エリアル ザ スカイ フォーミュラ

石狩晴海

Act01. ここからはじまるわたしのASF!

01-01. 金髪ツインテールツンデレは復権できるか?

「うるさい、うるさい。うるさいっ!

 あんた達なんか全員クビよ。クビ!

 さっさとわたしの前から消えなさい!!」


 少女の金切り声が響く。


 エリアルA ザ スカイ SフォーミュラFのグランドピットガレージ、その内側を中継屋のスタッフパスで散策していた新城直人は興味を惹かれた。

 気配を消して現場らしきピットガレージの中を伺う。


「ああ、わかったよ!

 辞めてやるよ。こんなところ!」


 チーフエンジニアらしき男性が売り言葉に買い言葉で、声を張り上げる。

 チームキャップとジャケットを床に叩きつけると踵を返す。


 彼に従って他のスタッフも歩きだす。


「お待ち下さい。皆さま」


 ASFサーキットには場違いな老執事が呼び止めた。


「なんだい? じいやさん。

 今回ばかりは我慢の限界だ。

 給金を釣り上げても聞かねぇぞ」


「その報酬のことでございます。

 契約日より本日までの分をお渡ししますので、事務所に寄ってからお帰りください」


「けっ……、最後まで几帳面なこって」


 柄の悪いチーフエンジニアは一言吐き捨てると、足早にガレージを去った。

 他のスタッフたちも、それぞれに複雑な感情を懐きながら出てゆく。


 人気が無くなったところで、直人はポーズとして持っているハンディカメラでガレージの中を覗き見た。


「うぐっ、ひっく……」


 チームジャケットを羽織った少女が、背中を向けて泣いていた。


 ガレージの中には、彼女の乗機であろう白いアエロAフォーミュラFが未完成で曝されている。

 組み立て前の床に広げられた機体は、破き捨てられた無垢なドレスのようで、見ている者の心に悲しさと切なさを突き刺す。

 普通の人間ならいたたまれないと思うところだが、直人は泣いている少女にとても心が高揚した。


 細い肩を震わせる後姿に、心の奥底がさざなみ立つ。

 バラされたAFが破り捨てられたドレスなら、今のあの娘は実質全裸でないだろうか?

 泣いているのも感情の素肌を晒していると考えれば、なおぐっど。


 うん。興奮してきた!


「わたくしどもに何か御用でしょうか」

「づどわぁっ!!」


 直人は突然後ろから掛けられた声に仰天する。

 振り返れば老執事が立っていた。

 さっきまで立ち去ったスタッフたちを見送っていたはずなのに、ワープしたかのように直人の背後を取っていた。


「中継屋様ですか。

 申し訳ございませんが、お嬢様はレースへの出場が非常に危ぶまれています。

 新規での御契約は受け付けておりません」


 直人が首から下げているパスケースを見て、老執事が営業スマイルをしてくる。

 この笑顔は極薄のレースカーテンであり、奥にある彼の眼差しが刃物以上の鋭さで直人を切りつけてきた。

 今、少女に近づく者には容赦しないと、口より明確に語っている。


「中継権じゃなくとも、ちょっとだけインタビューなんか頼んだりしても……」


 老執事が笑顔で頷く。


 死にたいようだな。


「嘘です。すみません。失礼します」


 首を竦めて逃げ出そうとした直人だが。


「グライブ、どうしたの?」


 サーキット側を見たままの少女が、背中越しに老執事へ問いかける。


「中継屋様が契約先をお探ししていただけです。

 わたくしどもとは無関係なので、お引き取り頂きます」


「待ちなさい。

 少し話がしたいわ。

 その中継屋を通しなさい」


 老執事が少し表情をしかめる。

 直人は身振り手振りで無茶はしないと訴えつつ、パスケースを持ち上げる。

 老執事はパスケースに手をかざし、直人へのガレージセキュリティをアンロックした。


「失礼いたしまーす。

 いつでもだれでも新鮮な笑顔をお届けする三河屋でーす」


 直人は適当に雇われ先の宣伝をしながら、ガレージのセーフティラインを踏み越える。


 個人用全環境型循環艇の専用機械類がひしめく中心に、小さな女の子がいた。

 身長は直人の鳩尾に届くぐらい。見た目三分の二ぐらいしかない。

 体重なら2倍以上の差があるのではないだろうか。


 そんなお嬢様が、目尻を釣り上げ相手を見下す態度でふんぞり返っている。

 数十秒前の萎れた背中なぞ、どこにも感じさせない。


 長く梳かれた金糸の髪を左右に束ね、博物館で有料公開したい高レベルの見事なツインテールをしている。

 そして白い磁器を思わせる薄い肌。下に走る静脈がうっすらと見えそうなほどだ。

 細く小さな体躯は競技者エアリエルのハイレッグレオタードに包まれている。

 競技用のレオタードはマシンと同色の白で地肌との境を見失いがちだ。

 それ故に鼠径部や肩のセンサーラインがいっそうと際立っている。

 身体の線は細いのに、腰に手を当て反り伸ばす胸はそれと解るぐらいの隆起をしていた。年齢の割には発育がよろしい。

 袖を通さず羽織っているだけのチームジャケットは、オーバーサイズ過ぎて最早ロングコートと大差無い。


 一瞬人形と錯覚しそうな美しさと愛おしさだが、少女が発する威圧的な存在感に考え直す。


「あなた、どれだけの中継受けをお持ちなのかしら?

 見栄を張らず正確に言うのよ。

 どんなに小さくても笑わないから、安心しなさい」


 高圧的に、高飛車に、少女が言い放つ。


 直人は少女を心震わせる存在から、生意気なガキへと認識を改めた。

 しかし、顔には出さず正直丁寧に答える。


「弊社は経営者が趣味で行っている中継屋なので、商業的な卸し先はないんです」


「え? なにそれ?

 パルスリンクに関係ない中継屋なんて存在するの?」


「実は極少数ながら存在するのですよ、これが」


 拙い揉み手をする直人は、組み立て前で放置されているマシンを横目で見る。

 一瞥するだけで、このAFが結構な新鋭技術が盛り込まれたハイスペックであることがわかった。


 しかし、前評判でこの金髪少女が噂になったことがない。

 となれば今回のレースのスポット参戦枠を開催直前で買ったのか。

 これだけのASFチームを金に飽かせて短期間に揃えたのであれば、直人が予想すら上回るブルジョワお嬢様ということになる。


 ここまでくると、疑問が直人の口から溢れ出るのは仕方がない。


「このチームに何があったのかは知りませんが、今しがた崩壊したのは解かります。

 それなのに今更中継屋を呼び入れた理由はなんでしょうか?」


 ツインテールを払って、きっぱりと言い切るお嬢様。


「あの無能どもがフォロワーを確保していなかったからよ」


 いやー、さすがにそれはないっすわー。


 表情ひとつ変えず、心でツッコミを入れる直人。


 技術屋に燃料を用意しろとか無理筋ですわー。

 そこは広報担当のお仕事でしょー。

 直人の脳内で渦巻く疑念が、声に出た。


「これだけの最新技術を扱えるピットクルーを、専門外の話で放逐するのは勿体無いですよ」


「それだけじゃないわ。

 あいつらは散々わたしとAFに文句を言ったのよ。

 飛行速度を落とせとか、操縦が下手とか。

 修理部品が足りないとか、規格が合ってないとか。

 自分たちの仕事をわたしの所為にするなんて最低よ」


 うーん。

 お嬢様の腕がどれぐらいかわからないが、スタッフ側から見ても危ぶまれるレベルなら止めに入るだろう。

 エンジニア視線からすると、保守部品はもしものために最低限は揃えておいてほしい。最新鋭のワンオフものならなおのこと。

 どうもこのお姫様は、ASF自体に不理解な感じがする。


 そっぽを向いたお嬢様が強がる。


「それにASFスタッフ程度、一時間もあれば揃えられるわ」


 直人はちらりっと、後ろに控えている老執事を見た。


 小さく首を振る執事さん。


 ですよねー。


 今からレース開始までにスタッフを再招集するなんて、物理的に無理だ。


 ここで一つのアイデアが直人の脳裏に浮かんだ。

 ものは試しに切り出してみる。


「そういえば自己紹介がまだだったな。

 オレは直人。新城直人だ」


「ラフィーよ。ラフィー・ハイルトン・マッハマン」


「それじゃ一つ、ラフィーお嬢様に提案だ。

 でっかい博打と思って、このチームをオレに任せてみないか?」


 ラフィーが胡乱なものを見る目を直人に向ける。


「ただの中継屋風情に何ができるのよ」


「実はただの中継屋じゃないのですよ」


 直人は首掛けのパスケースを手に取ると、表示を切り替えてラフィーの前に差し出した。


「わたくし新城直人は衛星立フランケン大学、星間開発学部、航宙技術学科に席を置いております」


 ぴくりとラフィーのツインテールが反応した。


 掛かった。

 直人は釣り糸を巻き上げる。


「専攻は独立式新型パルスリンクドライブの開発です。

 その試作品の実機テストをお願いできないでしょうか。

 加速性能なら既存のAFより格段に優れていますよ。

 更に、このエンジンと一緒にAFの運用ができるスタッフもご用意いたします」


 ラフィーの顔が好機と期待に輝きだす。


 ニコニコ笑顔の直人は、ここまでしか説明しない。

 最後の一文は口に出さず飲み込んだ。



 ただし新型エンジンの安定性は保証外である。

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