03-06. エアリエル・ラフィー

 リバースダイバーの最終レースは目前に迫っていた。

 黙ってラフィーは発射台に向かおうとする。


「ちょ、ちょっと動かないで、ください」


「ご、ごめん。コトーネルのこと忘れていたわ」


 メカニックに謝り、ラフィーは起立の姿勢を保つ。


 ディジュハが雇い主兼チームーリーダーを見上げて言う。


「いいのかいオーナー、このままじゃ負けちまうぜ」


「良くないわよ!

 でもやるしかないわ。

 それともアナタが一発逆転のアイデアでも出してくれるのかしら?」


「逆転できるとは限らないが、できることならあるぜ」


 なんとなくラフィーは、ディジュハの言葉の繋げ方が新城直人に似ていると感じた。


「パフォーマンスさ」


「何を演技しろっていうの?」


「もちろんフォロワーに向けての意気高揚だよ」


 言われた言葉がすぐには頭に入ってこなかった。


「こっちからフォロワーに?」


「彩音が小さく踊っているのは見ただろ、あんな感じで」


「そういえば『赤の女王レッドクィーン』も、予選の後にライディングライブとかやっていたわ」


「こっちは踊るわけにはいかないから、発破掛けになにか伝えてみたりするのはどーだい?」


「フォロワーに話しかけることなんてやっていいの?」


 驚くラフィー。

 宮保が頷く。


「特別禁止されている行為ではありません。

 なにもコミュケーションは踊りを見せることだけではありません。声掛けも立派なパフォーマンスになります」


「古い昔だと、握手とか、してたそうだよ」


 アルス・ノヴァのチェックを終えてコトーネルが言った。


「でも、何を言えばいいのよ」


「オーナーはトラブルメーカーな新人のイメージが強い、このブランドを覆しちゃうか乗っちゃうかは、おまかせするぜ」


「でも、でも……」


 ラフィーは突然の事態に困惑する。


「こちらからの単一方向メッセージでしたら、あまり負荷にならないのでやってみませんか?」


 宮保も賛同する。


「それなら、ラフィーちゃんが、エアリエルをする理由が聞きたい。

 ガブリールとの約束って、なんなのかな?」


 コトーネルまでが乗ってきた。


「そんな、みんなして……」


 顔を赤くしてラフィーがいやいやと首を振る。


「オーナーが優勝したら初ライブが見えるぞって言えばいいんだよ」


「そ、そうよね。それぐらいでいいのよね」


「さっそく繋げますね」


 宮歩が手元の端末でコネクションを作ると、軽く腕を振ってキューを出した。


「わ、わたしがエアリエルになったのは、大婆さまとの約束を守りたかったから」


 つまりながらもラフィーが喋り始める。


「約束なんて言ってるけど、ただとりとめのない話よ。

 大婆さまが『天空の乙女アプサラス』だと知ったわたしが、子供の考えで一緒に飛ぼうと、どっちか一番か競争しようなんて言っただけ」


 ラフィーが息を整えて、続ける。


「それがわたしが大婆さまと交わした最後の言葉。

 絶対に叶わない願い。もう終わった子供の夢」


 意外な約束の重さに3人が口を閉ざす。


「だからこそ、しっかりとフォローしなさい」


 強くラフィーが言い放つ。


「EEGPもSPDも勢いでやったけど、今回はしっかりと勝つ見込みがあるんだから。

 ゆ、優勝することができたら、わたしの初めてのライブを見せてあげる。光栄に思いなさい」


 最後はツンッとそっぽを向いてメッセージが終わった。


 ラフィーは閉じていた目をちらりと開いて、宮保を見る。


「こんな感じでよかったかしら?」


「はい、大変結構です。さっそくと反応がありますが確認しますか」


「いいわよ。今はレースの方が優先よ、ゆうせん!」


 本当に恥ずかしかったのか、赤い顔のままラフィーが発射台まで移動し始める。


 ディジュハが宮保の横にスススと移動してヒソヒソ。


「本当に即応があったのかよ?」


「一応は業務内機密ということにしておきます」


「数少ないフォロワーに期待できることじゃないよな、だからこそ、いつでも見れる録画メッセージにしたわけだし」


「ふふっ、そうですよね。

 ですがあなたが言ったようにラフィー様の登場は大事おおごとなのですよ。

 EEGPとSPDの経緯と結果を含めましてね」


 リバースダイバーが始まってから初めて、宮保が意気込む。


「これほどの商機商材をふいにしては、中継屋などやっていられません」




 発射台に集まったラフィーと彩音が注目される。


 そういえば対戦相手に挨拶すらしていないことを思い出すラフィー。


 今更一言掛けておこうと軽く手を上げた。


「ラストレース、よろしくお願いします」


 彩音がざっと一歩後退あとずさった。驚愕の表情をしている。


 さすがのラフィーも失礼な態度が頭に来た。

 返事も待たず、スタート位置に座り両脇のグリップを握る。


 AFウェイブソーサーもおっかなびっくりスタート準備を整える。



『四回戦第15レース、決勝戦はじまります』



 アナウンスを聞きながら彩音は挨拶してきたラフィーの心情を考える。

 相手は二つの大型レースを荒らした元凶ともいえる。


 ただ、このレースが順当に進んだのなら、自分の優勝で決まる。

 それだけの差が両者にはあった。


 そんな状況で軽く挨拶してくるとは思ってもみなかった。


 もう負けると諦めているのだろうか?

 横顔をちらりと覗く。


 ラフィーはじっとシグナルツリーを見据えて集中している。

 勝負を捨てている人間がする顔つきではない。


 何か突拍子もない策略でもあるのか?

 考えだしたら切りがない。


 ならば、答えのない何故にこだわっても仕方がない。

 自分もレースに意識を戻し、葉の無い木に注目する。



 最初の一つが点灯する。


 ぐっと身体に力が籠もる。


 二つ目のシグナルが光る。


 飛び出しそうになる心を、グリップを握る腕が物理的に地上へと縫い付けている。


 ぱっと最後の光が灯った。


 ラフィーと彩音、2人とも同時にグリップをかなぐり捨て、空へと飛び出した。


 先行はラフィーだ。

 わずかだが、ラフィーのアルス・ノヴァが前に出ている。


 両者の初速は同じに見えたが、第一チェックポイントを通過する頃には彩音が逆転していた。



「あっやねちゃーん! おっせ、おっせ、おっせ!」



 彩音フォロワーのブレインパルスが照射され、一段と加速が乗る。


 第二チェックポイントの高度200mを潜り抜ける時には、ラフィーから彩音の背後が見えていた。



 終わる。

 このままじゃ届かない、と思った瞬間だった。

 ぶわっと背中を押される感覚がした。

 パルスリンクだ。

 短いインタビューでも応えてくれる人がいた。

 それなら自分が諦めるわけには行かない。

 今一度ラフィーは相手の背中を見据える。



 最後の上昇に入り、空へとリバース落ちるダイバーエアリエルが2人。



 これからだ。

 まだ間に合う。

 まだ落ちきっていない。


 希望は、続いている。



 勝ちを意識した彩音だったが、後方からの圧力が消えないことをに焦りを感じた。


 小さく視界隅にサイドモニターを出すと、アルス・ノヴァが徐々にだが追いつきてきていた。


 ここに来て何よその粘り強さは!?


 焦燥で操縦を誤るほどではないが、驚きは隠せない。


 上昇する速さが逆転する。


 残り100mを残して並んだ。後コンマ数秒で決着する。



「いっっけっぇええええええぇぇぇぇぇっっ!!!」



 ラフィー・ハイルトン・マッハマンが魂から咆哮を上げ、空を駆け登った。




「んで結局津島交信局さんは何をしたわけなのよ」


 ディジュハが宮保に質問する。


「先程の動画を少しデコレートして他所にも流しただけです。

 弊社が把握している個人付きではないフォロワーなどに対して」


「えっと、それで、どうして、こうなるんですか?」


「ラフィー様に意外に殊勝という新しいイメージを与えたのです。

 これまでの凶行じみた言動は、ガブリールへの敬意が暴走したものだと匂わせて。

 それで興味を持たれた方が思いの他いらっしゃったということですね」


「だとしても、最後の差しはちょっと出来過ぎじゃないか」


「あの加速はブレインパルスではありますが、フォロワーの力ではありませんね」


 手元の端末で送信量を計算した宮保が、すこし言葉を渋る。


「それじゃあ、なんなんですか?」


「気合です」


 その一言に、コトーネルとディジュハが首を傾げた。


「エアリエルが一番ブレインパルスに供与していると言いましたが、予想以上だったようです。

 本人の気質といいましょうか、AFアルス・ノヴァのパルスドライブとの親和性が高いといいましょうか。

 とにかく最後のラフィー様は、自分の力で機体を動かし飛んだのです」


「そりゃブレインパルスドライブは昔から根性のエンジンだって言われてるけどさあ」


「この場面で、発揮しちゃうのは、すごいよね」



『優勝はエントリーナンバー16、ラフィー・ハイルトン・マッハマン選手です』

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