01-19. トリプルアクセル
昨日チーム・マッハマンの27番グリッドに研究室から機器と資材が搬入された。
その時点で、大きな機材は複数あった。
一つはGパルス試験用の一号機で、他のサーフボードも一緒に運び込まれていた。
次に、予選で使用したサーフボードのバグフィックスでジョージが徹夜するほどの作業量が発生した。
システム上は問題なく連結し粗も表面化していない小さなものしかないはずなのに、一晩必要と言った。
開発元の技術者が、そこまで手こずるものだろうか。
理由は単純で作業対象が4つあるからだ。
しかも実験用なので、試験機は少しずつ仕様をずらして設計されている。
どれも均一の作業で対応できず、個別に調整しなければならない。
さらに予選での好調を見て気の乗ったジョージ・セントニアは、アルス・ノヴァの機体制御をグラビリティサーフボードで受け持つと豪語した。
なので、早朝に倒れ伏す羽目になった。
それでも宣言した大作業を間に合わせたのは、さすが天賦の才を持つジョージである。
将来的にGパルスドライブが目標とするのは、従来のブレインパルスに依存しない大型航宙船の次期主動力である。
想定する構造として、複数のGパルスドライブを一つの船体に配備し、各機の出力差異によって操舵する方式が考えられていた。
トリプルアクセルは、大筋の実験計画からみて行うべき形状でもあるのだ。
「ラフィー・ハイルトン・マッハマン。
アルス・ノヴァ。
復帰するわ」
短い休息時間だったが、呼吸を整えるぐらいは出来た。
ラフィーがサーキットインを宣言する。
白く輝く
アークイオンドライブで離陸して、Gパルスドライブに切り替える。
3つに増えた動力を調整して、微加速を維持する。
一枚を前進に使い、他のGパルスドライブをカウンターにする方法だ。
マシンドレスに引き裂く力が掛かるが、パラメーター上は許容範囲の張力だ。
機体破損の警報は出ていない。
Gパルスドライブだけで、スムーズに加速出来ている。
『随分と扱いに慣れたな。
サーフボードの操縦が宇宙で一番上手いのはお嬢なんだから、当たり前か』
直人の皮肉が聞こえる。
『だから直人くんのツンデレはキモいの。
素直に上達を褒めてあげなさいよ』
『人格切り替え型のねえさんには言われたくない』
ラフィーは姉弟漫才を無視する。
『ともかく、昨日言ったトリプルアクセルの注意事項を忘れるなよ』
「解っているわよ。
しつこいわね」
執拗に念押ししてくる直人へ、ラフィーがうんざりと答える。
アルス・ノヴァは、自分を追ってサーキットインしてきたAFディスカーゴに腕を振って合図を送った。
不思議がるファナタに、ラフィーが手持ちするサーフボードの底面を指す。
そこには外向けの
掴まれということか。
用向きは解ったがラフィーの意図が読めず、ファナタが小首を傾げる。
「よろしいのですか?」
「チーフメカニックからの指示よ。
トリプルアクセルは操舵の関係で、バラスト用にカウンターウェイトがある方が好ましいって。
はやく掴まりなさい」
ラフィーの遠慮ない物言いに、慈愛の表情でファナタが従う。
ディスカーゴはコンバットナイフをサイドスカートのホルスターに仕舞うと、空けた腕を伸ばしサーフボードのグリップを握る。
「よろしくお願いいたします」
「推力は全てこちらが引き受けるわ。
振り落とせれないでね」
アルス・ノヴァの背部ボードが前面に突き出され、両手持ちのサーフボードと先端を合わせる。
突撃姿勢になったアルス・ノヴァが"動力落下"を開始する。
もはや慣れたと思った加速時の感覚だったが、今回は追加された背部ボードも前方に傾けた豪加速である。
ラフィーは全身を潰さんばかりの圧力に歯を食いしばる。
「ふふふ。これはすごいエンジンですね」
重圧を堪えるラフィーと違い、グリップ一つで引っ張られているはずのファナタは余裕を見せる。
AF二機分の質量を、3つのGパルスドライブは無いも同然に推し進める。
数える間もなく、コースライン上先行くエアリエルに追い付く。
信じられない速度で追跡してくる白い弾丸に、エアリエルは慌てふためいている。
ラフィーは更に機体を前へと傾ける。
「邪魔よ。退きなさい」
加速するアルス・ノヴァが、エアリエルとコースマーカーを掠めて飛翔する。
次にアールのきついコーナーが迫る。
アルス・ノヴァは手持ちボードのグリップ面をコーナー内側に向ける急減速。
ディスカーゴがコースマーカーに脚を伸ばす姿勢になった。
トリプルアクセルは各サーフボードのベクトルを連動させて、掴まっているAFを軸に旋回する。
付随しているはずのディスカーゴが、アルス・ノヴァを頭上で振り回す形になった。
不思議なことに、コーナリング中のファナタには地面に立ったような感覚がした。更にボードを握る腕が胴側に押される。
圧力に身を固め前向きに力を込めると、トリプルアクセルの旋回半径が少し小さくなる。
コーナーを抜けた白いAFは、己の特性である急激な再加速をする。
再びディスカーゴを牽引しての弾丸飛翔で突き進む。
ファナタがコーナリング中に閉じていた口を開ける。
「
コーナーに添って落下するアルス・ノヴァを、ディスカーゴが支える。
それも進行方向とは垂直になる形でだ。
実におかしな連係だった。
錘の感想にラフィーが口を尖らせる。
「なに? 不満があるの?
それならグリップから手を離してもいいわよ」
「いえいえ。そうではありません」
ファナタは少し反応に困った。
最初に話した時のラフィーは緊張して丁寧語だった。
今や横柄な印象さえ受ける物言いだ。
こちらが少女の素面なのだろう。
「べ、べつにあなたを引っ張るのはどうってことないんだから。
本当にバランス用のウェイトが欲しかっただけ。
助けてくれたお礼でしているんじゃないの。
勘違いしないでよね」
ツインテールがふいっと揺れてそっぽを向く。
……実に
冥界の渡し守はこみ上げる笑いを心に仕舞う。
加速を続ける二人は、ピットインしていた時に追い越していったエアリエルたちを次々に抜き返す。
一回目に追い抜かれた時も速かったが、今回のアルス・ノヴァはトリプルアクセルで更に速度を増している。
白銀の弾丸へ迎撃の武装を向けても、高速で左右に振れるアルス・ノヴァに銃口を定めきれない。
戸惑っている間に追い抜かれてゆく。
エアリエルたちは新たに現れた彗星に翻弄されるままだった。
一方で
サトリに追いつかれたナーサが刹那に悩む。
被弾した右サイドスカートがまだ完全に復調していない。
今のコンディションで
「この屈辱は絶対にお返しするからね」
自分の心境を素直に口にするナーサ。
恨み口の対象はコースラインを譲ったサトリだけではなく、原因を作ったラフィーも入っている。
追い越しするサトリが返礼代わりにベイブレードを軽く投げた。
これをナーサは左手の
150ソードは名前の通り刃渡りが1.5mある直剣だ。
柄の形状が独特で、刀身からY字に枝分かれた部分にグリップが橋渡されている。
これにより握った時に手首を傾けずとも前腕と直線になり、
握り方と合わせて意外と長い間合いを持っている。
汎用性が高く、大空を飛び回るエアリエルにはよく知られた近接武器だ。
また刃を担うエナジーマテリアルは、持ち主の操作である程度変形が可能な形状記憶物質の一種である。
先の例なら、ナーサはエナジーマテリアルを意図的に刃引きしてベイブレードを叩くことだけに使い、刃の損壊をなくしている。
この特性からエナジーマテリアル自体へのダメージも多少はカバーできる。
なんと言ってもエナジーマテリアル最大の特性は、光学耐性が他の素材に比べずば抜けていることだ。
その特性はレースで使用するビームを弾きさえするレベルだ。当然近接武装以外にも
その見返りとして、この特殊素材はメンテナンスに専用の機材を必要とした。
さらにエナジーマテリアルは、大型化する程にランニングコストが指数関数な上昇をみせる。
軌道循環機であるAFの全てをエナジーマテリアルにするのは現実的ではない。たとえカウルだけでもだ。
2m近い大きさのエナジーマテリアルを整備維持できる装置となれば、殆ど工場と変わらない敷地がいる。運用費を考えるなら、空が落ちてくることを心配したほうがいい。
完全完璧な理想の素材は存在しない。様々な物を要所に合わせ適宜使うのが正解である。
順位を下げたナーサを三番手に位置するエアリエルが狙う。
不調の女王を地に落とそうと果敢に攻撃を開始する。
AFファイアボルトがロックオンアラームを鳴らす。
「簡単にはやられないわよ」
ナーサは身を翻し背面飛翔になる。
背中が受ける空圧で一気に減速した。
推力減衰効果を受けていない片側のパルスリンクドライブを吹かして、腰を中心にした
赤の女王の奇抜な急接近に追撃手は驚き、照準を補整する前にライフルをフルオートで撃ち放ってしまう。
ナーサは混乱する相手の下に滑り込み、逆さの状態で両脚の
体勢を崩したところで上下前後を戻しながら150ソードで切り裂く。
最後に再加速する起点として駄目押しのキックをプレゼントする。
大幅にヒットポイントを減らした追撃者は、抗い難い減衰効果を受けて後方に下がっていった。
ナーサがコース前方に向き直る。
「さあ、ここから華麗で赤い逆転劇を見せてあげるわ!」
女王が力強く宣言した。
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