第10話 賭け事(2)
その後、アーロンと二回、カードをプレイしてみたが、結局、どちらも私の惨敗という結果に終わった。
その度に、アーロンに「ほっぺにちゅう」を強請られ、しぶしぶながらも、それに応じる。
ぐぬぬ、悔しい。
どうして負けたのかがわからずに、ほっぺを膨らませて、カードをしげしげと眺めていると、彼に手招きされた。
「なぜ負けたのか知りたいか?」
私が無言で頷くと、アーロンはポケットから別のカードを取り出した。
「ほら、これが種明かしだ」
くるりとカードの裏面をひっくり返すと、そこには、ロイヤルストレートフラッシュのセットが!
そう勝てるカードの組み合わせ一式を別に、彼はポケットに隠し持っていたのである。プレイをしている間に、こっそり、それと取り換えたのだと言う。
インチキか!
私がくわっと目を開きながら、ふるふると震えている顔を見て、アーロンは笑う。
騙されて、アーロンのほっぺにちゅうを三回も!
そういえば、自己紹介の時に彼は、旅の商人兼詐欺師と言ってなかったか。
うっかり彼に騙された己の迂闊さが憎い。
「インチキだなんて、ずるい!」
私が憤慨していると、アーロンは、なぜか嬉しそうに口元を緩めていた。
「じゃあ、もらったものをお返ししようか?」
「お返しって、何を?」
ぷっと膨れた私の頬を、アーロンは人差し指で押す。
「面白いな。そんなに膨れたら綺麗な顔が台無しだぞ」
今は、顔の話をしてるのではないわ!
私がアーロンの顔を上目に睨みつけていると、アーロンは、こともなげに言う。
「だったら、さっきもらった口づけを返してやる。ほら、頬を出せ」
ということは、私の頬に口づけするってことか!
私は咄嗟に手元にあったクッションをアーロンに投げつける。
「アーロンのばかっ!」
クッションは当然、格子にぶつかって床に落ちるが、その先で、彼は腹を抱えて大笑いしていた。
「エレーヌ、真っ赤だぞ。あはは、それにしても可愛いな」
今まで、可愛いなんて言われたことがなかったので、私はさらに顔を赤くしたまま、アーロンがいる格子から反対側へと逃げる。そして、クッションを抱きかかえながら、アーロンに向かって叫んだ。
「そんなことするんだったら、もうお昼ご飯あげないからね!」
「いや、すまん、エレーヌ。それは勘弁してくれ」
お昼も夜も、ルルとガスが私の所に食事を届けてくれるのだ。それを、アーロンに分配するのは私である。
アーロン、誰が殺生与奪の権利を持っているのか、よーく、考えてみるほうがよろしくてよ?
あんまり腹が立ったので、必死になって謝るアーロンを横目に、私は熱い紅茶とお菓子を用意する。
腹が立った時ほど、美味しいお茶が飲みたくなるものなのよね。こういう時には、最高のものを用意するのが、私流だ。
白地に紺と金の縁取りが入った美しい模様のティーカップだ。ポットからいい香りのする最高級のお茶をカップに注ぐと、芳醇な素晴らしい香りが広がる。我が公爵家でも、滅多に口にしないほど、貴重で高価なお茶だ。お父様が、地下牢で寒い思いをしている娘に、とルルに渡してくれたのだそうだ。
「エレーヌ、ごめん。な?機嫌直してくれよ」
懇願する彼を、ふんっと無視しながら、私はソーサーを片手にもち、優雅な仕草でお茶を口にする。
「…‥あなたは香りだけ楽しんでいればよくてよ」
私はじろりとアーロンを横目で睨み、一人楽しくお茶をさせてもらった。
そうしているうちに隣の牢がなんだか静かだったので、そっと観察すると、アーロンが壁にもたれ掛かったまま、がっくりと落ち込んでいるのが見える。
その間中、彼があまりにもがっくりと項垂れていたので、ちょっとだけ、可哀そうになった。仕方がないから、後で、アーロンに少しだけお菓子を分けてあげたのだった。
ついでに、その時、今日やったいかさまの手口を教えてもらうことを条件に、私は全部、水に流してあげたのだった。
そして、その後、新しいことをしようと思って、ゆっくりと立ち上がる。そう、筋トレである。
やはり、脱獄することが出来た時には、逃げ足が大事だろうという深い配慮のたまものだ。まだ解決策が見つからないからと言って、脱獄できない訳ではないのだ。準備は早くから始めておいたほうがいい。
「何をしている?」
地下牢で何やら怪しげな動きをしている私に、アーロンは怪訝な顔で聞いてきた。私は看守に聞かれないように、こっそりと格子の側まで近寄り、彼にそっと教えてあげた。
「ほら、もし、脱獄できた時にね、早く走れなかったらつかまっちゃうでしょう? だから、今は、その練習!」
「……なんだ、何を考えているかと思ったら」
「ふっふっ。備えあれば憂いなし!っって言うでしょ?」
胸を張っていうと、何故か、アーロンはがっくりと項垂れる。
……私、何か変なこと言った?!
何かのダメージから、さっと立ち直ったアーロンは、こほんと胸を張り、ちょっと偉そうに言う。
「じゃあ、俺が指導してやる」
「あなた、いかさま師じゃなかったっけ? ペテン師って体力いるの?」
「長く旅をしてるんだ。剣術くらいは出来るさ」
「へえ?」
意外な顔をしていると、旅をしていると、賊に襲われることもあるから、自分の身を守るくらいの剣術は必須なのだそうだ。
「そっか。じゃあ、私も自分の身くらい守れないとダメかなあ」
「だから、俺が、教えてやる」
なぜか、「俺が」という所を強調して彼は言う。
「だけど、剣なんか、手元になくてよ?」
「大丈夫だ」
彼は、そう言うと、手元にあった長い紙をくるくると丸める。
おお、昔、子供の頃、チャンバラとかでよく使ったね。前世を思い出して、なんとなく思い出に浸っている私に、彼は、ほら、と言って、紙の筒を渡してくれた。
彼は紙の剣を手に、剣技のフットワークから教えてくれた。私も見よう見まねで、動くと、後ろから彼が、ぷっと吹きだす音が聞こえた。
ん?笑うのは失礼ではなくて?
そう思ったが、いざという時には剣技だって必要なのだ。
後ろから響く、ぷーくすくすというアーロンの笑い声は聞こえないフリをして、私は紙の剣を教えられた通りに一生懸命振り回す。
うっすらとかいた汗を拭きながら、運動は、確かにストレス軽減に役に立つのだと、私は心の底から実感していたのである。
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