02-05. 風の妖精は歌う
自由勝手に振る舞う二人のエアリエルはあえなく警備ロボットに追い出され、会見は続く。
「それでは、アニマロイドというのは否定されないのですね」
「はい。むしろ私はガブリールの再誕を願われて生まれいでました」
会場は最後までさざめきを絶やさなかった。
波乱の会見場から出たラフィーとトリシャは車に戻り、フィフスと合流してすぐに発車した。
「エアリエルって、歌うんだよね……」
確認するようにラフィーがつぶやく。
自分が見たことあるのは、ナーサ・ガリルの予選終了ライディングライブのみで、他のモノを一切知らないことを思い出した。
とにかくレースに勝てば良いと突き進んできたラフィーにとって、ルカインの発表会見でミニライブが開かれたことは少なからず衝撃だった。
自分は歌でもルカインと戦うか?
でも、アプサラスになるには四大大会で優勝すればいいわけで。別に歌う必要はない。
あれほど上手な歌をわたしも歌いたい。歌えるかな。
ちがうちがう。目的は大婆様との約束を守るため。
綺麗な衣装を着てステージに立つってどんな感じだろう。
フォロワーへのサービスを考えるなら歌わなきゃだめだよね。
思考がぐるぐると余計な所を巡りまくる。
肉厚ゴーグルを額に戻したトリシャが微笑む。
「いまラフィーちゃんが何を考えているか当ててあげようか?
歌手としてアイドルとしての自分がやっていけるのか不安なんでしょ」
「そ、そんなこと考えてないわよ。おかしなこと言わないでよね。
ああしてきれいなドレスを着て、みんなの注目を集めたいとか思っていないんだから!」
ツンッとすねるラフィー。
フィフスが口だけを動かしてカチャカチャと笑い声を上げる。
「何がオカシイのよ!」
「可笑しくはないデす。微笑ましいといいまスか。
それはエアリエルとして当然の目標デす。
ASFが出来上がった当初から変わらずにある、風の精霊たちの祝福で、奇跡なのデす」
「祝福はわかるけど、どうして奇跡なの?
ただの歌なのに?」
「そうそう。エアリエルの歌は奇跡なのよ。
EEGPで優勝したサトリ・アメカジのウィニングライブはすごかった。
なんたって、荒れに荒れたイーストエンドのグランプリを見事に締めてみせたのよ。
ほんと
フォロワー親衛隊との一糸乱れぬシンクロダンスも見どころだったし。
私も負けてられないんだから〜」
少し澄まし声になってトリシャが対抗心を見せる。
「ラフィーはともかく一度ボイスレッスンを受けてからよね。
どれぐらい歌えるのかどうかすら、わからないんだから」
トリシャの言葉に引っかかりを感じた。
「それって、つまり……。
今回のレースでわたしが優勝してライブをやるとは、心の一欠片も思ってないのね」
細い針で肌に触れるような沈黙。
トリシャはあっけなく「そうよ」と肯定した。
「フェイルナッツの枠を維持することが目的の一つ。
ルカインを見る前から感じていた黒幕への牽制が2つ目の理由。
アナタを引き入れた意味は数あれど、結果に優勝なんて高望みを求めていないわ。
SPDでのラフィーは、私のサポートに徹してもらう」
熱くもなく冷たくもない、ただ堅い為政者の声音だった。
「不満がお有り?」
「いいえ、逆に安心したわ。
レッスンを何もしていないのに、サーキットに向かって歌えって言われるより楽だもの」
一連のやり取りに、二人して笑い合う。
「もともとの話だけど。
チーム出場した場合の優勝ライブはチームでの参加になるのよ」
「ええっ!? やっぱりわたしも歌うんじゃない」
「いやイや。チームの誰か優勝しても、ステージに立つのは優勝者と、その人が選んだチームメンバーなだけデす。
トリシャ殿も無駄にラフィー殿を煽り立てないでくだサい」
慌ててフィフスがフォローを入れる。
「というか、ラフィーちゃんってば。
コンディションすら解らない状態で、優勝を考えるほどお気楽キャラだったので」
「ちがうわ。
頂点への気概無くして勝利は無いと教えられたからよ」
「誰に?」
「他ならない頂点に」
曾祖母の話題にラフィーがにんまりとした。
ピットに帰った二人をスタッフたちが出迎える。
トリシャはスタッフたちと一緒になって自分のAFの調整に入る。
「ちょうどいいわ。わたしの機体を見せてあげる」
笑顔の『
「瞠目して拝しなさい!
これこそがわたしの
エクスカリバー十四世よ!! 」
鋭角なカウルと映える青色をしたAFを指差す。
「どうしてアエロフォーミュラが国宝なの?」
ラフィーによる当然の疑問。
「ラウンドランドの王族は、人生で一つの物品を国宝に推薦する権利を持っていマす。
ええ、権利は推すのみで決定は国王他複数名の承認が必要なのデす。
実際には14番(仮)でスね。拝命は望み薄ですが」
「フィフスは余計なことを言わないで!
せっかくの決めどころなんだから」
アンドロイドのお口にバッテンマーク。
EXC-14-44 エクスカリバー14は、チームメイトであるナスカッサのFNUB-33 フェイルナッツと同型機である。
型番が大きく違うのは、搭乗するエアリエルの趣味を大きく反映したためだ。
「背中にいくつも付いてる箱って、なんなの?
スラスターやブースターみたいだけど」
「それは本戦になってからのお楽しみ要素よ。
あっと驚く仕掛けであることは明かしておくわ」
ウキウキな態度のトリシャは、ラフィーを反転させると背中を押した。
「わたしはこれからスタビライザーの装着に入るから、ラフィーも自分のピットで説明を受けてきなさい」
「なんだ、戻ってきたのか」
面は厳ついがヌルフネットは明るくラフィーを出迎えた。
「思ったより会見が短かったのよ」
「そんだけ相手の手際がよかったんだろ。
んで、なにか用か。
嬢ちゃんも整備を手伝ってくれるのか?」
「チームリーダーのトリシャからの指示よ。
『スタビライザー』について説明を聞いてきなさいって」
「なるほど。それは重要だ。
文章だけの説明より実物見た方が理解できるだろ」
そう言ってヌルフネットがピットの中に招き入れる。
「この長いのが『スタビライザー』だ。
基本はAFの背中中央に装着される」
長い楕円柱のパーツを指し示す。
スタビライザーはAFと同じぐらいの長さをしていた。
「随分と大きいわね。
まるで尻尾みたい」
「これでも縮めてるんだがな。
レース中は最大限に伸ばして使うんだ」
「どうしてこれを背中に付けるの?」
「海上判定のための装備だからさ。
サウスパークディメンジョンが三面展開なのは知っているよな」
「空中、海中、海上の3つね」
「その中で、空中と海中の判定は容易いが、海上はどうやって見極める?」
「単純に高度でいいじゃない。
コースマーカーで高さを規定すれば終わるわ」
「それじゃあ、ただの低空飛行だ。
抵抗の強い海水に誰も触れようとはしないだろ。
AFを舟に見立てているんだから、きちんと水に着いてないといかん。
だから、このスタビライザーの先端が水中に入っているかで判別するんだ。
レース中は下向きに伸ばして使うわけだな」
「ますます尻尾の様相を呈してきたわね」
「そんなわけで明日の予選は嬢ちゃんの海中および海上航行訓練になるぜ。
体力をガッツり使うだろうか、今晩はしっかり休むんだな」
優し気な言葉を掛けてくるヌルフネットに、ラフィーは一歩引いた。
「この前と態度が違いすぎて、気持ち悪いぐらいね」
「アホか。
切れ散らかす子供と、きちんと空を飛べるエアリエルじゃ対応が違って当然だ。
バカを言ってないで、今日はおとなしく下がってろ。
ここからは俺たちの仕事だ」
クルーキャップを被り直してヌルフネットがピット奥へ入ってゆく。
ラフィーは安堵の感情を持ってツンッと首を振った。
「別にアンタたちのことを信用してるわけじゃないんだからね。
でもでも他にやってくれる人がいないから、仕方なくアルス・ノヴァを任せてあげる。
光栄に思いなさい」
背中を向けたままのチーフエンジニアは、黙って腕を振った。
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