第30話 アーロンの宮殿にて~3

大きなテーブルの周りを囲んでいた人が一瞬、会話をとめた。ぴりぴりと張り詰めるような雰囲気の中、第二王子が意地悪くこちらをみやっていた。


薄く静寂が広がる中、その沈黙を破ったのはアーロンだった。彼はなんともないような口調で話す。そう、まるで少し道に迷ってしまったんですよ、というくらいの軽さだった。


「ああ、それは、二人ともよくある濡れ衣を着せられたという訳ですよ。兄上」


私に向けられた話題をアーロンがさりげなく切り返してくれる。アーロンが隣にいてくれて、なんとなく心強い。そして、王子らしい彼のふるまいにちょっとときめいてしまったのは内緒だ。


しかし、この第二王子、かなりの厄介ものだ。


「アーノルドも長い間、国を開けていて、これでは国を担う訳にはいきませんなあ」


嫌味なベルーシは、今度はアーロンにも慇懃無礼とも言える発言を繰り返していた。

そんな言葉の応酬が飛び交い、テーブルを囲んでいる人の間でも、ぴりぴりした雰囲気に包まれる。けれども、いつものアーロンのひょうひょうとした話し方が、緊張した空気を和らげていた。


アーロンは、すっかり慣れているようで、第二王子の嫌味など、どこ吹く風といわんばかりに流している。


家族の会話なのに、あまりのとげとげしさに私はアーロンの傍らで絶句していた。


せっかく帰還したアーロンにお帰りも言わず、第二王子はむしろ帰ってこなくてよかったのに、と言いたげな雰囲気を滲ませている。


「ベルーシ、弟が無事見つかったというのに、お前は嬉しくないのか?」


おおらかな国王がやんわりと第二王子をたしなめると、彼は肩を竦ませる。


「もちろん、わが弟が生還したのは喜ばしい限りにございます。父上。まさかどこの馬の骨ともわからない女を連れ帰ってきたことには、少し驚きましたがね」


ベルーシが、私にちらりと嫌味な視線を向けてきた。なんとなく、不愉快だったので、私はその視線をあっさりと無視して、テーブルについているほかの人たちに視線を向けると、端正な顔の男性と目があった。


この国の第一王子である。アーロンに似て、黒髪に紫色の瞳をしているが、どこか利発そうで、穏やかな表情をしている。私と目が合うと、彼は口元を軽く緩めて、この無礼な弟(第二王子)を許してやってくれという表情が浮かんでいる。


第二王子とは雲泥の差だ。アーロンと血のつながりが濃いような気がするが、ベルーシはアーロンとは髪の色も目の色も違う。顔立ちも似ても似つかない。


そういえば、第二王子は側室の子だと学んだことを思い出した。側室、つまり、嫡男ではない。ベルーシは側室の子なので、王位継承権はアーロンが第二位で、ベルーシは第三位。まあ、そういう訳で、アーロンは目の上のこぶなのだ。


王子の費用は王位継承権に準じて割り当てられる。ベルーシにしてみれば、弟であるアーロンのほうが王室から支給される給与が高い。


アーロンが死んでくれれば、ベルーシにとっては好都合。王位継承権が一位繰り上がり、第二位になるからだ。


それを思い出したのち、私は改めてテーブルの上に乗っている食事を眺めた。


海の幸、山の幸、豚の丸焼きとか、沢山の果物に、スープ。


多分、これだけで、貧しい家の家族一家の腹を一週間くらい満たせそうなほど、豪華な食事だ。けれども、少なくとも、こんな風に棘のある空気は家族の食事には似つかわしくない。


今だに、とげとげしい会話をこなしながらも、アーロンは飄々とした様子で食事を口に運んでいた。


私も前菜を食べ終えて、目の前に出されたスープを口に運ぶ。


ふんわりと香り立つ野菜のポタージュ。疲れている体にはこういうものが嬉しい。


「お食事は口に会いまして?」


凛とした優し気な声が聞こえたので、顔を上げると、国王の隣に座っている王妃が私を優し気に見つめていた。


「ええ、とても美味しゅうございます。王妃様」


「そうだろうな。監獄飯のあとだ。上手くない訳がない」


また第二王子が厭味ったらしい茶々を入れてくる。私も、それを丸っと無視して、王妃様が口を開く。


「この国の野菜はとても美味しいのよ。沢山召し上がれ」


王妃も第二王子が嫌いなようで、ベルーシをさらっと無視している。アーロンのお母さまとすごく気が合いそう。


そこで、強い視線に気が付いた。ふと、そちらに顔を向けると、ベルーシの近くに座っている黒髪の女性がぎっと私を睨みつけていた。余計なことしやがって、と言いたげな視線は、同時にアーロンにも向けられていた。


……ああ、これが国王の側室様か。


側室まで同席させる、という国王の配慮のなさにも呆れるが、王族内にも色々な確執があるのかもしれない。


そんなことを考えながら思わず、食事の手を止めた瞬間、アーロンが気遣うように口を開く。


「食べられそうか?エレーヌ」


いくら、ガスに夕食をもってこさせていても、フルコースのような食事を毎日食べていた訳ではない。貴族の食事にしては質素な食生活のあとで、突然、フルコースが出ても全部食べるのは無理である。


「もうそろそろ、お腹がいっぱいになりそう」

「俺もだ」


そっとアーロンに告白すると、彼がそっとナプキンをテーブルの上に置いた。


「父上、わたしも、マクナレン公爵令嬢も、今日は疲れております。早めに退席させていただいてもよろしいでしょうか」


アーロンがそう告げる横から、またベルーシが、国王を前に先に席を立つなど、とブツブツ言っているが、国王も第一王子も、王妃様も全員がさらっと無視している。


あれれ? ベルーシ、家族の中で浮いてない?


すぐに国王からさがってよいとの言葉をいただいたので私とアーロンは席をたった。


アーロンが王宮を嫌がって、放浪の旅にでる気持ちがよく分かったのである。

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