01-08. ピットガレージの妖精さんたち
チーム・マッハマンは一晩掛けての突貫作業で、アルス・ノヴァを整備調整することに決まった。
ハイエンド
ピットガレージの裏手にあるフライトランスポーターへ、寝入るラフィーを抱きかかえた老執事のグライブが入ってゆく。
「まだ小さいんだから無理しなさなってな」
エアリエルのマシンドレスに精密検査機をあてがい、本日の予選タイムアタックによる機体疲労を調べながら直人が呟いた。
持ち込んだタブレットでグラビリティサーフボードのファームウェアを書き換えているジョージが口を開く。
「さてオーナーちゃんがお
管制コンソールでドライブレコーダーのデータ解析を担当する元康が困った顔をした。
「完全にあっしらでチームを乗っ取っているっすね」
「仕方があるまい。お嬢様はASFに対する認識が浅い。
執事さんは立場上なのか、彼女に意見することが無い。
ここは私達で話し合ったほうが、建設的で現実的だ」
淡々とジュネルフが言う。
彼女は白いAF内装を外して、メンテナンスの手が入るようにしていた。
まずは直人が挙手。
「とりあえず全員交代で仮眠を取ること。
明日が本戦なんだから、多少の無理はしてもパーフェクト疲労状態は避けよう。
幸いにもグライブさんがポーターにシャワーと簡易ベッドを用意してくれた。
ご厚意に感謝だ」
「あっしは作業環境を整えるより、現状を教授に報告したいっす。
本戦になればグラビリティサーフボードの持ち出しが、絶対教授にバレます。
このまま三河屋でチームを支えるにしても、機材の借り先には一報を入れておくべきっす」
ジョージが笑う。
「そこは、ほら。
Gパルスドライブの実証レポートでどうにかできるだろ」
「生贄の山羊が二人に増えて、あっしは嬉しいっすよ」
ジョージと直人を見る元康の目は冷ややかだ。
直人は身を正して後輩に深く頭を下げた。
「すまない、元康。
教授には主犯としてオレから謝罪と連絡をする。
中継屋の三河屋には、きちんとお嬢から報酬を支払ってもらう。
だから伏して頼む。ここは飲み込んでくれ」
「直人さんがそこまで言うなら……」
渋りながらだが元康は引き下がった。
ジュネルフはアルス・ノヴァに端末を接続して、カウルに埋め込まれている太陽発電池のパフォーマンスを計測する。
「作業時間から逆算すると、機体の整備を全て終らせられるか怪しい。
その上FCSの準備もある。
配分はどうする。
どこを切り分ける」
ジュネルフが横目で見たのは、ピットガレージの隅にある大型のケース。
中にはAF専用のマルチライフルが入っている。
そう。AFは武装するのである。
循環シャトルが主力だった時代の末期に、競合相手を直接妨害する行為があった。
それは紛うことなき犯罪なので、きつい取締りを受けた。
しかし現在のASFにルールが整えられる際、ひとつの興行要素として取り入れられ、レース中の戦闘が明文化された。
もちろん本物の弾丸を打ち合うのではない。
専用のビームを利用して、被弾した時のダメージを擬似的に再現する方式だ。
具体的には、被弾したAFのパルスリンクドライブが減衰させられる。
この型式ならフォロワーの応援によって挽回することも可能なので、観戦側にも力が入る。
機体ごとのヒットポイントも設定されていて、攻撃を受け続けると撃墜判定を受け、失格となってしまう。
主な武装はライフルだが、高い攻撃力を求めて格闘武器を装備する好戦的なエアリエルもいる。
ASFの本戦は決して単調なものでなく、常に予測出来ない波乱を含んでいた。
これぞエアリエルたちの飛翔が
いそいそと直人が計測器をしまった。
「こっちの計測は、もう終わった。
武装はオレが立ち上げるよ。
アルス・ノヴァが出来た機体で助かるぜ。
あれだけ振り回されても、骨格に歪みが無い。
これならアビオニクスの調整も少量でいけそうだ」
ジュネルフは不満げに端末を操作する。
「だが
素材の復元力で解りにくいが、いくつかの太陽発電池が割れて断線している。
発電量がフルスペック時から二割も削減だ。
カウル成形時に埋め込むタイプだから、直すにはパーツ交換するしかないが……」
アルス・ノヴァは保守部品が手配されていないので、修理のしようがない。
アエロフォーミュラのメインエンジンはイオンドライブだ。
その主動力を稼動させる電力は、全身の外装に仕込まれた太陽発電池が賄っている。
太陽発電池は開拓時代前から格段の性能向上をしており、発電パネルの色彩を自由に選べるまでになっていた。
エアリエルに合わせてAFをカラーリング出来るのは、このためだ。
さてそんな高性能の発電池だが、これが破損しているのは大変よろしくない。
発電能力はパルスリンクドライブの出力に直結する。
フォロワーからパルスリンクが供給されても、イオンドライブ自体が機能不全では意味がない。
多量の燃料が投入されても、受け皿が割れていては取り零すだけだ。
それでなくとも我らがお嬢様は孤軍奮闘で飛んでいる。
この白いAFは只でさえラフィーに強い負担をかけていた。
彼女の枷となる損傷にジュネルフの顔が曇る。
そんなのことは些末ごとと、明るくジョージが提案する。
「カウル裏側にバッテリーを大量接着しよう。これで解決だ」
「バッテリーを追加したとして、機体重量とバランスの問題はどうする。
重くなった機体を飛ばすために、リミッターを解放して出力を上げるのか?
リミッターには操作性を容易くする意味もあるんだ。
それをなくしては、またこのAFが惑い飛ぶに戻ってしまう」
詰め寄るジュネルフに、ジョージは笑顔を崩さない。
「ジュネさん。ちょっと熱くなってないかい。
RHF-04のパルスリンクドライブは姿勢制御に使えればいい。
そう言ったのはジュネさんだぜ。
明日のアルス・ノヴァを飛ばすのはグラビリティサーフボードだ。
そのボードが重量増加やバランスに対応してりゃ、なんとかなるなる。
今まさに俺がやっているんだから信じてくれよ」
ジュネルフが驚き後ずさる。
「バグフィックス以外に、そんな大規模アップデートをするのか。
お嬢様のレースの為に?
年少の女児と研究にしか興味のない合理主義なジョージらしからぬ行動だ。
はっ、さては貴様。
仮面宇宙人テモーヌ星人が化けた偽者だな」
「ジョークとしちゃ笑えんぞー。
銀河開拓史上、第一次接触した知性体はいないんだ」
「冗談ではない。私は真剣だ。
さあマスクを取って正体を表わせ」
「余計に悪いわ!
俺にだって普通の感性ぐらいある。
お嬢様と直人の情熱に感化されたんだよ」
「化けの皮が剥がれたな。
ジョージがそんな真人間なことを言うはずがない」
「ジュネさんは一体俺をなんだと……」
「問答無用、マスクを剥いでやる」
「ちょっ、あごに手を掛けるないで!
力一杯持ち上げるのすとっぷぷりず!
首が、もげる!」
直人は命を賭けて身の潔白を訴えるジョージに黙祷を捧げる。
「機体の最終チェックは、ジョージの書き換え作業が終わってからだな。
時間がかかる作業の合間に、FCSをやっちまおう」
足早に大型ケースに近づいた直人が嬉しそうに開けた。
「おお、こいつはAK46のカスタムタイプだな。
流石お嬢。装備にもたんまりと金掛けてるぜ」
新品の大型ライフルに個人端末を近づけ、リモートで仕様書を読み取る。
その様子を見ていた元康が呟く。
「単に自分の趣味で武装を弄りたいだけじゃないっすか」
「これくらいの役得はあってもいいだろ」
電子マニュアルを速読しながら直人が笑った。
「それにちょっとしたサプライズプレゼントを思い付いたんだ。
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