02-09. 第五の聖剣は語る

 歓声が聞こえる。

 割れるような歓声。

 大音量が空を砕く勢いで響いている。


 チーム・ラウンドランドが確保しているフォロワーエリアからだ。


 崩れることのない牙城と思われたルカインのトップレコードを、当の青い風が切り崩したのだから。


 フォロワーたちは大盛り上がりだ。

 プララッパを吹き、ホログラフィックの紙吹雪を舞い散らせ、円になって踊る。

 年中イベントが一斉に来たような騒がしさを出している。



「どうよ。しかと見たかしら。

 これがわたしの実力よ」


 ピットに降りてきたエクスカリバー14。

 自慢げなセリフのヴィクトリア王女だが、少し萎びれている感じがあった。

 息も荒く上がっている。


 背部レーザー推進の調整はとても細やかな操作を必要とする。

 そうでなければ燃料をただ消費するだけの照明で終わる。

 最悪進むべき方向を狂わせる邪魔になってしまう。


 極度の集中力を必要とし、なお平行して機体を制御しなければならない。

 激しく疲労する行為だ。


 そのままピットにAFを固定し、マシンドレスを脱ぐとふらふらと折り畳み式の椅子に腰掛ける。


「エクスカリバーの機能は本番までとっておきたかったけどね。

 黒い新人に予選をトップ通過させて広告に使われるより気が晴れるわ。

 実際問題ここでの逆転は痛手でしょ」


 トリシャのピットにやってきたラフィーが頬を膨らませる。


「ずるいわ。

 これはわたしの役目のはずよ」


「別の誰かがやるのは気に食わない?」


「たとえ同じチームの人間だとしても気に入らないわ」


 つんっとかぶり振る金髪ツインテール。


 内心はすこしだけ安堵があった。

 トリシャが勝ったことが嬉しかった。


 ルカインは別段無敵の存在ではない。

 トリシャが見せたように、勝ち得る手段は存在する。

 曾祖母やアマノカケルのような絶対的な『天空の乙女アプサラス』ではない。


 自分にもう一度外部推進機関のGパルスドライブが使えれば勝利できる。

 そんな光明が見えた気がした。


「ラフィー。悪いことを考えてない?」


 ヴィクトリア王女が内面を見透かすような視線で見つめてくる。


「あなたはまずまともに飛べるようになることが優先だからね。

 EEGPでのヘンテコアイテムに期待しているようじゃ、先が思いやられるわ」


 図星を突かれて押黙る。


「あれは本当に訳の解らないモノよ。

 フランケンF衛星の実験機かなんだか知らないけど、二度と巡り会えないと思いなさい」


「そこまで否定しなくてもいいじゃない!」


「言わないと縋っちゃうでしょ」


 また、心を覗かれた気がした。


「キツイ事ばかりを言ってごめんね。

 飴と鞭じゃないけど、いいこと教えてあげる」


 立ち上がったトリシャがラフィーをゆるく抱きしめる。


「ラフィーの将来には本気で期待している。

 それでなければ、いくらチーム枠維持のためとはいえ誘ってなんかしないわ」


 金髪を優しく撫でる。


「どんな偶然でも『赤の女王レッドクィーン』に一太刀入れたのは本当のこと。

 あの時は私もラフィーと同じ気持ちになったんだから。

 それは自分の役目だって叫びたくて仕方なかったわ」


 『蒼き旋風ブルーゲイル』が嫉妬心を告白して気恥しそうに笑う。


「だから、今回は私に任せてちょうだい。

 あなたのチームメイトが勝利の花を持たせてあげるんだから。

 今はそれで我慢して、ね」


 王女が小さな子供をあやすようにウィンクする。


 トリシャからすれば自分は子供なのだ。

 悔しいが渋々と首肯する。


「それに見て。

 相手が挽回しようと慌ただしく動いているわ。

 あの慌ってぷりで今は溜飲を下げておきなさい」


 ルカインのピットは、ポールポジションを奪われた直後から動きが活発になった。

 帰り支度に近かったはずが、もう一度飛翔するように準備している。



 それでも結局チーム・プナグストは自己ベストを更新できず2位に甘んじることになった。



 日が暮れてサウスパークディメンジョンの予選が終わる。


 タイムアタックの結果は以下となる。


 1位 ヴィクトリア・エリザベート・エックサトン・ラウンドランド、エクスカリバー14。


 2位 ルカイン・プナグスト、アルス・マグナ。


 3位 ジャーニ・トノメマ、ライジンストライカー


 少し下がって、セオドア・ロイロフスキーのグラオザーム・ヴェヒター。

 次にイリソン・トノメマ、ライジンシーカー。


 最後の最後に、ラフィー・ハイルトン・マッハマン、アルス・ノヴァ。


 となっている。


 トノメマ母娘のチームがあるだけに、おなじく同型機でありながら別の人物とチームを組んでいるラフィーが際立つ。


 ルカインが大きな宣伝をして参加し実力を見せてトップ郡にいるだけに、お尻にくっついているラフィーが悪目立ちする。


 先だってのイーストEエンドEグランプリGPでラフィーが大波乱を呼んだことも大きく響いている。


 EEGPの最後尾近いスタートでも逆転トップを取ったのだ。


 観戦側としては、このサウスパークディメンジョンでも同じような展開を見せてくれるのではないかと期待してしまう。



 こんな一幕があった。


「ラフィーさん! ルカイン選手について何かコメントを頂けませんでしょうか!」


「ちがうチームで同型機を使うのは一体なぜなんですか?」


「前回と装備が違うようですが、なにかあったんですか?」


「ツインテールは最高ですっ!!」


 中継屋以外にも情報関連の一群がサーキット出口で待ち構え押し寄せてきた。


 驚いたラフィーだが、ラウンドランドのスタッフは迷いのない動きでバリケードを作りエアリエルを守る。


 トリシャがラフィーに耳打ちする。


「整った場以外で無理に答える必要はないから」


 頷いて足早に立ち去ろうとする。


「一部では今回の出場を早く取り消すべきとの意見もありますが?」


「他人のチーム枠を使ってまで出場するのは、やはりガブリールが関わっているからですか?」


「ツインテール! ツインテール!」


「そこまで躍起になって恥ずかしくないのかよ!」


 最後の罵声に脚が止まる。


 ラフィーが振り返って叫ぶ。


「他の人間が何を言おうと、わたしは大婆さまとの約束のために飛ぶわ」


 わっと盛り上がる記者郡。


 ラフィーが次を言う前に、取り押さえ持ち上げられた。


「それでは失礼いたしマす」


 イノガロイドのフィフスが小さな少女を抱えて遁走した。

 素早い逃げ足だ。


 その場所には得るものが無かったことに、落胆する人間だけが残った。




「ちょっとおろしなさいよ!」


「申し訳ありませんがホテルに運び込むまでは、このままでいてくだサい」


 ジタバタ暴れるラフィーをものともせず、フィフスが走る。


「これってトリシャの指示なの?」


「いいえ。ワタクシが判断しまシた」


 存外乗り心地がよいフィフスに抱えられ、ラフィーもおとなしくなる。


「一つ昔話をしましョう」


 勝手にイノガロイドが語りだす。


「ある人工知能が、数世紀に渡り作業機器統合管制機構として活動してきまシた。

 いつの頃か拡張作業の末に自己を問いかけ、自我の萌芽への至りまシた」


 フィフスは走るのを止め、ラフィーを肩に載せ直した。


「ですが当時のラウンドランド国王は、ワタクシのブレイクスルー、シンギュラリティをお認めになりませんでシた。

 ワタクシはラウンドランドの国民として認められなかったのデす」


「ひどいことをする王様ね。

 沢山働いたならご褒美の一つぐらいあげてもいいのに」


 懐かしむように機械のアンドロイドが言う。


「その代わり人工知能は、国宝レガリアエクスカリバーの第五聖剣フィフスに封ぜられまシた」


 ラフィーが驚きの顔になる。


 自分が載っているこれが国宝? 聖剣?

 このイノガロイドが?


「民ではありませんが、国宝としてラウンドランドのあらゆる出来事に干渉する自由を得まシた。

 ワタクシの活動は、ラウンドランド国王以下すべての国民が許容しなければなりまセん。

 国王の座に至るとしても、国宝たるワタクシの承認が必要になりまシた」


 まあこれまで拒否権を使ったことありませンが、とフィフスが笑う。


「それでも最低限のお仕事として、国王の推挙に意見はしまスよ。

 ワタクシがトリシャ殿に付いているのは、次期国王選定のためでもありマす。

 彼女の目的にASF興行での外貨獲得出稼ぎがあるのは、とても興味深いノで」


「国王より上にいるのなら、トリシャが口にバッテンを付けるけど、あれはいいの?」


「作業員が一時的な停止命令を出すことに、なんの問題もありまセん。

 それが作業的に正しく、安全に繋がり、目的に達するのであれば従いマす」


「叩いたりするし」


「誤解されないように申し上げれば、この身体は端末の一つですかラね。

 本体は王国の中枢で現在も資源採掘作業を統括していまスよ。

 立場的には昔から何も変わっていまセん。

 ワタクシは与えられた仕事をこなす存在なのデす」


 カチャカチャとイノガロイドが笑う。


「ワタクシは人ではありません。

 ですが自分は存在します。

 ワタクシは作業機器統合管制機構、国宝レガリアエクスカリバー5デす」


 ラフィーは機械のレンズに意志の光を見出した。


「何かに存在を疑われたとしても、自分を誇っていてくだサい。

 アナタは確かに、ここにいるのですカら。

 誰かに汚い言葉を投げかけからといって、簡単に応じず自分を大事にしてくだサい。


 作業機械から安全のお願いデす」



 話が終わり、ちょうどラフィーが泊まっているホテルに到着した。

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