第三章 〜逢坂紗月と思い交わる臨海学校〜

第30話 夏の訪れ


 バンっと火薬が破裂するような音がする。つまりは銃声であるわけだけど、平日の真っ昼間に堂々と銃を使用できるシーンは数少ない。


「いけーッ! やれーッ!」


 熱のこもった応援が飛び交う中、俺は一人そのあまりの暑さにうなだれる。


「おいおい悠一、せっかくの体育祭だってのになんでそんなにテンション低いんだよ」


 呆れるように言いながらやって来たのは翔助だ。紺のハーフパンツ、白の体育着は砂埃で汚れている。さっき綱引きで暴れてたからなあ。


「そうだぞ間宮、高校一年の体育祭は一生に一度しかないってのに何やってんだ」


 翔助の後ろからひょこっと現れてそんなことを言うのは三船凛花。黒髪のショートカット、スラッとしたボディラインはスポーツマン的には実にバランスがいい。

 丸い目は青春という光に照らされて常にキラキラしている。翔助と馬が合うのか一緒にいることが多く、結果俺も話すようになったクラスメイトの一人だ。


「留年したらもっかい経験できるぞ」


「留年とか言うなっ! 笑えない」


 お約束だが、スポーツを愛しスポーツに愛された彼女は勉強が苦手だ。早々に留年の心配をしているのが心配だ。


「いいのさ。あたしの居場所は結局ここだからね」


「心配いらねえぞ凛花。俺も留年が恐ろしい」


 威張って言うことじゃない。

 腕を組み、ガハハと笑いながら翔助が高らかに言う。いつも元気だけど今日はイベントだからかいつもよりも倍テンションが高い。

 本日、我が校では体育祭が行われていた。

 春の終わり、そして夏の訪れを感じる日差しと暑さにへとへとになりながら、着々とプログラムを遂行していく。


「隣失礼するね」


 ひと通りやり終わった三船が俺の隣に座る。さらにその横に翔助が腰を下ろした。


「次はないのか?」


 これは三船に聞いた。運動神経抜群の彼女は我がクラスのエースも同然なので様々なプログラムに参加している。

 本人もそれを良しとしているので何も問題はないのだ。


「うん、ちょっと休憩」


 朝から出っぱなしな気がするな。俺が出ていない競技はだいたい参加してたんじゃないか? こうして座って見てたらほぼほぼいたように思えるけど。


「しかし、よくそんなに参加するな」


「え、だって楽しいじゃん。勉強はてんでダメダメだからさ、自分の力を最大限発揮できるこの場は実に貴重なわけ。文化祭は文化部が主役……つまり体育祭は体育会系が主役なんだよ!」


 ぐいっと顔を近づけて熱弁してくる。まじで常にテンションがフルスロットルなので感心する。見ていて飽きないから絡んでいても楽しいのだけれど。


「暑い中放り出されて、その上走らされるなんて拷問以外の何でもないよ」


「それは価値観の差だね。間宮は根っからのインドアだし、運動は苦手でしょ」


「いろいろあったから、最近はランニングくらいはしてるんだけどな。おかげで今までに比べれば勝利に貢献できていると自負している」


「まあリレーは間宮が戦犯だったけどね」


「俺だけじゃねえ!」


 あれは積もりに積もった差が俺のところで決定的になっただけだ。みんな悪いよ。ここで一人だけを責めるなんて間違ってる。


「まあまあ、そんな間宮の失敗さえもこの三船ちゃんが取り返してあげるから期待してなって。イベントは楽しまなきゃ、楽しむなら勝たなきゃ、だよね」


 負けたら負けたで楽しんだとか言うんだろうけど、彼女の考えは実にご立派なことだ。そこまでポジティブに考えられるのが羨ましい。


「イベントって言えば、もうすぐ臨海学校だぜ」


「臨海学校?」


 そんなものあったっけ?

 そういえばプリントを渡されていたような気がするけど全然覚えていなかった。

 

「この夏最大のイベントだよ? まさかとは思うけど、間宮ってば忘れてたの?」


「忘れてたってより覚えてなかった」


「余計に質が悪い!」


 臨海学校っていうと漫画とかでよくやるあの臨海学校だよな。この町は比較的自然に囲まれているのだから、そんなもの必要ないと思うけど。

 いや、だから臨海学校なのか。


「夏休み前最後のイベントだからな。だいたい仲の良いグループもできただろうから、みんな楽しみにしてるぜ」


「そうなのか」


 そう言った翔助も実に楽しそうだ。

 見知った顔のやつらと見知らぬ場所で一日中一緒にいるというのは確かに楽しい。

 反面、どっと疲れるけどな。


「でもその前に期末考査あるだろ」


「ああダメ、そのことは言わないでよ間宮!」


「そうだぞ悠一! せっかくいい感じに忘れてたのに」


「忘れてちゃダメだろ」


 そこまでヤバいと思っているなら備えればいいのに。どうして現実から目を背けるのか。

 まあ、俺も人のこと言えるほど成績良くはないんだけどな。前回は赤点はぎりぎりゼロだった。あれは中々に奇跡だったぜ。


「赤点なんか取ったらその最大のイベント中にペナルティとかあるかもしれないし、今回は頑張ればどうだ? 幸いそこまで難しくないぞ、テスト範囲」


「あ、あたしはほら、部活動が忙しくてね。この夏、レギュラーを勝ち取るために猛特訓中なのですよ」


「テスト前は部活休みだろ」


「お、俺はほら、プライベートがいろいろ忙しいだろ。最近ハマったゲームのランキングの上位に入らなきゃだし」


「お前は頑張れよ」


 臨海学校は楽しみ。けれどその前にある期末考査は本当に嫌らしく二人は頭を抱えていた。

 今が体育祭の真っ最中ということをすっかり忘れて雑談に花を咲かせていた俺達だった。

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