第18話 王太子マリエルの反撃

その日、地下牢は暗いムードで沈んでいた。それは、全てガスが持ってきた書状のせいであった。


「姫さん、俺、まさかこんなことになるなんて」


「そんなのお前のせいではないわ。ガス」


私とアーロンはそれぞれ手元に届いた書簡を、信じられない面持ちで眺めていた。


二人がもらった書面には、判決文と処刑宣告。


「まだ裁判もしてないのに信じられない……」


予想外の急展開に、文書を持つ手がふるふると震える。アーロンはどうしているかなと、彼の顔を見ると、意外と平静な様子だった。


「お前達、大丈夫か?」


そこへ兄のエドガーがやって来る。兄も判決文が出たと聞いて、慌てて地下牢へとやってきたのだ。


私が受け取った文書を手渡すと、兄は素早くそれに目を通す。


「くそっ。マリエルのやつ、思った以上に狡猾だ」


通常は裁判を経てから判決が出るはずなのに、そのプロセスを全部すっ飛ばして、突然判決に至ったそうだ。もちろん、証人の証言もなく、自ら証言したこともない。


裁判と言っても、簡易裁判。普通は、詐欺とか盗人とか、ごく軽い刑罰を決めるための司法が、なんと公爵令嬢の処刑という極めて重い事例を扱っている。もちろん、この国の歴史でも、こんなことは初めてのことだ。


巷でも、このことは、話題に上っているようだと、兄がぽつりと付け加えた。


そして、アーロンも何故か、私と一緒にとばっちりを食らっていた。エマが彼に興味を示したことが、元婚約者であるマリエル(王太子)の逆鱗に触れたらしい。エマが足しげくアーロンに会いに地下牢に通っている話が彼の耳にも届いてしまったのだろうというのが、兄エドガーの推測である。


……おい、マリエル。どんだけ、あほなんだよ。八つ当たりもいい加減にしろ。


「父上が国王に直訴を申し出ているのだが、生憎、国王はすぐにはこちらに戻ってこれないらしい」


これもゲーム補正なのだろうか。


兄が言うには、判事もレイモンドを除く司法関係者も、別の大きな仕事で出払っていての不在に、マリエル(元婚約者)が付け込んだのではないかと言うことだ。


兄の後ろにガスが心配そうに佇んでいた。彼もまた処刑判決を知り、おろおろと狼狽えていた。


「まさか、俺達だって判事代理の若造がこんな大それたことをするとは思ってなくてな」


「いいのよ。ガス。どんな判決が出ても、それはお前のせいじゃないわ」


ガスは俯きながらぐっと拳を握りしめ、何かを決意したように、きりっとした顔を上げた。


「俺たちも、こんな判決を撤回させるように署名を集める。こんなバカな判決、受けれられるか。だから姫さんも頑張ってくれ。じゃあ、今すぐ、その辺にいる奴らに署名をもらって来る。奴ら、これから非番であと数日は戻ってこねえから。……じゃあ、エドガー様、俺はここで失礼させていただきます」


「ああ、ガス、よろしく頼む。今はどんなことでもいいから手を打ちたいんだ」


兄の言葉に、ガスは力強く頷き、急いで詰め所へと戻っていった。そして、ガスの背中を見送りながら、私たちは引き続き、難しい顔でお互いを眺めていた。


どうにか、この窮地を打開しなくてはならない。


「脱獄まで後一歩なんだがな……」


やはり、兄も関与していたらしい。兄エドガーの悔しそうな様子に、アーロンも憤った声を上げた。


「くそっ。本当にあと少しなんだがな…」


そう、この格子の外にさえ出られればそれでいいのだと、アーロンは言う。彼は腕に相当、自信があるようで、牢の外に出て、剣さえ手にはいれば、いくらでも敵を潰す自信はあるから、問題ないという。


「その外部から地下牢を襲撃するって言うのは無理なの?」


私がそう言うと、兄は首を横に振る。


「ここは王宮の中の地下牢だ。どれだけ衛兵が守りを固めているのかお前も知ってるだろう?」


この城がどれだけの人間に守られているのかは、公爵令嬢であり、王太子の婚約者であった私が一番よく知っている。兄エドガーも外部の人間は絶対に侵入不可だと言う。


ただ、一旦、この地下牢から抜け出せさえすれば、味方が闇に潜んでいて、いくらでも逃亡の手助けをしてくれるのだと、アーロンは言う。しかし、地下牢の看守たちは、腐っても王宮の従僕であり、私たちのために、国を裏切ることはしないだろう。


そのために、ガスみたいに子だくさんの男たちを雇っているのだ。要するに、子供を人質にとられているから、看守たちの裏切りを期待するのは難しいと兄は言う。


「すっかり手詰まりになったな」


兄が悔しそうに言ったのを聞いた瞬間、私はガスの忘れものを見つけ、弾けるように椅子から飛び上がった。


「そうだ!あの手があった!!」


何事かと私を見つめる二人に、口元に自信満々な笑みを浮かべて、ふふと笑ってやった。


ガス、ありがとう!


乙女ゲームの中で、どうしても思い出せずに、ひっかかっていたこと。それが、やっと、今、思い出せたのだった。


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