第43話 二日目の夜


 海で思いっきりはしゃいだことで、二日目の夜は静かに時が過ぎる。

 ということはなく。


「これはもう行くしかねえぜ!」


「おうよ! 思いきって告るんだ!」


 疲れというものを知らないのか、昼以上のテンションが部屋の中に充満している。

 翔助の他に、覗きの筆頭杉本に大原、それと岡田。俺の部屋はその五人なのだが、俺以外がすげえハイテンションだった。


「なんだって?」


 窓際のイスに座って外を眺めていた俺は話を聞いていなかった。

 外では現在、後半のクラスが肝試しを行っており、やはり時折叫び声は聞こえた。


「いや、だからこれはチャンスだよって話」


「はあ」


 翔助が興奮混じりに言うが、なんのことかは分からない。


「恋バナ聞いてなかったのか?」


 きのこ頭の杉本が補足説明をする。そこで俺はようやく合点がいく。


「告白?」


 イエス、と全員が指を鳴らす。


「修学旅行じゃないけど、宿泊研修の夜となれば女子もテンション上がってるだろ。それにこれから夏が来るし、独り身よりは恋人がいた方がいい。その考えには至るはずだ」


 岡田がペラペラと喋る。


「そして意中の相手がいるとなれば告るしかないだろ。それに今、先生は肝試しに夢中でこっちの警戒は手薄だ」


 確かに、絶好のチャンスだと言われるとそう思えなくもない。

 今日の昼、海でカップルが多いような気がしたけど、あれはもしかしたら前日の夜に同じようなことが行われていたからなのかもしれないな。


「と、いうわけで行くぜ、悠一」


「えっと、どこに」


「んなもん聞くまでもねえだろ!」


 俺の言葉をかき消すように食い気味に言った翔助は、俺の腕を掴んでズイズイと進んでいく。

 俺も行くのか……。


「お前はいねえのか?」


「今のところは、まあそうだな」


「じゃ、しゃあないな。とりあえず最初は岡田のところ行くか」


 翔助に言われ、岡田が親指を立てる。

 俺はただ、言われるがままについて行くだけだった。

 そしてとある部屋の前にたどり着いたところで翔助がノックをする。中から女子が出てきて、事情を説明したのか理解した女子が中に引っ込む。

 そのまま俺達は中庭に移動した。といっても俺達は茂みの陰で待機し、岡田だけが表に立つ。


「え、ちょっと待って。もしかして公開告白なの?」


「そりゃ気になるだろうよ」


 岡田のいるところには聞こえないようにひそひそを声を殺して話す。気になるからといっても、これはどうなんだろ。

 まあ、岡田が許容してるなら別に俺がどうこう言うことでもないんだろうけど。

 少し待つと、向こうから女子が歩いてきた。見慣れない女子なので、多分他クラスの子だろう。

 ここからはダイジェストだけど、岡田が告白し、女子サイドがそれを受け入れた。成功である。

 少しゆっくり話したいだろうということで俺達は静かに退散した。

 次は大原の番だった。

 結論から言うと振られていた。そりゃ誰もが成功するとは限らない。少し一人でいたいと言うので俺達はさっとその場を去った。


「最後は俺だな」


 声を上げたのは杉本だ。

 外から再び建物の中に戻り、女子の部屋がある三階まで向かう。これがもう三回目なのでしんどい。


「え、お前しないの?」


 あれだけの熱量を持っていた翔助が告白しないことに驚いた。てっきり決めに行くと思ってたのに。


「今はまだその時じゃないんだよ」


「他の奴らにはさせといて、自分はやらないのかよ」


「それはお前も一緒だろ?」


「いや、立場が違うだろ」


 どうでもいいんだけどさ。

 ならば杉本のをさっさと終わらせて部屋に戻ろう。

 告白が成功したら一人振られた大原が不憫だし、失敗したらそれはそれで空気が重くなりそう。

 どっちにしても地獄やで。


「それで、杉本は誰に告白すんの?」


 岡田も大原も知らない人だったし、聞いても分からないだろうけど一応聞いておく。

 同じクラスの女子なら少しくらいは楽しめるかもしれないからな。ていうか、何で他クラスの女子と面識あるの? と疑問に思ったけど部活とかか。

 俺も何かやろうかねー部活。


「逢坂だ」


「え、なんて?」


「逢坂だ」


 杉本が一語一句違わずに言い直す。どうやら俺の聞き間違いではないようだ。

 この学校に逢坂って他にいたっけ?


「うちのクラスの?」


「おう。逢坂紗月よ」


 間違いなく紗月だった。逢坂紗月はうちのクラスに二人もいない。


「いや、あいつはどうなのよ」


「なにが?」


「ほ、ほら、男子生徒とか避けてるところあるじゃん?」


「まあそうだな。でも、俺のこの気持ちは抑えられないんだよ。なんつっても逢坂さん、俺の落とした消しゴム拾ってくれたんだぜ。完全に脈アリだろ」


 いやねえだろ。とは言えない。


「消しゴム拾うくらいはするんじゃねえの?」


「いや、あの男嫌いの逢坂さんが拾ってくれたことに大きな意味がある」


 話だけ聞いていると確かに意味がないとは言い切れない。

 それに、本当にそうなのかも……いや、それはなさそうだけど。もしそうなのだとしたら、何だかちょっと複雑である。

 何が、複雑なんだろ。


「というわけで、告白します」


 これはもう止まられないか。走り出した恋の暴走列車にブレーキはないらしい。

 そういうことなら、数パーセントの可能性を信じて玉砕してくるといい。

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