第27話 お化け屋敷


 コーヒーカップやメリーゴーラウンドといった遊園地の定番を楽しみつつ、この舞木パークならではのアトラクションも挟み、そろそろ昼時だなたいう時間になった。


「そろそろお腹空きました?」


「うん、そうだね。じゃあ最後にこれに乗るとしよう!」


 ジェットコースターから降りたときはグロッキー状態で一〇分はベンチで倒れていた深雪さんだったけど、今は回復して元通りのテンションである。

 そして、そう言いながら深雪さんが指差したのはお化け屋敷だ。遊園地ならではというか、どことないレトロ感。

 最近のお化け屋敷といえばいろいろ創意工夫されていて怖いのだろうけど、遊園地のお化け屋敷は所詮その程度。そう言うのは悪いけど、俺としてはそんな印象である。


「まあいいですけど。それじゃあ入りましょうか」


 お昼時で人が少ないのか並ぶことなく入ることができた。中の雰囲気は中々のもので肌寒い温度や不気味な音楽が恐怖心を駆り立てる。


「思ってたよりやるね」


 ゴクリ、と敵地に侵入するスパイのような緊張感をもって深雪さんが言う。

 スタッフに案内されて俺達は小さな部屋へと案内された。そこで暫く待つように言われる。


「遊園地のお化け屋敷って乗り物に乗って中を進むようなイメージだったけど、これはウォークスルーのタイプですかね」


 乗り物に乗って進むお化け屋敷は機械や音で怖がらせてくる印象だ。大きいおばけの機械は子供の頃確かに怖かったけど今なら大丈夫だ、と思ってた。

 けどウォークスルータイプのお化け屋敷といえばどちらかというと演者がおばけに扮して怖がらせてくる。ぶっちゃけ何歳になっても怖いものは怖い。


「……悠一くん、私は遊園地のお化け屋敷を舐めていたよ」


「まあ、ぶっちゃけ俺もですね」


 暗いけど一応マップを見るとお化け屋敷は二個あった。たぶん子供用のちゃっちいものと大人でも楽しめるようなガチ目のやつ。どうやら俺達は入るアトラクションを間違えたらしい。

 そんな話をしているとかろうじて点いていたランプが消える。


「うえっ!?」


 突然の出来事に深雪さんがよく分からない声を出して咄嗟に俺の袖を掴んでくる。


「大丈夫ですか?」


「だだだ大丈夫だよ、私もう高校生だよ? 大人なんだからっ」


 デジャヴュだ。

 大丈夫な驚き方ではないのだけれど、本人がそこまで言うならこれ以上は何も言えない。

 そもそも俺もそこまで余裕ない。ホラーとかあんま得意じゃないんだよなあ。


『ようこそ、悪夢の館へ』


 おどろおどろしいアナウンスが流れる。悪夢の館、という建物に迷い込んでしまった俺達は抜け出そうと館内を歩き回るという設定らしい。

 悪夢の館から出るためには、この館の中で眠っているトムという少年を起こす必要があるらしく、俺達はそのトムを探し、眠りから覚ませ、出口へと向かえばいいようだ。


「それではこちらからどうぞ」


 アナウンスが終わると、スタッフに案内される。出発の際に渡されたのは笛のような機械だった。


「どうしても無理だと判断された場合はその笛を鳴らしてください。その笛はトムの眠りを無理やり覚ますことができるものですので、出口へと案内させていただきます」


 要はリタイアということか。

 わざわざこんなものを用意しているということはそれなりに需要があるのだろうし、つまり結構怖いのだろう。

 ああやべえ、帰りたい。


「ううう」


 俺の腕にしがみつく深雪さんを見ていると冷静でいられる。自分よりも取り乱す人間が周りにいると落ち着けるって不思議な心理現象だよなあ。


「ちゃんと前見てくださいね」


「見てるよ。これでもしっかり見てるんだよ」


 全然見てない。

 道は暗く、ゆっくり歩いていくしかない。少し先は見えないし、後ろを振り返ってもよく見えない。こうも周りが見えないといろいろと敏感になるのでちょっとした物音にも怯えてしまう。

 主に深雪さんが。


 カタッ。


「ひっ、いい今なにか……」


 洋風のや館のイメージなのか、床は赤いカーペットのようなものが敷かれている。時々、人の顔とかの模型が置かれているのでビビるけど、それで俺が震えるとそれに深雪さんが驚くという負の連鎖が起こる。


「怖くない怖くない怖くない」


 袖を掴んでいた手はいつの間にかしがみつくようになって、今はもうがっつり腕を組まれている。

 胸の柔らかい感触をしっかりと腕で感じているのだけど、ドキドキが止まらない。これは恐怖からくるドキドキだ、と自分に言い聞かせるのに必死だ。


 ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛。


 どこからか、けれど決して遠くない場所からエッジボイスのような声が聞こえる。

 静かな空間に突然流れるその声に驚きはするし、怯えもする。腕に抱きつく深雪さんはもう限界レベルに震えている。

 この人最初以降全然見てないんだよなあ。


「どうしたの悠一くん?」


「え、何がですか?」


 突然深雪さんがそんなことを言う。何もしていないし、何も言っていないのにだ。


「いや、さっき肩叩いたでしょ? おふざけはよくないよ」


「いや叩いてないですよ。俺の腕は今深雪さんにがっちりホールドされてるんですよ?」


「……え、じゃあなに?」


「いや、分かりませんけど。気のせいじゃないですか?」


「肩叩かれる気のせいなんてあってはいけないよっ! しかもこんな場所でなんてシャレにならな――ほらまた」


 そう言って深雪さんは意を決して後ろを振り返る。それに習って俺も後ろを見る。

 そこに傷だらけの人間がいた。


「ああああああああアアアアアアアアアアアア!!?!!?!」


 かつて深雪さんから聞いたことのないような悲鳴が聞こえてきて、そのまま深雪さんは体の力が全て抜けて倒れそうになる。

 俺はそれを咄嗟に抱きかかえた。そのとき俺の手が深雪さんの胸に当たる。ふにゃっとした感触に、俺は思わず手を放す。


「ご、ごめんな……さい?」


 深雪さんから何もない。

 ぐったりと、まるで死人のように力が抜けている。

 間違いない。

 気絶している。


「……えっと、どうしましょうか」


 しっかりとペイントされたおばけ役のスタッフが申し訳なさそうに聞いてくる。


「どうするかって言われても……」


 ヒョロロロロロ。

 俺は首にかけた笛を鳴らすのだった。

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