き返す。


「臨海学校から帰ってきたときは私も花恋ちゃんも驚いたものだよ」


「ああ、まあ確かにね」


 紗月を取り巻く問題。それが解決したわけではない。しかし、臨海学校という一つのイベントを経て、少しだけ変化した。

 紗月の気持ちに大きな変化があったのだ。

 自分で言うのも何だけど、その変化に一役買ったのが俺なのだという事実がこそばゆい。

 まあ、そもそも問題の原因の半分くらいは俺にあったから当然といえば当然なんだけどさ。


「その辺を触れると紗月ちゃんは意地を張るだろうから、私達はそれとなく受け入れたんだけど」


「意地になって元通りにするくらい平気でしそうだしね」


「悠一くんは、いったいどんな魔法を使ったのかな?」


「魔法だなんて、別に何もしてないですよ。ただ俺がやるべきことをやっただけで」


 これは事実。

 謙遜とかじゃなくて、本当にもう言葉通りの意味だ。格好つけて誤魔化すしかない。

 これに関しては俺が口を割らなければ漏れることはない。紗月には聞かないだろうから。


「頑なだね。教えてくれてもいいのに」


「そんなに興味ないでしょ」


 俺が笑いながら言うと、深雪さんは微笑ましそうに笑ってかぶりを振った。


「そんなことないよ。私達だって、何とかしようと頑張ってた。でも、どうにもならなかった。それを悠一くんはやり遂げたんだよ。気にならないはずないよ」


「深雪さん……」


 中学生くらいで事件はあったらしい。

 今まで数年あって、その間の紗月は過去を知っていれば確かに見ていられないものだったのかもしれない。

 深雪さんも花恋ちゃんも、いろいろやってきたのは当たり前か。


「でもいいんだ。大事なのは現在いまだもんね。ああして、笑いながら悠一くんと話す紗月ちゃんが見れただけで私は嬉しいんだ」


「晴香さんの言葉なんだってね」


 紗月も同じことを言っていた。

 晴香さんはみんなにその言葉を残していったのだ。それにはいろんな意味がこめられていたのだろう。

 今こうして、前向きに捉えてくれているところを見れば晴香さんも喜ぶだろう。

 その言葉には、自分の死を引きずるなというメッセージも込められていたのだろうから。


「うん」


 俺が言うと、深雪さんははにかむように笑った。少し頬を赤らめて、顔を俯かせる。

 今でもお母さんが大好きなんだろうな。


「よし、できた」


 完成したホットケーキをお皿に移して、テーブルまで持っていく。深雪さんは広げていた宿題を横に避けてスペースを開けてくれた。


「わー美味しそう! いただきまーす」


「いただきます」


 勢いよくかぶりつく深雪さんに続いて俺もホットケーキを咀嚼する。レシピ通りに作っているので味は普通にホットケーキ。それ以上でもそれ以下でもない。


「んまい!」


 それでも幸せそうにホットケーキを頬張る深雪さんを見ていると、何だかいつもより美味しく感じる。

 最大の調味料は空腹、だなんて言われるけど、あるいは誰かの笑顔だったりするのかもしれないな。

 なんつって。

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