第36話 エレーヌ、ついに立ちあがる
アーロンは、何気ない様子を装いながら、飄々とした口調で言葉を濁す。
「まあ、それに関しては今、検討中ですね」
「せっかくの機会ですわ。ぜひ参加されては?」
何も事情を知らない貴族が口を開く。空気を読め!と言いたくはなるが、その様子を見て、第二王子はにやりと意地の悪い笑みを浮かべた。
「もろ手を挙げて参加できない事情でもあるのかい?アーロン」
こちらから墓穴を掘らせようと、つまらない意地悪をしてくる。
さすが、アーロン。ポーカーフェイスを貫き、口元に軽い笑みを浮かべているが、きっと内心はかなり焦っているのに違いない。
「別にそんな事情は思い当たりませんがね」
そっけなく口を開くアーロンの横で、第二王子の側近がまた余計な火種を追加した。よほど、私とアーロンをこの場で貶めてやろうと思っているのだろう。
「さあ、それはどうですかな? エレーヌ嬢に聞いてみてはいかがですかな?」
まるで私がかなりの訳ありで、表に出られない素性の持ち主になったことをあからさまにあてこすりながら、私に敵意が向けられる。
事情を知っている王妃様の顔をちらりと見ると、食事の手を止めて、はらはらしながらこちらを見ていた。
「ふふ、ふふふ……」
突然、思わず、含み笑いが漏れ出してしまった。生まれた時から高位貴族。悪役令嬢のこの私が、こんな窮地くらいさばけないと思ってるのかしらね。
「何がおかしい」
第二王子が機嫌悪そうに、私をじろりと睨む。
「まるで、私に国に戻れない事情があるようにおっしゃっらるのね。そういう才能は素晴らしいなと思っておりましたの。本当に尊敬いたしますわ」
ここは王宮だ。特に王族に対して、切れたら圧倒的にアーロンの不利になる。
「ほう、ならば、国に戻れるというのだな」
「当たり前ですわ。何を根拠にわたくしが国に戻れない身の上だとおっしゃられているのかわかりませんけど、わたくし、何も心あたりがないのですもの」
「ねえ、みなさん」
私は甘い声を出して、他の貴族に語り掛ける。
「このような会話は終わりにして、もっと楽しいことをお喋りしてくださいな。わたくし、こちらに来てまだ間がありませんの。この国で楽しいことを教えてくださいませ」
乙女ゲームをやりこんだ私は、今の自分がどう見られているか、手に取るようにわかる。
つややかな銀の髪を結いあげ、青色の瞳で誘惑するように、上目遣いで貴族たちを見やれば、皆がほうっとため息をついて私を見つめている。
身一つでここに来たというのに、アーロンがドレスやら宝石やらをすぐに手配してくれたのだ。
私の耳元から垂れている、瞳と同じ色をしたサファイアの石が連なった長いイヤリングが小首をかしげるとシャランと揺れる。淡いサンゴ色の口元に、薄い笑みを浮かべてにっこりと笑う。
瞳の色に合わせて淡い藤色のドレスを着ているのだ。長い間牢獄にいたせいで、肌は抜けるように白く、ダイヤとサファイヤのきらめきが私を彩る。
男の数人は、頬を薄く染めて、まるで魅入られるような呆けた顔をしていた。その横で、それに気づいた婦人が、肘で夫をつついていたが、まあ、仕方ないよね。
ほほほ、悪役令嬢の美貌はこういう時に使うものなのだよ。いつもなら、ここで扇で半分顔を隠して、相手を見つめるのだが、今日はないけどまあいっか。
私の魅力(?)にまんまと騙された貴族たちは、気を取りなおして、活気のある話題へと突入した。
「さようですな。こちらは音楽や芸術もさかんに行われていますな」
「ほかにも、この近くの小島には素敵な所が沢山あるのですわ」
皆が親切そうにあちこちのおすすめを話してくれるので、テーブルは再び、活気があふれ、楽しい話題へと移っていた。
「まあ、そうですの。素晴らしいですわね!」
私は、好感度を上げるべく、美貌を駆使して相槌を打つと、あちこちの貴族からのお誘いを受けた。まあ、色々落ち着いたら、こちらの貴族たちと交友を深めるのも悪くはないかも。
そうしているうちに彼らの私に対する好感度はぐんぐんとうなぎ上り。そして、そのうちの数人は完全に私の見方になったのである。
元王妃候補をなめんな。第二王子。
王妃様はよくやった!とばかりに嬉しそうな顔をしている近くで、第二王子は苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
ざまあみろ。
そして、晩餐会が終わり、アーロンと二人きりになった時、彼が心配そうに私の顔を覗き込んだ。
「いいのか。あんなこと言って」
「あんなことって?」
「ほら、自国の式典に参加するってことだよ。レイモンドがお前を血眼になって探しているって聞いてただろう。そんな中、お前が戻ってもいいことは全くないぞ」
「ああ、その件」
私があっさりと言うと、アーロンは少し口調を強めた。
「もし、また捕らえられることになったらどうするんだ」
私はアーロンに向かって、にやりと黒い笑いを浮かべる。
「この私がなんの勝算もないと思っていらっしゃって?」
そう私は悪役令嬢。舐めてもらっては困るのだ。
「何か策があるのか?」
もちろん、ある。
「そうよ、アーロン、大丈夫だから心配しないで」
私がそう言うとアーロンががっくりと膝に手をついた。
「ああ、もう、そういうことなら先に言ってくれよ。俺はハラハラし通しだったんだからな。お前ときたら、晩餐の間、はったりをかますわ、他の貴族を色仕掛けでどんどん落としていくし、本当にもう……」
「あら、使えるものはなんでも使わなきゃ損じゃなくて?」
私が茶目っ気のある笑みを浮かべながら、アーロンにウインクすると、彼はいてもたってもたまらない様子で、私の頬にちゅっと口づけを落とす。
「全く、俺を驚かせてばかりだよ。それで、その勝算っていうのは一体なんだ?」
私は桜貝色のマニキュアを施したネイルを口にそっと当てて、アーロンの耳元で小さな声で囁いた。
「それは……、ひ・み・つ」
アーロンは突然、真っ赤になって、私から少し距離を置いた。
「お前、俺をあおってるだろ。こんな時に色仕掛けはなんだ」
私はふふふと笑いながら、アーロンに言う。
「ねえ、アーロン、私を信じて。実はね、この件に関しては、ちょっとした勝算段ができたのよ。今は言えないけど、大丈夫よ」
そう言う私をアーロンは驚いた眼で見つめていた。
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