第12話 モテモテ花恋


「あれ、逢坂?」


 名前を呼ばれたと思った花恋ちゃんは立ち止まり、それに反応して俺も足を止めた。

 後ろを振り返ると、男の子が二人。年は俺ともそこまで変わらないくらいで、恐らく花恋ちゃんのクラスメイトだろうと予想。


「やっぱり逢坂だ。奇遇だな」


 中学は高校に比べて校則が厳しいから髪を染めたりとかはできないから見た目は普通だけど、何となく雰囲気にナルシスト感が出ている。

 黒髪で髪を整えている意識高そうな子と、髪を長く伸ばしている子。


「あ、うん。そうだね」


 花恋ちゃんの反応は薄い。あんまりよく思っていないのかな。まあ、こういうタイプの子って好き嫌い分かれるからな。


「何してんの?」


 言いながら、髪を整えているワックス少年はちらと俺の方を見る。というよりは睨んできたって感じ。


「買い物だよ」


「その人は?」


 まあその質問になるよな。

 たぶん、というかきっと花恋ちゃんに気があるのだろう。俺へは敵意を剥き出しの目を向けてくるから。


「え、んー」


 俺と花恋ちゃんの関係は何と表現するのが正しいのか、正直悩みどころだ。

 幼馴染ではあるらしいけど、そう言うには俺に記憶がなさすぎるし、でも同居はしてるし。家族ではないけど家族のような状態で、血は繋がってないけど義理の関係かと言われればそうでもない。

 同じようなことを思って花恋ちゃんも一瞬言葉を詰まらせたのだろう。

 ここで大事なのは正しい答えを出すことではなく、あくまでも矛盾のない関係を示すことだ。

 ということで。


「兄妹だよ」


 そう答えた。

 こう答えれば深くは聞いてこないだろう。兄妹であれば、それ以上でも以下でもないのだから。彼らの恋路を邪魔する立場にもならない。

 まあ横の花恋ちゃんはずいぶんと驚いているようだけど。ごめんね。


「兄貴か」


「なんだよ、彼氏かと思ったぜ」


「勘違いさせちゃってごめんね」


「彼氏だったらどうしようかと思ったな」


「な、家にバット取りに帰るか悩んだぜ」


 そのバットは何に使うのかな? あれだよね、バッティング対決で決着つけようってことだよね。


「なあ逢坂、ここで会ったのも何かの縁だし、一緒に遊ばないか?」


 ワックスくんが意を決したようにそんなことを口にした。おー、それはつまりデートのお誘いか。いや、あっち二人だからデートではないか。

 でも休日に女の子と遊ぶってだけで景色も気持ちも全然変わるもんな。それが気になる子だとなおさらだよな。


「え、んー」


 ちらと俺の方を見てくる花恋ちゃんの顔は戸惑いに満ちていた。どういう感情が込められているのか。

 別に俺に気を遣う必要はないんだけどな。それならそれで家でダラッとしておくだけだし。


「行きたいなら行っておいでよ」


 俺がそう言うと、花恋ちゃんはムッとした表情を見せる。え、なに、なんで怒ってるの?

 そしてぶつぶつと言いながら前を向く。何を言っているのかまでは聞き取れなかった。


「ごめんね」


 そして、そんなことを言う。

 少年二人、主にワックスくんはビクッと体を揺らして分かりやすく残念そうな顔をした。


「え、なんで?」


「あたし今、お兄ちゃんとデートしてるから」


「あ、そ、そっか」


「また今度ね」


 冷たく言って、花恋ちゃんは俺の腕に抱きついてそのまま歩き始める。俺はそれに引っ張られるように動き出す。

 一応二人を確認するとワックスくんは酷く落ち込んでいる様子だった。がんばれ少年、たぶんだけど花恋ちゃんはまだ彼氏いないよ。


「今のは学校の友達?」


 ある程度離れたところで俺はそんなことを聞いてみる。


「友達っていうほど仲良くないですよ。正直苦手なくらい」


「へえ」


 そう言う花恋ちゃんの表情はどこかウンザリしているようだった。やっぱり好きじゃなかったか。


「よく声かけられるの?」


「まあ、それなりですかね。別にあの人達に限った話でもないんですけどね」


「うわ、モテモテ発言じゃないか。羨ましいな」


 からかうように言うと、花恋ちゃんはまたしてもむうっと表情を歪める。


「好きでもない人からの好意なんて別に嬉しくもないですよ。そんなのより、好きな人に気持ちが届いてくれればそれでいいです。それ以外は何もいりません」


「そっか。モテモテはモテモテで結構いろいろと大変なんだね」


 その言い方だと、好きな人がいるようにも聞こえるけれど。花恋ちゃんの好きな人ってどんな感じなんだろうな。

 好みの男性は? とか聞いてもいいけど、聞いたからじゃあなにって感じだし。

 別にいいか。


「そうなんですよ。まあほら、あたしって一応可愛いじゃないですか」


「自分で言うんだ……まあ、可愛いけどさ」


「学校ではそれなりに猫被ってるんで印象も悪くないと思うんですよね。でもだからといって、勘違いはしないでほしい」


「男ってバカだからさ、ちょっと優しくされたら好きになるし、笑顔で話してくれれば気になる生き物なんだよ」


「悠一さんもそうなんですか?」


 今なお、俺の腕に抱きついている花恋ちゃんは、ぎゅっと力を米ながら上目遣いで俺を見てくる。

 一瞬、どきっとしてしまった俺だけど、ここは平然を装うことにする。


「そりゃ、俺も人並みに男の子だしな。そうなんじゃないかね。仲の良い女子がいないから分からんけどさ」


「デートしてる女の子の前で、そんなこと言うのはデリカシーないですよ」


 呆れたように花恋ちゃんは言う。

 けれど、その後何となくだけど機嫌がいいように見えたのは俺の気のせいだろうか。

 

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