第35話 第二王子の謀り事
第一王子でも第二王子でもなく、アーロンが婚約式に行くように仕向けた犯人はすぐに判明した。
この国の中で、私の立ち位置を作ろうと、アーロンと王妃様が私のために食事会を催してくれた席でのことだ。
私がこの国の中でなじめるように、王妃様が心を砕いてくれているという事実は単純にうれしかった。そして、何回目かの食事会の時のことだ。
いつもは王族のみの会であったが、少しずつ、私の顔を広めておこうという配慮からか、国の主な貴族も交えての宴会の場のことだ。
私はアーロンの婚約者でもなく、単なる客人以上の立場として参加をしていた訳である。少し気合の入った食事会であったようで、沢山の貴族が大きなテーブルに並んでいる中、和やかな会話が進んでいる時であった。
「そういえば、エレーヌ様の国では王太子様が婚約発表をされるとか」
「かなり豪華なお披露目会になると伺ってますわね。なんでも、身分の低い娘との結婚ということで、ずいぶんと国内で揉めていたらしいですけど、ご存じですの?」
そう言ったのは、あまり地位が高くないであろう少し年のいった女であった。
一瞬、悪意があるのかと思ったが、その口調から私がその国の公爵令嬢であり、その王太子の元婚約者であることは知らなかったようだ。
「そうですね」
私がなんと言おうかと、思案していると突然、いらない横やりが飛んできた。
「ドゥビル夫人、その質問はいかがなものかと思いますな」
第二王子がにやにやしながら、さも訳ありげに私に視線をよこす。
「まあ、それはどうしてですの?」
ちょっと頭の悪そうなドゥビル夫人は無邪気そうに第二王子に小首をかしげて聞く。王族によい印象を残そうと、お愛想笑いを振りまいている所を見ると、かなり頭が悪そうだ。その横では婦人の夫であろうと思われる小太りの中年男が気まずそうにナプキンで口元を拭っていた。
「それは、ご本人に伺われたらいかがですか? 多分、エレーヌ嬢は自分でご説明したいと思われてるでしょうから」
第二王子の言い方は、暗に私に後ろめたいことがあるということをほのめかすような口ぶりだ。
全員の視線が私に集まる。アーロンが顔を少し赤くして、第二王子に憤慨した視線を向けている。
この第二王子、どこまで意地が悪いのだろう。とことん、私を貶めたいようだ。
私は、思わず、「ふん」と鼻でせせら笑うような笑みを浮かべてしまった。
いいだろう。売られた喧嘩は買わせていただきますわよ。
私はいたずらっぽく笑い、ワインを片手にしながら、面白そうに口を開く。
「そうですわね。わたくし、あの方と昔婚約しておりましたのよ。もちろん、ご存じの通り、貴族の婚約など、政治的な理由でしかありませんでしたから、破断になったことも大して気にも留めておりませんの」
他の貴族たちはそんな話はすでに知り尽くしているはずだ。みんなが知っている話を蒸し返した所で、別になんともない。
「まあ、それは大変なことでしたわね。ご無礼をお許しくださいな」
ドゥビル夫人は、申し訳なさそうに言う。彼女は本当に知らなかったようだ。
「あら、構いませんわ。人生なんて、一寸先は闇と言っても過言ではございませんでしょう?」
私が全く気にしておらず、堂々としている姿を見て、第二王子がぎりと歯噛みをしたのが見えた。
「普通は、婚約破棄されたら令嬢は泣くとか、悔しがるくらいはしたんじゃないのか?」
一瞬、空気が緊迫したものに変わった。私は、この機会を上手に捉えることができた。
「そうですわね。泣いたのは確かですわ。もっとも嬉し涙でしたけれど」
周囲の人間がどっと笑う。そう、晩餐会はこんな風にならなくちゃ。
王妃様がよくやった!と言わんばかりに、私の顔を見て、大きく頷いてくれた。それを見た他の貴族たちも、私が王妃様より認められていることを知り、より砕けた態度に変わる。
それが第二王子の気に食わなかったのだろう。そして、ついに彼はぼろを見せたのだ。
「それで、婚約式には当然参加するのだろう?アーロンにも招待状が送られてきたようだし」
何故それを知っているのか?
私とアーロンははっとして、第二王子に視線を向けた。
「アリバル大使か……」
アーロンが小さく呟く。今日は私はアーロンの隣に座っていたので、彼が言わんとしていることがすぐにわかった。アーロンに招待状が来たのは、外交官をたきつけてわざと彼に招待状をよこしたせいだと。
「ええ、今、どうしようか検討している所ですよ。こういう外交は、第二王子である貴方のお仕事だと思いましたが」
アーロンが王子様スマイルで言うと、第二王子はさもありなんといった様子で、口を開く。
「せっかくエレーヌ嬢と一緒にいるんだから、たまには弟に表舞台を譲ってもいいと思ってね」
何も知らない人が聞いたら、さぞ思いやりのある計らいだと思うだろう。
けれども、第二王子は知っているのだ。
私が無実の罪で投獄されたこと。アーロンも同じような場所にいて、あの国に戻ればたちまち、アーロンの正体がばれ、私も同時に捕らえられてしまうということを。
「アーロン様、殿下のお計らいを無駄にすることはございませんでしょう?」
第二王子の側近が、慇懃無礼な口調でアーロンに問いただす。
他の貴族が見守る中、アーロンが行かないと言えば、どうしてという話になる。もちろん、私たちの事情を貴族たちに打ち明ける訳にもいかない。
王妃様も、第二王子の奸計に気づいたのだろう。口元には笑みを浮かべていたが、鋭い目で王子を見つめていた。
「そうですね……」
アーロンは何と言うべきか考えながら、慎重に言葉を選んでいた。
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