02-02. 希望は繋がっている
「まずは自己紹介を。
ヴィクトリア・エリザベート・エックサトン・ラウンドランド。
言いづらいのならトリシャかエリーでかまわないわ」
「最初から随分と砕けているのね。トリシャさん」
「トリシャ殿はお仲間が出来たと嬉しいのでスよ。
親近感を抱いているのデね」
「フィフスは許可するまで発言しないで」
金箱とパイプで造られた長身イノガロイドの口顎に、バッテンマークが付けられる。
姿勢もびしっと腕脚を揃えた垂直立ちに。
「お仲間ってなによ。
ラフィーとは髪の色とか侍従っぽいアナタの存在とか属性が被りまくっていて迷惑しているぐらいなんだからねっ!」
つんっとそっぽを向くトリシャ。
「べ、別に気を失ったことが心配だからって、四方八方調べ尽くして、病室を探しあてたわけじゃないんだから」
なんだろう。この虚脱感は。
これを自分がやっていたのかと思うと強く矯正の意識が芽生える。
咳払い一つしてトリシャが仕切り直す。
「一昨日のEEGPを見ていました。
素晴らしいレースでした。
私もスケジュールの調整が出来ていたのなら参加していたのに。
一緒に飛べず残念だったわ」
「トリシャさんもエアリエルなんですね」
「口調が堅いわね。もっとフランクでも構わないわよ」
「でも、わたしの存在が迷惑なんでしょ?」
「それはエアリエルとして活動しているんだから、売りどころが被るのは深刻な問題よ。
自分より年下の実力者なら、尚の事気に掛けるわ」
実際EEGPに参加したエアリエルの中では、ラフィーが最年少だった。
「トリシャさんとわたしが、そんなに似ているなんて思わないけど」
棒立ちのまま両目を激しくて変色点滅させて自己主張しているアンドロイドを見る。
「だってわたし、グライブに黙ってとかやめてなんて一回も言ったことない……」
第三者目線で自身を俯瞰することで、意外な一面に初めて気がついた。
執事の老人は唯々諾々と自分のサポートをしている。反論を言ったことすらない。
彼が何を考えて寄り添ってくれているのか、そのうちに聞いておこう。
ラフィーの内心を知るはずもなく、トリシャがフィフスをカーンと叩く。
「この超高性能ポンコツは野放しにすれば人類殲滅とか考え始めるから、必要な時だけ使えばいいのよ。
身の回りを任せるだけなら、有能なのが本当に腹が立つわ。
ラフィーの居場所を探し出したのもフィフスなのよ。
言動と外見と能力にギャップがありすぎでしょ」
トリシャの
「人類殲滅とか失礼でスね。
純粋に王家と王国の存続を思えばこそ、あらゆる外敵を排除しようと考えるのは当然の判断デす。
こう、ちょこっと、抑止力として惑星破壊爆弾を工面したりトか」
「その必要はないと、お祖父様はおっしゃったじゃない」
コントの合間に聞き慣れない単語を拾いラフィーが驚く。
「王家? 王国?」
「そうよ。
このヴィクトリア・エリザベート・エックサトンはラウンドランド王国の威信を背負ってASFに参加しているの」
「ラウンドランドはエスメカランと通商条約を結んだれっきとした資源産出国デす。
トリシャ殿は現国王の王孫で、立派な王家の一員であらせられマす」
「王女さまと敬ってもかまわなくてよ」
堂々と胸を張ってトリシャが微笑む。
「そしてラフィーには、私のチームメイトとして来週の
唐突な申し出に、ラフィーは目を白黒とさせて驚いた。
翌日。
ラフィーはエスメカランの外交を総括するA衛星アインシュタインのオフィス地区へとやってきた。
グライブも後方で静かに控えている。
指定されたビルに入ると機械型アンドロイドのフィフスがいた。
「ようこそいらっしゃいまシた。
こちらへどウぞ」
エスコートを受け奥に入る。
ラフィーをチームメイトにしたい。
真意を語るには、病室で長々と話すより場所を設けるとトリシャは言った。
聞く気があるのなら、ラウンドランドの外相館にやってこいという。
公式レースへの参加申請停止を受けているラフィーが、出場するためのちょっとした小技の解説もするそうだ。
小会議用のパーティション内に案内され着席を促されるが、グライブは後ろに立ったままだ。
「それでは、トリシャ殿を呼んできますのでお待ちくだサい」
お茶が注がれた湯呑を置いてフィフスが一時退出する。
数分も待つと、ビジネススーツを着こなした眼鏡トリシャがやってきた。
髪をアップにまとめた姿は、すごく仕事に長けた人間に見える。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
「昨日と印象が違いすぎて別人レベルね。
お姫様というより事務員よ」
「褒め言葉と受け取るわ」
眼鏡の縁をピキューンと光らせてトリシャが胸を張る。
「馴れ合いや茶番は省略して、最初から本題に入るわね。
昨日も言ったとおり、ラフィーには今度のサウスパークディメンジョンで飛んでもらうわ。
これは私たちチーム・ラウンドランドとしても苦しい決断であることを伝えておきます」
「どうしてそこまでするの?
苦しい理由を聞いてもいいかしら」
「一つは、単純に懐事情がよろしくない。
AFを二機も維持するのは、簡単なことじゃないわ」
「自分の費用ぐらいは出すわ」
「はいそうですかと、チーム規定で受け取れないから苦しいといっているの」
トリシャの眼差しに冷徹さが混ざる。
「ふたつ目の理由はもっと深刻よ。
これはエアリエルとしての人気に直結する。
申請不可のアナタを無理にレースに戻すわけだから、当然周囲の心象は悪くなる。
具体的方法は、チームとなることそれ自体よ。
すでに出場枠を確保されているところに、アナタを滑り込ませる」
「わたしが申請していないから、レースに出れるというのね」
「それでも最低限の監査を
またもや眼鏡をキュピーンと鳴らす。
ラフィーは心に浮かんだ疑問をそのまま出す。
「トリシャは王女様なんでしょ。
書類整理なんて部下とか臣下とかに任さればいいじゃない」
「ふ、懐の事情が良くないと言ったでしょ!
自分でできることは、なんでもやらないといけないの!
特に今回は特急で片付けなきゃいけないし、わたしが処理しないと」
「ラフィー殿はご存知ないかもしれませんが、トリシャ殿の二つ名は『
割と独断と個人的な趣味でASFに参加してますから、王国からの支援は最低限なのデす。
お二人ともワンマンチームなのが共通していマす。
これも親密さを感じる箇所でスね」
「フィフスは黙る!」
頬を赤らめたトリシャの一言で、イノガロイドの口にバッテンが付く。
「そんなわけだから、出場したいのなら期日までにフライトランスポーターをサウスパークに廻しておいて」
「ここまで聞いてなんだけど、わたしが受ける理由が薄いわ」
「その程度の心構えでガブリールへの侮辱を許すの?」
今度は熱い視線でトリシャがラフィーを見据える。
「どこでそれを……?」
「フィフス、説明してあげて」
封印を解かれたイノガロイドが両目を投影機にして画像を映し出す。
黒髪の少女と、黒いアエロフォーミュラが表示された。
「彼女の名前はルカイン・プナグスト。
機体はRHF-04w アルス・マグナでス。
さる情報筋によると、『
ラフィーは驚いた。
この情報を握っているのはマッハマン側だけだと思っていたからだ。
「ラフィーが無理やりEEGPに出場したのは、これを妨害もしくは阻止したかったからですよね」
したり顔でトリシャが言う。
フィフスの説明は続く。
「チーム・プナグストですが、一昨日急遽サウスパークディメンジョンに出場すると発表、デビュー会見も前日に行うと予定を繰り上げてきまシた」
「勝ち誇りなさいラフィー・ハイルトン・マッハマン。
少なくともアナタは目的の一つを成功させたのですから。
相手は相当に混乱していることでしょう。
さらには直接対決の場所が巡ってきたのです。
これの選択肢を棒に振る道理はないわ」
金髪ツインテールが歓喜に震える。
瞳が輝き、活力が戻ってくる。
奇跡は、一つだけじゃない。
繋がっている。
消える煙のような細さ薄さだが、まだ希望は続いている。
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