第22話 脱獄~2
ガスが私たちの前に仁王立ちになり、行く手を阻んでいる間にも、煙は酷く立ち込め、火の手が近くまで回り始めた。
燃え盛る火は熱風を巻き上げ、私たちの頬にも吹き付けてくる。ノワイエが持ってきたローブのおかげで、髪や服は焦げはしないが、これが無かったら大変なことになっていたはずだ。
降り注ぐ火の粉と煙の中で、アーロンの部下であるノワイエが私たちの前に立ち、ガスに向かって剣を構えた。ガスを切り捨てても、道を開くつもりなのだ。
「ノワイエ、やめなさい」
私は口元を固く引き締め、視線をノワイエからガスへと移す。
「ガス、お願い。見逃して」
私がそう言うと、ガスは一瞬、私を見た。そして、腹をくくったように、腕組みを解いて、口を開く。
「この扉を出たら、右に曲がれ。左の通路はトラップだからな」
そして、ガスは横に移動して、私たちへと道を開いてくれた。
「ガス、ありがとう!」
私がそう言うと、ガスは早く行けと言わんばかりに手を振る。
「火が回り切る前に、早く逃げろ」
「ガス、一緒に逃げましょう。ここにいたら危ないわ」
私がそう言うと、ガスは首を横に振り、自信ありげに笑った。
「俺はこの地下牢を知り尽くしてるから大丈夫だ。まだ囚人が残っていないか、確認してから逃げる。早く行け」
その声を聞いて、即座にノワイエが扉に向かって走り出す。私も、アーロンも急いでノワイエに続く。
「ガス、恩に着る。すまない」
アーロンが立ち去り際にガスに声をかけると、後ろからガスが大きな声で叫んだ。
「アーロン、姫さんのことは頼む。彼女を幸せにしてやってくれ」
「ああ、ガス。エレーヌのことは俺に任せてくれ」
なんだか、これから結婚するかのような二人の言い回しに、私はぎょっとして振り向くと、大きく手を振るガスの姿が目に入った。
「姫さん、達者でな。幸せになれよー!」
私もガスに向かって、小さくてを振ると、アーロンが私の腕をつかんだ。
「これから敵が現れるかもしれない。俺の後ろから離れるなよ」
私が無言で頷くのを確認して、先頭のノワイエが外へと続く扉を開く。その奥は薄暗い通路になっていて、火の手はまだ回っていなかった。
「緊急避難用の通路ですから、この中なら安全でしょう」
その通路はレンガ積みの壁で囲まれており、燃えそうなものは何もない。私が入ると、ノワイエは通路の扉を閉めた。
煙と高温の空気が遮断されて、わずかだがひんやりした空気を吸い込み、私は安堵のため息を漏らした。ノワイエも、やはり煙が混ざった空気が不快だったのか、彼もほっとした顔をしていた。
「やれやれ、なんとか脱出できそうだな」
アーロンも一つ息を吐いたが、剣を一度鞘から抜き、その刃を確認していた。
「これからは、剣を交えることは避けられないかもしれません。エレーヌ様は、アーロン様の後ろについていてください」
私が頷くと、アーロンは、私を後ろに隠し、ノワイエに言う。
「ノワイエ、エレーヌの後ろを守れ」
「アーロン様、わたくしは、アーロン様をお守りするために……」
「俺がお前に命じているんだ。俺の命がきけないと言うのか?」
いつものへらへらしたアーロンらしくなく、彼が厳しい口調で問うと、ノワイエはしぶしぶとした様子で私の後ろについた。
彼が恨めし気に私を睨みつける。
「アーロン様の命でなければ…‥‥」
「いい加減にしないか。ノワイエ! じゃあ、行くぞ」
アーロンに鋭い声で叱責され、ノワイエは気まずそうに視線を落とす。そんな様子に、躊躇することなく、アーロンは剣を鞘からすらりと抜き放ち、前に構えたまま、通路を進み始める。
通路は薄暗いため視界が悪いが、とにかく、私たちは前へと進み始めたのだった。
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