第34話 兄からの手紙

「兄さまからだわ」


兄から送られてきた手紙。一体、何があったのだろう。

そして、それと同時に送られてきたアーロン宛の国王の書簡。


この二つに何か関係があると考えざるを得ないではないか。


「とにかく、中に入ろう」


アーロンに促され、建物の中に入ると、アーロンは私の手を引いたまま、二階へと上がる。アーロンにざっと中を案内してもらったことはあれども、二階の詳細は知らなかった。


「ほら、ここが俺の仕事部屋だ」


アーロン曰く、彼の宮殿には執務室はないのだが、夜遅くに仕事をしたりと自宅(?)に仕事場があったほうが働きやすいのだという。


アーロンと私はほぼ同時に手紙の封を開けた。お互い、黙り込みながら、それぞれ手紙に目を通す。


「さて、どっちの話からいこうか」


兄の手紙を読むうちに、私の顔色が変わったのを見て、アーロンは何か良くない知らせが届いたのだろうとわかったみたいだ。


私もアーロンが国王からの手紙を眉を顰めて読んでいたのに気が付いていた。どちらも、あまり嬉しくない内容のようだ。


兄の個人的な手紙より、国レベルでの話のほうが気になる。国王からの公式な書簡を示す蜜蝋の印や封筒の形から、政治的な意味合いの強い手紙だと察していた。


けれども、彼は第三王子だ。普通なら、こういう文書は第一王子、もしくは、代理の第二王子宛てのはずなのに、どうして、わざわざアーロンを名指しで送ってくるのか、それが疑問なのだ。


もしかして、地下牢に閉じ込められていたという事実がばれた? もし、そうであったのなら、アーロンの父である国王へと謝罪が行くはずである。と、なると、その可能性もない。


「そうね。まず、国王の話から聞きたいわね」

「ああ、これは、そうだな。端的に言うと、式典への招待状だ。建国を記念しての式典と、マリエル王太子の婚約披露パーティーだと」

「あら、あの二人、本当に婚約するとは思いませんでしたわ」

「この文書から言うと、そういうことらしいな」


アーロンが気遣うように私の顔をちらと見た。

「……いいのか? その、元婚約者のことはもう気にしていないのか?」

彼なりに気遣ってくれているらしい。


私は悪役令嬢らしい笑いを浮かべて、軽い気持ちで口を開く。


「あら、あんな木偶の棒と結婚しなくて、わたくし、せいせいしておりますのよ」


だって、ほら、アーロンも知っている通り、あの人、頭が少しね……。


と扇をぱっと開いて、口元を隠すと、アーロンがほっとしたように息をついた。


「そうだな。エレーヌが、なんとも思ってくれてなくて俺は嬉しいが」


だって、私たちは両想いなのだ。何を気にすることがあろうか。


「アーロン、だって、私が好きな人が誰か、貴方が一番よくご存じでしょう」


私がそう言うと、アーロンが少し頬を赤くして、熱のこもった視線で私の顔を見つめた。


「エレーヌ、今は二人きりだったな」


彼がそっと私に顔を近づけて、口づけをしようとしたが、ちらりと私が持っている手紙に目をやり、その動きを止めた。彼の顔に、動揺の色が浮かぶ。


「あいつが、エレーヌを捜している、って書いているように見えるが」

「ええ、私を必死になって探しているらしいわ」

「やっぱり、あの時、あいつの息の根を止めておけばよかった」


レイモンドが悔しそうに歯噛みするが、彼は警務省の長官だ。私を捜すのは、仕方がないことだろうと思う。


「まあ、そういうことね」


私は肩を竦めて、小さなため息を一つ、ついた。


レイモンド・マクファーレン警務省長官。


乙女ゲームでも、ヤンデレ担当の彼が、私の所在を血眼になって探している。

兄の手紙によると、それはそれは徹底した捜査網を敷き、国の地方の津々浦々まで兵を派遣して私を捜しているのだそう。


とりあえず、マクナレン家は我関せずを貫いているので、家族に何か問題が及ぶことはなさそうだ。


レイモンドは、まさかアーロンがこの国の第三王子であることや、私がその彼の宮殿に匿われていることは知る由もないだろう。


「まあ、母国に戻らなければ、なんの問題もないのだろうけど、もしアーロンが式典に出ると、マクファーレンはすぐに私がここにいると気づくでしょうね」


「ああ、それが問題なんだ。それにしても、なんで俺宛てに招待状が来るんだ? こういうのは普通兄たちの仕事のはずなんだが」


私たちは、顔を見合わせ、不思議そうに首をかしげる。


普通に考えても、このような公式な催しは第一王子が行くべきなのだ。

なんとなく、陰謀の匂いを感じて、アーロンは思慮深い目をして私に言う。


「俺は、この招待を辞退しようと思う。俺が地下牢に捕らえられていた人物だと分かれば、色々と不都合が起きるはずだ」


「まあ、レイモンドがダダをこねても、他人の空似で押し通せばなんとかなると思うけど」


「俺があっちに行く分にはそれでいい。けれども、その間、エレーヌがこの王宮で一人になる。それが心配だ」

「あら、わたしくは一人でも大丈夫よ?公務であれば、行かない訳にはいかないでしょ?」

公務に行くなら、私も連れて行くと彼は主張するが、顔が割れてしまうとアーロンに迷惑がかかる。


王妃様の言う通りだ。私の汚名を晴らさなければ、後々のアーロンの将来にも色々と傷がつく。


「いや、どうしても、この件が何か陰謀の匂いがするんだ。お前がここに一人でいて、誰かに危害を加えられたら大変だ」


そして、すぐにこれが誰の仕業かわかったのだが、アーロンはそのまま難しい顔をして考え込んでいた。



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