01-07. 少女の願い A girl's howl
ラフィーのアルス・ノヴァが予選タイムアタックで出した成績は、辛うじて本戦へ進める順位に滑り込んでいた。
予選終了間際で、コース上に他の
無理やりなコースライン取りになっても、余裕を持ってカバーできたからだ。
予選の終わりを告げる放送が流れ、地上のグランドピットでは各チームが撤収準備を始めた。
そのピットの一つ。
ガレージに置かれた不似合いなテーブルセット。その椅子の背もたれに身を任せるラフィーがいた。
顔の上半分に冷ましたタオルを乗せて放心中である。
彼女の横には老執事のグライブが無言で控えている。
一方で直人たちは、アルス・ノヴァとグラビリティサーフボードの調整を行っていた。
「思ったよりも本体のスラスター焼けは薄いな。
これなら耐熱塗料だけで本戦中の熱変形は防げそうだ」
「無駄にドライブを吹かすのを止めたからだ。
私のアドバイスのおかげだな」
自分の手柄であるかのようにジュネルフが誇る。
直人は呆れながら、状況確認を続ける。
「だからといって、飛翔ストレスによる各部の歪曲精査をしないわけにはいかない。
他にも色々と手を入れたい箇所もあるしな」
制御コンソールで仕切りにタイピングする元康。
「Gパルスドライブも大きな問題は無いっす。
AFとの連結で表面化した細かなバグを潰して、調整しなきゃいけませんが」
今度はジョージが胸を張って威張る。
「その程度のアップデートなら一晩で出来るぜ」
直人は考え込んだ。
「逆を言えば、ジョージでも一晩掛かる作業ってことだ。
本戦用にFCSも立ち上げなけりゃいけない。
想定される作業を本戦までに終わらせるには、徹夜の覚悟が必要だな」
言って老執事に振り返る。
グライブは笑うだけで微動だにしない。
老執事の圧に負けまいと直人は話しかけた。
「経営的な判断はグライブさんがしているのかい」
目隠ししていたタオルを取ってラフィーが起きあがる。
「わたしを無視するんじゃないわよ。
チームの全権はわたしにあるんだから」
「これはこれは失礼しました。
だったらオーナーに確認だ。
このまま軽いメンテナンスだけで本戦に挑むか。
もしくは、オレたちに超過給金を払ってまでアルス・ノヴァの調整を一晩行うか。
選んでくれ」
小さく下唇を噛んだラフィーが直人を見つめ直す。
「大学の実験はもういいの?」
「そっちはバックグラウンドでやっていく。
お嬢が本戦でもグラビリティサーフボードを使って、実証データを取ってくれればいい」
ラフィーが不安そうに聞いてくる。
「……アルス・ノヴァを完全にしたら、明日のレースでわたしは勝てるのかしら?」
「勝てるの意味が優勝というのなら、はっきりと無理だ」
直人はきっぱりと言い切る。
ラフィーの瞳が大きく開き直人を見上げる。
「今のお嬢の腕前じゃ、アルス・ノヴァを半分も使いこなせていない。
Gパルスドライブなんて奇策で勝てるほど、レースは甘くない。
参加するエアリエルたちは全員が全力の努力をしている。
それにはレース以外にもライブとかのアイドル活動も含まれる。
彼女たちを推すフォロワーの力は、簡単に覆されるものじゃない。
実際にボードを使って、ようやく最低ラインに引っかかった程度なんだ。
小手先でどうにかできる実力差じゃない」
小さな女の子を見据えて、直人が告げる。
沈黙していたラフィーだが、言葉の意味が頭に浸透したのか瞳が涙に揺れだす。
「じゃあ、なんであなたは整備を続けるなんていうのよ!
勝てないんでしょ!
意味が無いんでしょ!
訳がわからない!!」
ツインテールを振り回しラフィーが何度も頭を振る。
直人は優しく笑って答える。
「勝てなくても意味はあるさ。
優勝や表彰台だけがレースの価値じゃない。
無事に完走することを目標にしてもいい。
お嬢には良い経験になるだろう」
「陳腐な綺麗事は聞きたくないわ!
わたしが欲しいのは!
わたしがやりたいのは……!」
強気に直人を睨み返し、少女が叫ぶ。
「わたしは、一番にならなくちゃいけないの!」
「それはただの我がままだよ。ラフィー」
直人は静かに彼女の願望を否定した。
「さっきも言ったが、ASFには無数のエアリエルたちの努力と研鑽が積み重ねられている。
キミがそれを超えるには、彼女たち以上の力を付けなくちゃいけない。
その力は何年もかけて、何回もレースに繰り返し出場して、少しづつ養うものだ。
どうやっても今すぐに出来ることじゃない。
それでも急ぐというのなら、時間と労力を待つ余裕が無いのか?」
問いかけに少女が押し黙った。
どうやら図星のようだ。
力任せに高性能AFを用意して、早急にスポット参戦枠を購入して、ラフィー・ハイルトン・マッハマンが目指すものがおぼろげに見え始めた。
しかもここで直人に言い返さないということは、単純な勝利による喝采願望ということでもなさそうだ。
願いの根源は、簡単に口に出せるものではないと感じる。
やっかいだなぁ。
直人は胸の苦みに笑う。
悔しいかな。新城直人にはラフィーが目指す先に添える力はない。
どこからみても素人同然の少女を、一流のエアリエルたちと対等の存在に変える魔法を持っていない。
魔法は持っていないから、勝利の魔女さんにデリバリーをお願いした。
「明日、元エアリエルの特別コーチが来る」
唐突な直人の宣言に、ぴくりと金髪ツインテールが跳ねる。
「ジュネルフと違って、実際に活動していた本物だ。
まずはお嬢にASFを戦えるだけの資質があるのか判断してもらう。
コーチのお眼鏡に叶うなら、本格的な技術指導もしてもらえる。
言うまでもなく、これはチャンスだ。
お嬢にはまだまだ速くなる余地がある。
これが徹夜でアルス・ノヴァを整備する理由の一つだ。
優勝は遠いかもしれないが、明日を飛ぶ価値は十分にある」
驚いたのか嬉しいのか泣きそうなのか、複雑な表情のラフィーが直人に食って掛かる。
「そんな話は聞いてない!
わたしに黙って決めないで!
第一どうやってコーチを見つけたのよ」
「一応は中継屋をやっているんだぜ。
エアリエルとの伝手ぐらいあるさ。
まあ今回はとても個人的な繋がりだったけど」
ラフィーがツンッとそっぽを向いた。
「ふん。どうせどこにでもいるエアリエルの一人なんでしょ。
そんな十把一絡げの存在に、どれほどの力があるのよ。
わたしのコーチをするなら
公式ASF協会が指定する
その全てを制した者のみに与えられる称号だ。
エスメカランの惑星史上でも、たった二人しか存在しない至高の翼である。
「その通りだ。よくわかったな。
やってくるのはアプサラスだ。
もう引退したから元アプサラスだけどな」
「えっ?」
啖呵を切ったはずのラフィーが口を開け間の抜けた顔をした。
ラフィーの反応に、直人が笑いを堪える。
「さすがにアプサラスの名前は、ASFに疎いお嬢でも知っていたか」
「バカにしないで!
それぐらい知っているわよ。
でも、どうやってアプサラスと連絡を取ったっていうの。
相手は生半可に接触できる人物じゃないわ。
さては適当な事を言って誤魔化そうとしているわね!」
吠えるラフィーを、どうどうと鎮めながら直人は事情を説明する。
「いや、本当の本物なんだって。
二代目アプサラス
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