第27話 アーロンの正体は? ~2
「アーノルド殿下……」
私は、信じられないようにぼんやりとその名前を繰り返した。前世で、私がどうしてもたどり着けなかった隠れキャラの名前だ。
乙女ゲームの設定では、隣国の第三王子である彼は、堅苦しい宮殿を嫌い、放浪癖があったことを思い出す。
つまり、放浪癖で隣国でうろうろしている間にトラブルに巻き込まれて、他国で投獄されていた、と。
思わず渋い顔をしてアーロンに視線を向けると、アーロンはちょっと気まずそうな顔をした。
「……エレーヌ、その話は茶でもしながら話そう」
彼は、そう言うと、目の前で膝をついて礼をとっている騎士たちを真面目な顔で見つめた。
「今回の件、非常に感謝する。皆、よく頑張ってくれた。特にノワイエ、危険を冒して救出に来てくれたことに礼を言う」
いつものへらへらしたアーロンではなく、きりっとした顔をしている。
うん、ちょっとは王子様らしくなったな。
私がそう思っていると、目の前の騎士たちは、一層、礼を深くして、騎士団長が顔をあげた。
「アーノルド殿下のご無事を我々は心よりお祈り申し上げておりました。お帰りになられて、国王陛下をはじめ宮廷の者たちも、うれしく思われるでしょう」
騎士団長は一旦、言葉を区切り、不思議そうに私の顔を見上げた。
「それで、その、殿下のお傍にお立ちのお方はどのような……」
騎士たちは私の話を聞いていなかったのだろう。ちらちらと不思議そうな視線を向けられていることに気づく。
「ああ、彼女は、隣国のマクナレン公爵令嬢だ。俺が連れてきた。ノワイエには彼女のことは秘密にするように伝えてあったから、お前たちが知らなくても当然だ」
「さようにございますか」
「俺と同様にちょっと訳ありでな。宮殿に彼女の部屋も用意しておくように伝令を出しておいてくれ」
「かしこまりました」
騎士団長が深々と礼をとる傍らで、私はほんのちょっとだけ、不満に思っていた。
アーロンが王子様だったとか、このまま隣国の宮殿に連れていかれるとか、ぜんぜん聞いてない!
商人のアーロンと一緒に、市井の中の気楽なところに行くつもりだったのに。
ちょっとだけ膨れていると、アーロンは私の腕をとって歩き始めた。向かっている先は、さっき見たかわいらしいティーハウス。
アーロンに文句の一つも言ってやりたかったのだが、まあ、喉も乾いていたし、お腹も空いているので、私もおとなしく彼についていった。腹ごしらえは重要なのだ。
……決して、食べ物につられた訳ではなくてよ?
◇
「エレーヌ、すまん!」
湯気のたった熱々のお茶を前に、アーロンが土下座しそうな勢いで平謝りしている。
私は茶器の前で腕を組み、椅子の上でふんぞりかえりながら、アーロンに叱咤を飛ばす。
「アーロン、わたくし、あなたが王族だったなんて、一言も聞いていなくてよ!」
悪役令嬢ばりの、迫力のある顔でじろりと睨むと、アーロンはまた申し訳なさそうに身をすくめる。
「隣国の地下牢で、身分を知られたくなかったんだ……」
この私だって貴族である。彼の言い分はわからなくもないけれども、そういう話はもう少し早く打ち明けてほしかった。
「地下牢に入ってから、ずっと一緒だったのに水臭い」
もっと信頼してくれてもよかったのではないかと、ぷうっとフグのように膨れていると、突然、アーロンが私の頬を指でついた。
「くくく、その顔、風船魚みたいだぞ」
ぷっと膨らんだ頬をつつきながら、何が面白いのか、アーロンがくすくす笑っていると、ちょうどタイミングよく、お茶と軽食が運ばれてきた。
……アーロン、わたくしの顔で遊ぶのやめてくださる?
ちなみに、他の騎士たちは外で休憩をとっており、屋内にいるのは私とアーロンだけだ。騎士たちから離れて、二人きりになった途端、アーロンはいつもの顔に戻り、二人の間には気楽な雰囲気が戻ってきていた。
まあ、とにかく、うまく脱獄できた訳だし、これからアーロン、もといアーノルド殿下の宮殿に行くことになっているのなら、すべて丸く収まりそうだ。
何しろ、夜通し馬を飛ばして走り続けたのである。疲れているし、お腹だって空いている。
いかにも村娘といった感じの赤毛の女の子が、お盆に乗せた食べ物をテーブルの上においてくれた。分厚いハムが挟まれているサンドイッチである。
さっそく、アーロンが豪快にサンドイッチを頬張っている間に、私もそれを口に運ぶ。
「何か迷ってるのか?」
アーロンは私の顔色から考えを読むのが上手だ。なぜだかわからないけれど、彼は私の気持ちや考えをすぐに察することができる。
「ああー、アーロンって呼ぶか、アーノルド殿下って呼ぶか、考えてたの」
アーロンはふっと笑って、なんだか優越感にまみれた笑顔を見せる。
「そりゃ、もちろん、アーノルド様だろ」
「なんで?」
「エレーヌが俺のことを敬って、一目置いてもらえるかなと思ってさ」
「へえ?このわたくしが貴方を敬うと?」
にやりと笑って、間抜け面でこっちを見ていたアーロンをじろりと見つめる。
「ふふ、地下牢にいる間中、わたくしの客人になっていたのはどなただったかしら?アーロン。まさか、わたくしが三食ずっと面倒見てあげていたことを、もうお忘れなの? そういうのを鶏頭と言うのですわ」
そうだ。お前なんか、アーロンで十分だ。
アーロンが不服な様子で何か言いかけたので、咄嗟に彼の口にサンドイッチを突っ込んでやった。アーロンは何かをもごもご言いながら、それを一生懸命に咀嚼している。アーロンのくせに生意気よ。
私は地下牢から持ってきた扇をぱっと広げ、口元を隠しながら、アーロンに微笑む。
「共食いですわね」
そう。アーロンが食べていたのはチキンハムのサンドイッチだったのだ。
彼の口に突っ込んだサンドイッチの量が多すぎたので、アーロンは何も言い返せず、目を白黒させながら、なんとか飲み込もうとしている。
このわたくしに敬えだなんて、100年早いわ。
そういう訳で、当分、私は彼のことを簡単に「殿下」と呼んであげないことに決めた。
途中、ノワイエが何事かと様子を見に来たけど、彼の胡散臭げな視線をかわして、私は地下牢から持ってきた扇をパタパタさせ、何食わぬ顔をしてやった。
「殿下、十分程度で出発いたします。ご準備を」
「ああ、ノワイエ、ありがとう」
やっとのことで咀嚼を終えて、アーロンも何気ない様子でノワイエに返答していた。
そして、私たちは仲良くお茶をして、おいしいサンドイッチでお腹を満たしてから、アーロンの宮殿へと出発したのである。
けれども、アーロンの宮殿で、また思いがけない事態が待ち受けていたのである。
◇
これから、改稿、編集が入ります。時折、小話、エピソードなども折り込む予定です。 編集しだい、活動報告にて記載いたします!
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