第44話 二日目の夜②
「それじゃあ頼むぜ、悠一」
「え、なにを」
突然肩を叩かれ、何を言うのかと思えば何を言ってるんだ?
「逢坂の呼び出しだよ」
「何で俺なんだよ」
「逢坂は男に対して警戒心強めだろ? もしかしたら呼び出しすら成功しない可能性があるじゃん」
「だとしたら、それはもう脈ナシってことで確定だろ」
「告白くらいさせてやりたいじゃねえかよ。男の散り様見届けてやりてえだろ」
「散る前提なところが悲しい」
諦めるにしてもちゃんと思いを伝えて、振られたいということか。ケジメをつけるという意味では確かに正しいけど。
気乗りしないなあ。
「わかったよ」
とはいえ、いい言い訳が思いつかないから仕方なく承諾する。
杉本は中庭の定位置にスタンバイ。翔助はいつでも物陰に隠れれるようにしながら杉本も緊張をほぐす。
そして、俺は一人女子エリアへ向か……えるわけないだろ。周りの目が気になって仕方ないわ。
なのでロビーでポケットからスマホを取り出し、紗月にメッセージを送ることにした。
紗月とはメッセージを交わすことも中々ないので履歴が下の方になっていて探すのが一苦労だった。
『ちょっと出てこれないか?』
メッセージを送るとすぐに既読がついた。このタイミングで既読がつくということはスマホを手にしていたということ。
こんなときにスマホを弄っているということは暇をしているということに違いない。
『今からですか?』
『そう。忙しかったりするなら別にいいんだけど』
『いえ、そういうわけでは。どちらへ向かえばいいんですか?』
『中庭までよろしく頼む』
『わかりました』
業務連絡のようなメッセージを繰り返し呼び出しには成功した。
これ、普通に見ると俺が告白のために紗月を呼び出しているみたいだよな。相手が紗月だからそんな勘違いしないだろうけど、相手は勘違いしてもおかしくないぞ。
「ただいま」
「お、おう。どうだった?」
中庭に戻ると緊張が体の表面に張り付いたような杉本が聞いてきた。
「とりあえず呼び出しには成功した。あとは頑張れよ」
それだけ言って、翔助を連れて物陰に隠れた。少し待つと建物の方から人影が現れた。
紗月だ。
お気に入りの赤いジャージ姿で中庭に来た紗月は俺の姿を探しているのかキョロキョロしている。
そんな彼女に杉本が声をかけた。
「よく聞こえねえな。もうちょい近づこうぜ」
「あ、おい。あんま近づくとバレるぞ」
「大丈夫だって。ほら行くぞ」
杉本が紗月に声をかけに行った形になったので俺達から距離ができた結果、会話が聞こえなくなった。
なので翔助は近づこうと提案してきた。いや、提案というか意思を示してきた。
翔助の行動は変わらないだろう。
仕方なく、俺もついて行く。
「俺、逢坂さんのこと好きです。付き合ってください!」
俺と翔助が近づいたときには既に告白はクライマックスだった。告白されてか、紗月はハッとして杉本の顔を見る。
何かに気づいたような顔をしていたけど、驚いているという感じではなさそうだ。
少しの沈黙があり、そして紗月は深々と頭を下げる。
「ごめんなさい」
だと思ったけど。
でも、こうもキッパリ断られれば杉本も諦めがつくだろう。高校生の恋なんてこんなもんだ、新しい出会いがきっと君にも待っているだろうよ。
「えっと、やっぱりまだお互いのことを知らないから?」
理由を聞くのは大事だ。次に活かせる可能性があるからな。自分の改善点か、あるいは行動の改善点か。
「……そうではなくて、ですね。えっと、その、わたしにも好きな人がいるんです」
「え」
え。
杉本と同じリアクションだった。
あいつ好きな人いるの? そんな話聞いたことないぞ。まあ、聞く機会なんてそもそもなかったけどさ。
ていうか、男嫌いなのでは?
「それは、同じクラスだったり?」
「まあ、そうですね。幼馴染で、最初は好きじゃなかったんです。でも、一緒の時間を過ごしているうちに、彼のいいところも悪いところも知ることになって、嫌いなはずなのに、気になって。気づけば、彼を視線で追ってました。これが好きという感情なのかと、感心しています」
「……そっか」
そう言われるともう何も言えない。杉本は何かを紗月に言ってそのまま別れたが、その辺の会話は頭の中に入ってこなかった。
だって。
紗月が言った、好きな相手ってのは。
「行くぞ、悠一」
走り去る杉本を追うように翔助が立ち上がって走り出すが、さっきのことが気になって俺は一歩出遅れた。
すると。
「いるのでしょう?」
紗月がどこかの誰かに声をかける。
杉本も翔助も行ってしまったのでここにいるのは俺だけ。恐らく、というか確実に、俺に向けられたものだ。
なので観念して茂みから出る。
「やっぱり」
俺が姿を見せると紗月は呆れたようにそう言った。
「全く、失礼にもほどがありますよ。呼び出したかと思えば姿がなくて、突然告白されるし」
「……悪い」
そればっかりは謝る他ない。
しかし、そうは言っているが紗月から明らかな怒気は感じられない。
「近くで見ていると思ってましたが、案の定でした。告白を覗き見るなんて趣味が悪いですよ」
「返す言葉はない」
俺は止めたんですよ? でもみんなが止めなかったから。だから仕方なく俺も付き合うしかなかったんです。
と、俺は心の中で言い訳をした。
「次はもうちょっと文面を考えてください。少し考えてしまったこちらが恥ずかしい」
「考えた?」
俺がその言葉に引っかかると、紗月はゲフンゲフンとわざとらしく咳払いをした。
「言葉の綾です」
ていうかこいつ、俺が近くにいると知りながらさっきのセリフ吐いたのかよ。なにそれもう告白じゃん。
え。
じゃあ返事とかした方がいいのかな?
でも、俺と紗月はそういうんじゃ。
「お前、さっきの、その……好きな相手ってのは」
聞くのも恥ずかしいぜ。
しかし、目の前の紗月はそんな様子は一切見せなかった。なにこの子すごい強心臓じゃん。
「ああ。あれはとりあえず言っただけですよ」
「は?」
被せるレベルに声が漏れた。
いや、だって、そんなの魔性の女がすることじゃん。俺が近くにいるのにわざわざ俺のこと言うなんて。
え、怖い。
「ああ言った方が、杉本君も諦めがつくだろうと思ったので。それに、あとは強いて言うなら仕返しです」
「何のだよ」
「さあ、何のでしょうね。それすらも分からないような人には、教えてあげるのも躊躇います」
「……なんだそれ」
「別に。用は済んだので戻ります」
それだけ言って、紗月はふいと方向転換し建物の方へと戻っていく。
取り残された俺は頭が真っ白になっていて、少しの間その場に立ち尽くしていた。
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