第3話 エレーヌ、前世の記憶を思い出す

それからしばらくして、私の意識がちゃんと戻ったと言うことで、ルルも先生も帰って行ってしまった。


「お嬢様、今度、ここに来た時には、もっとちゃんとしたものを持ってまいります」


ルルは涙ぐみながら、何度も振り返りながら名残惜しそうに去っていく。


うーん、ルル、いいやつだ。ゲームの中ではモブだったから出てこなかったんだろうな。


そして、ようやく一人っきりになったので、今のうちに考えをまとめておこうと思った。


「・・・さて、今のうちに思い出せるものは思い出しておこう」


一人で呟いたのは、エレーヌではなく、麗奈のほうである。


婚約破棄されたり、階段から落ちたり、前世の記憶(?)が戻ったりと、なんだか色々ありすぎて、公爵令嬢のエレーヌは、混乱モード真っ最中で、その傍らで麗奈が冷静に考えているような感じ。


「その前に、ルルが置いて行ったものをちょっと見ておこう……」


後ろを振り返ると、ルルがこれでもか、とばかり持ち込んでくれたものが沢山あった。


ルル・・・がんばりすぎだよ。


ルルが地下牢に残していったのは、とりあえずの着替え用のドレスに暖かなコート、ヒールではなくフラットな靴。


それに毛布に、籠にはいった食べ物と飲み物、クッション、お化粧品、お花・・・それに、元から地下牢備え付けの、みるからに使い古された、そして、臭そうな、藁の敷物が一つ。


藁の敷物に、ご令嬢持ち物一式・・・


全部、公爵令嬢にふさわしいものばかりなんだけど、罪人が暮らす地下牢におくと、かなり浮く・・・


私は、そのシュールな光景を眺めながら、うんうんと頷いた。


やっぱり、無茶苦茶、浮いてる。強いているなら、土蔵に金ぴかの家具を置いたような雰囲気。


「それにしても、マリエル、やってくれたな……」


あのいけすかない、元婚約者様野郎、地下牢は地下牢でも、一番奥深くの日が差さない場所の地下牢を選びやがったよ!


今は、麗奈がメインだから、口調も令嬢なしくないし、優雅でもない。が、いいの、いいの!


麗奈は日本で普通のOL。セレブでもないただの庶民であるが、庶民を侮るなかれ!


いろんな乙女ゲームをやり込んだ分の知恵というものもある。色々なタイプの乙女ゲームで、ありとあらゆることは、ほぼ経験ずみさっ。


エレーヌだった頃から、なんとなく、あの王太子はいけ好かないと思っていたのだが、麗奈になってからというもの、忖度なしに、自分の真っ直ぐ率直な気持ちを感じられるようになった。


・・・エレーヌはエレーヌなりに、ここに来るまで、かなりの我慢と忍耐を仕込まれてきたのだ。


公爵令嬢という肩書ばっかりに、お勉強、マナー、芸術、楽器演奏、一般教養に、外交、歴史。


とまあ、王太子に釣り合うように、と、ありとあらゆることを詰め込まれてきた。それなのに、だよ?


位の低い無教養な女たちが、婚約者様(元)に色々と、くだらない秋波を送る度に、あの人は、デレデレと鼻の下を伸ばしていたのだ。


エレーヌは、好きな事を全くやらせてもらえず、他の令嬢たちとも一線を引かれ、ひたすら我慢し放題。


私はエレーヌの記憶の奥深くに入り込むと、そりゃそうだよね、と納得。


だって、王太子に近づくのは、反社会的勢力みたいな、腹に一物あるような女ばっかり。普段のストレスも相まって、そりゃ、色々やったわね。ふふふ。


乙女ゲームはヒロイン視点で物語は進行するが、エレーヌ視点だと、まあそれもそうだよね、と思えてきてしまう。


私は、とりあえず、ルルが持ってきたクッションを床に引き、その上に、よいしょ、と腰を下ろす。


え?ドレスはって?


あ、そうそう。とっくの昔に着替えましたとも!


衛兵が中を覗かないようにお医者に見張りを頼んで、ルルにコルセットを外してもらった。まさか、地下牢でコルセットつけたまま、何日も過ごせないでしょ?


とりあえず、ルルが置いてあったふかふかのクッションに腰掛けながら、ルルが置いて行ったポットから熱々の紅茶を注ぐ。ついでに、ルルが持ってきた美味しいお菓子を一口かじる。


ああ、ルル、ありがとね。ルルは最高の侍女だよ。


そこで、改めて、今の自分の状態を眺めてみた。


真っ暗で冷たい地下牢で独りぼっち。よりにもよって、太陽が差し込まない地下牢の最奥。


それに、後三ヶ月で処刑が実行されるとかいう筋書きになってるのねー。エマはハッピーエンド。そして、私はというと・・・・・・


熱々のお茶をふーふーしながら、ぐびりと飲む。そして、お菓子を一つ手に取った。


……ああ、熱々の紅茶が身に染みる、さすが公爵家ご用達。地下牢に吹き込む氷のような隙間風が冷たいのよう。


じゃなくって!


おお、危ない危ない、現実逃避Maxになる所だったよ。今はそんなことしてる暇はない。


私は紅茶を床に置いて、腕を組んだまま、真面目な表情で考え込んでいた。


確かに、ここはあの乙女ゲームの中に違いない。


だって、この地下牢、ハッピーエンドの最後に、エマと王太子が、悪役令嬢の姿を笑いながら眺めに来た時のスチル、そのものだもんなあ。


私は、事の成り行きにがっくりきて、はあーっとため息と共に、がっくりと項垂れた。


それにしても、なんでこういう役回りに転生するかなあ。生まれるなら、ヒロインのほうがよかっ・・・。


げふんげふん。そしたら、ああ、あの王太子と結婚することになるんだった。それも最悪だ。


ここから先はエレーヌから見た王太子の姿。


何しろ、元婚約者様は見た目は美しいが、頭の中身は二重三重に抜けまくってる。みんな、あの外見に騙されているが、実際は、政治的な駆け引き、思考力、などほとんどないに等しいお花畑男なのだ。


そりゃそうだよね。エレーヌ、あれは夫としてないよな。


乙女ゲームだと、王太子の頭の中身までわかりませんな。


でも、あの王太子、一応、見かけは許容範囲内だったのだけど・・・・


と思っていると、エレーヌ的にはあれはないわー、ということらしい。エレーヌはもっとこう男らしいタイプが好きらしい。例えて言うなら、狼のような騎士団長とかが好みなのだそうだ。


エレーヌは時折、訓練中の騎士様を見て、人知れず、憧れのため息をついていたらしい。タイプの男性を見ても、言葉に出すのはおろか、見ていることすら知られると、公爵令嬢ともあろう者が、と陰口をたたかれるのだそうだ。


まだ年頃の女の子なのに、そう考えると、今までのエレーヌが可哀そうすぎる……。


それにしても、婚約破棄、投獄と、バッドエンドを迎えた後で、前世を思い出すとか、それもやるせない。


こういうのは普通、5才くらいの時に記憶を思い出して、バッドエンドを回避するべく、色々、知恵をまわすもんではないかい?


運営に文句を言ってやりたいが、もうすでにゲームは終了。これからの結論は変わらない・・・はず。


私は怒りに震えながら、腹立ちまぎれに、ルルが持ってきたお茶とお菓子をもぐもぐと胃に放り込む。


公爵家自慢のスィーツの数々。さすが、公爵家クオリティー。美味しゅうございますとも。


もちろん、スィーツは別腹です!


こんな状況でも、私は、熱々のお菓子とお茶を、牢獄でしっかりと楽しんでいたのであった。

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