第15話 レイモンドルート?

「ああ、エレーヌ、君は何よりも美しい。いっそのこと、このまま私の屋敷に連れて帰りたいが、許してもらえるだろうか?」


ほらね、やっぱり「屋敷に連れて帰る」来たー!


レイモンドルートに入ってしまったのは100%確実だ。


怯えを顔に表さないように、ぎりぎりいっぱい取り繕ってはいるものの、その虚勢がどこまで彼に通用するのか、はななだ疑問である。


なにしろ相手は尋問・取り締まりのプロである。そんな私を前にして、彼はそれはそれは嬉しそうな笑顔を見せる。目はキラキラと輝き、顔は生き生きとしている。


「いかがでしょう? 私の屋敷で監禁されてみませんか?」


警務省長官であるこの私ならそれも可能なのだが、と笑う美形を前に、私は、じりじりと壁際、いや、格子際にまで追い詰められていた。彼が片腕を出し、そこから先へは逃げられない状況になっている。いわゆる、壁ドンである。


逃げられないように格子際に追い詰める手腕も見事だよ。レイモンド。けれど、私もここで負ける訳にはいかないのだ。


うっかり頷いてしまえば最後、レイモンドルートでバッドエンド確定だ。


「断じてお断りいたしますわ」


もし私が、「レイモンド推し」であれば、レイモンドファンの垂涎の的になるのだが、これは生憎、現実問題なのである。私だってレイモンドに痛めつけられて楽しむ趣味はない。


「あの……わたくし、まだ裁判も終わっておりませんから正式には罪人ではないのですわ」


彼を刺激しまいと、遠回しに言うと、彼がふっと笑みを漏らす。その笑い方は実に様になっているのだけど、彼が拷問マニアだと知っている私には恐怖でしかない。


「それならば、いくらでも貴女を有罪にして差し上げましょう。そう、この私から逃れられないくらいの罪ならば幾らでも……」


彼はそう言って、私の顎に指を掛け、くいっと上を向かせる。いわゆる、顎くいであるが、レイモンド相手では全然嬉しくない。


たとえ、スチル張りの美貌が目の前でどアップだったとしても、嫌なものは嫌なのだ。


絶対絶命のピンチに追い込まれた瞬間、悪役令嬢の意地とプライドをかけて、私は意地悪な目つきで、応戦モードへと切り替える。


ここで負けてたまるものか!


悪役令嬢らしく、吊り上がり気味の目で、彼をじっとりと捉える。口元にふてぶてしい笑みを浮かべて、顎を掴んでいる彼の手を振り払った。扇で口元を隠しながら、ふふふと笑顔を浮かべてやった。


「あら、残念ながら、わたくしと貴方では恋愛の趣向が違いすぎますの。わたくしのことはお諦めなさいませ。マクファーレン様」


「そうかな? 試してみなければわからないことも沢山あるだろう?」


彼は私の耳に顔を寄せて、甘くとろけるような声で囁いてくる。まるで、恋人を口説くようなセリフだが、私は騙されないぞ!


彼があまりにもしつこいので、私はついにブチ切れて、大きな声でレイモンドに向かって叫んだ。


「だから、わたくしから、その汚い手を放しなさい。この悪党が!」


悪役令嬢らしく、レイモンドを罵ると、彼は全く動じずに、満足そうに口を開く。


「ほお、これはこれは。調教がいがありそうだ」


その時だ。


「貴様、エレーヌから離れろ」


薄暗がりの中からアーロンの声が聞こえた瞬間、レイモンドは、突然、左手をぱっと上に向かって広げた。


一瞬、殴られるのかなと思ったのだが、すぐに事情が呑み込めた。アーロンがレイモンドに向かって、石を投げつけたのだ。


なんとレイモンドは私の顔を見つめたまま、アーロンが投げつけた石を、見事に片手で受け止めるという芸当をやってのけたのだ。


「何者だ」


彼は、不機嫌そうに隣の牢へと鋭い視線を向けると、アーロンは格子の向こう側ですっと立ち上がり、レイモンドを睨みつけていた。その姿は商人らしくなく威厳に満ちている。


「お取込み中失礼だが、ここは公の場所だ。人の目のある所で、令嬢への狼藉はどうかと思うが」


アーロンが低い声で、彼を脅すように言う。


アーロン、ダメだって! だって、レイモンドは警務省長官だ。牢獄にいる囚人の扱いなど、彼にかかればどうとでもなる。


「アーロン、これは私とマクファーレン様との間のことよ。お節介は大概になさって」


「そうかな。俺には、エレーヌがすごく嫌がっているように見えるが?」


アーロンは闘気を全身に滲ませて、レイモンドとにらみ合っている。警務省長官に盾突くなんて狂気の沙汰だ。


「ほう、罪人のくせに、この私とやりあうつもりか。いい度胸をしてるな」


レイモンドは、アーロンが投げた石をぽんぽんと手の上で弄びながら、彼のいる格子へと近づいた。


その時だ。


「一体、ここで何をされているのですか? マクファーレン卿」


突然、背後から冷たく響く鋭い声。


その声の主が誰であるのかを知って、私は安堵のあまり腰が抜けそうになった。悪役令嬢が腰を抜かすなんて、あまりにも情けないので、ぐっと押しとどまったけどね。

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