Act02. 天海貫き輝く白銀灼の極煌刃
02-01. 一人の病室
観光惑星エスメカラン。
ネオグリーンランド島、カーククリフ行政府立大学病院。
個人病室のベッドに横たわる小さな身体。
光を弾く金髪の少女、ラフィー・ハイルトン・マッハマン。
先日入院したばかりで、体調に異常がなければ即日退院できる。
というかラフィーは特に怪我をしていない。
なぜ横になっているかと言うと、身体とは別の箇所に大きな傷を受けたからだ。
最初にベッドで目を覚まして、執事のグライブから一番に現状説明を受けた。
そして、この数カ月間の目的であった
オデュッセイアは公式ASF協会が指定する『
現在のラフィーは、諸々の前提である公式レース出場への
大会優勝どころの話ではない。
ラフィーは天空の乙女へと至る風に、突き落とし返されたのだ。
思い返すだけで、心臓に締め付けられる痛みやってくる。
それだけの悲願だった。
そのために悲痛な足掻きを続けてきた。
なにもかも、どれもかれもを失って、それでもまだ胸の奥が痛い。
万力で心臓を締め付け、力を搾り取られているようだ。
無力感を思い返すたびに、痛みは目の奥にも移り涙がにじみ出てくる。
申請停止の理由は、一昨日このネオグリーンランド島で行われたASFレース東側3衛星企業連合主催の
もっと言えば、ラフィー本人がレース中に気絶してしまったことが原因だ。
初めてのレースにもかかわらず幸運にもトップを取った。
それに気を緩めたわけでもないが、浮かれてなかったといえば違うとしか言えない。
初心者ゆえに加減を知らず、文字通り気力が尽きるまで飛んでしまった。
結果、特別コーチの言葉に違え、勝利どころかレースを失格になった。
申請停止の解除までには3ヶ月の期間が必要で、さらには改善事項を纏めなければならない。
2ヶ月後に開催されるオデュッセイアには、どうやっても間に合わない。
ペナルティの根本は、レースに参加した
レースチームとして正常に運営できることを証明しなければならない。
ここでラフィーにとって大きな問題が立ち上がる。
EEGPでのチーム・マッハマン実働スタッフは、臨時で雇った第6区域フランケン衛星大学の学生たちだ。
彼らの提案で、ある装置のテストを引き受ける代わりに、ラフィーを
彼らとはEEGPでの撤収以降、連絡がついていない。
衛星立フランケン大学への問い合わせにも応答がない。
執事のグライブがいうには、大学上層部から謝罪の申し入れがあったそうだ。
派手にやらかした新城直人たちは、大学側で厳しく罰せられるらしい。
簡単に接触できる様子でないことは、ラフィーにも察せられた。
チームでの改善要項をまとめようにも、スタッフの再招集すら難しい状況だった。
ラフィーは小さな拳を柔らかなマットレスに叩きつける。
叩くとはいえない軽い音で余計に苛立ちが募る。
起き上がり、気持ちを落ち着けるためトレードマークのツインテールに髪型を整えたが、自責の無念が絶えることはなかった。
「もう、なにもできないの……?」
病室で独り言をつぶやく。
最初に屋敷で彼女を、あの計画を知った時の衝撃は忘れない。
あまりの怒りで思考が真っ白になった。
金髪ツインテールがスタッグホーンになるほど、怒髪天を突いた。
曾祖母、初代『
ガブリールと一緒に空を飛ぼう。
二人で天空の乙女の名誉を掛けて競おうと、約束したのは自分だ。
冗談を真に受けた幼い独占欲だが、それが曾祖母と交わした最後の言葉となれば拘るのも仕方ない。
たとえ絶対に果たされることのない誓いだとしても、ラフィー・ハイルトン・マッハマンは
誰かが自助努力と研鑽の果てにアプサラスの称号を手に入れたのなら、これほどの衝動は生まれなかっただろう。
喧伝に曾祖母の名前を使う。
そのための根回しに、マッハマン邸まで営業の人間がやってきた。
抜け目なさが許せなかった。
周到な計画性が口惜しかった。
なにより、自分以外がガブリールの名を使ってエアリエルとして飛ぶことに大きな拒絶感があった。
怒りの衝動にかられ、昔ガブリールが見せてくれた
奮闘の結果、目的のものを見つけられた。
世界最高峰のAF機を作成するために設計図を演算し続けるプログラムマシーン。
リフォーマテッド・ハイエンド・フォーミュラ・システム。
これを使えば、相手より先に自分がガブリールの系譜としてデビューできる。
記されたままマッハマンの持ち株会社である航宙造船のべスレヘムインダストリー社造船業部門に突貫。
素気無く追い払われた。
会社というのは、子供の無茶な無計画に付き合ってくれるほど簡単な仕組みではない。
筆頭株主の身内というだけで、わがままが通ることはない。基本、他人事である。
ラフィーは諦めなかった。
彼らと交渉する唯一の術である資金を積み上げてみせる。
同意が得られるまで積み続ける。
報酬が恒星間航宙船建造可能な金額まで増えたところで、べスレヘムから一人の老人が名乗り出てきた。
ニタジークという名の古株サラリーマン。
どちらかと言うと強面のグライブとは逆に、柔和な丸い人物だった。
ただしラフィーとのやり取りは酷く事務的なものに終止した。
初期印象とのギャップにラフィーは少し怖さを覚えた。
ひとまず資金に任せて、軌道工房に浮きドッグを確保。
その内部で秘密裏かつ火急に一機のマシンドレスが作り上げられた。
世俗に疎いラフィーにも、ニタジークはとても仕事の速い人間だというのが理解できた。
最後にニタジークはEEGPのスポット参戦枠が空いていることをラフィーに伝え、グランプリ事務局との橋渡しをしてくれた。
急ぎピット作業員を募集し、出来たばかりのRHF-04アルス・ノヴァを担ぎ込む。
いざレースが始まったが、飛び方を知らない少女にアエロフォーミュラが扱えるわけがない。
チームの運営についてスタッフと何度も衝突して、最後にはラフィーが暴発した。
スタッフに当たり散らして解雇し、組み立て前のバラバラなアルス・ノヴァを残し、涙をこぼした。
最初の挫折だ。
そしてラフィーは、大学生を名乗る魔法使いと出会った。
魔法使いは不思議な力でラフィーを空へと飛ばし、勝利の魔女を呼び寄せ、レースを最高のものにしてくれた。
ベッドに俯けに倒れ、枕に顔を埋める。
最後まで魔法使いと勝利の魔女を信じきれず、少女は今ここにいる。
病室でふさぎ込んでいるのは、自分のせいだ。
自虐に呻きが漏れる。
一昨日までは奇跡だったのだ。
そう思うことで苛立ちを押さえようとする。
しかし胸の痛みはごまかせない。
現在こそが、第二の挫折であった。
ドアをノックする音が聞こえた。
返事もせずにベッドに横たわる。
執事のグライブなら許可を得ずとも入ってくるはずだ。
もう一度ノックがした。
「どなたかしら。ロックは開いているわよ」
「ごきげんよう。ラフィー・ハイルトン・マッハマンさん。
お元気そうでなによりです」
「どーもどーも、お邪魔しマす」
個室に入ってきたのは、ラフィーより赤みのある金髪少女と、機械然とした人型作業ロボ・イノガロイドだった。
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