01-05. 問題の傾向と対策
今回のラフィーお嬢様が参加しているのは、オービタルリング東側三衛星の企業連合が主催協賛するスカイレースだ。
名称は
コースマーカーは比較的近しい範囲に設置されているが、高度差が付けられ立体的な形のサーキットを構成している。
レース結果は公式ASF協会に認可され、年間の累計ポイントに加算される。
とはいえラフィーは本レース限りの参加枠を購入したに過ぎない。年間ランキングとは無縁の存在だ。
スポット参戦自体は珍しいことではない。
新鋭のエアリエルが、本格始動の前に知名度稼きを行うことがある。
しかしラフィーの場合は逆の状況で、完全に世間の目から外れていた。
お嬢様がASFへの理解を欠いていて、中継屋やフォロワーたちにまともな交渉をしなかったためだ。
目ざといフォロワーたちの情報網にも引っかからない、見事なステルスっぷりである。
だから今、直人はアルス・ノヴァの姿が衆目に曝されずに済んでよかったと思った。
よたよたと横揺れする白い
直人はラフィーが着地すると、セッティングラックに押し込み固定した。
ジュネルフと二人でラックをガレージの中に入れ、額に汗を流し前髪を貼り付けるお嬢様をマシンドレスから引っこ抜く。
そのまま野良猫でも扱うようにテーブルセットの椅子に放り投げた。
「ひとまず休んでろ。
次のタイムアタックでボードを使うからな。
マニュアルを完読しておけ」
ぐったりと力無く座るラフィーに、老執事のグライブがタオルとドリンクを差し出す。
「い、言われなくとも……。
もう全部、……頭にあるわよ」
汗を拭きながらラフィーが途切れ途切れに返事をする。
「赤の女王みたいにレース後ライブができるって言ってなかったか。
それと同じで、仕様を覚えているのも見栄や強がりじゃないだろうな」
「だ、だまりなさいっ!
わたしをなんだと思っているの」
「雇い主 兼 試験環境提供者」
「だったら生意気なことを言ってないで、さっさと仕事をしなさい!」
「へいへい」
キレたラフィーに生返事をしてアルス・ノヴァに向き直る。
幸いと言おうか、新人エアリエルの荒い操縦にもアルス・ノヴァは耐えてくれた。
一見して外装に目立った損傷は無い。
内部もオーバーヒード気味ではあるが、ジョージが取り付けている整備用放熱器で対応できる範囲だ。
セッティングラックに近づいた直人にジュネルフが囁く。
「予定通り、リミッターをかけるぞ」
「よし。機体の半分はオレが受け持つ。
元康はアビオニクスの手入れを頼む」
「了解っす。
気づかれないよう手短にいきましょう」
全員静かに作業に入った。
高性能機体にリミッターをつける。
ラフィーが飛んでいる間に、ピットクルーで話し合って決めた方針だ。
非常に勿体無い。
設計思想から真逆をゆく本末転倒のセッティングだ。
だが仕方ないと、直人は思う。
今のラフィーに、この機体は扱いきれない。
強力過ぎるマシンパワーに振り回されている。
アルス・ノヴァは現行技術のハイエンドマシンとして作られたのだ。
初心者向けのAFとは、とても言えない。
ラフィーの激しい疲労もそうだ。
操縦に苦労している心労もあるだろう。
なによりフォロワーの応援を受けられないため、自力でパルスリンクドライブを吹かしている。
この負荷がとても大きい。
ともかく、ラフィーがまともにアルス・ノヴァを飛ばせなければ意味がない。
そのためのリミッター設定だった。
最初に作業が終了した元康が、コンソールから顔を上げて全員に質問する。
「ボードを追加するのなら、型式番号の変更が出来るっすが。
どうしますか?」
直人が答える。
「RHF-04b に変えよう。
オンボード仕様って意味だ。
解りやすく単純でいいよな」
「ちょっと。わたしに一言も聞かず勝手に決めないで!」
「明快なのはお嬢の気に沿わないか?」
「ふんっ。別に嫌とは言ってないわ」
お嬢様はツインテールをたなびかせ、つんっとそっぽを向く。
型式番号を変更する元康が続けて聞いてくる。
「識別名称は変えなくてもいいっすか」
「名前はアルス・ノヴァのままでいこう。
運良く運用試験と語源が似通っているんだしな。
型式番号の変更は、あくまで実験用のマイナーチェンジって扱いだ」
ジュネルフがアルス・ノヴァを軽く叩く。
「こちらも調整終了だ。
ジョージ、ボードを持ってきてくれ」
「ほいよ。
ってか、意外と重量あるのよねこいつ」
セッティングラックにアルス・ノヴァと同じ白色に塗られたサーフボードが立てかけられる。
最後に整備用放熱器を取り外し、直人はラフィーに向かって一礼した。
「お待たせいたしました。お嬢様。
ドレスの準備が整いました」
「ずいぶんと待たせてくれたわね。
時間を掛けただけの成果は出してもらうわよ」
スポーツドリンクの残りを吸い込み、汗を拭き取ったタオルを執事のグライブに渡して、ラフィー・ハイルトン・マッハマンが立ち上がる。
短い休息時間だったが、ラフィーに疲労を引きずっている様子はない。このあたりの回復力は流石だ。
セッティングラックに近づき、ジョージが差し出した短いタラップを登って待機状態のAFを装着する。
アルス・ノヴァが
ジュネルフと直人の二人でセッティングラックをピットロードまでスライドさせる。
「ボードを使うのは、一定の高度まで昇った後だからな。
間違えるなよ。お嬢」
「言わなくてもわかっているわ。
操作マニュアルは全部読んだって言ったでしょ。
あなたは地上で大人しく見ていなさい」
AFを装着したラフィーの顔は、直人より少し高い位置にある。
身長差が逆転し見下ろし返すのが楽しいのか、ラフィーは意地悪な笑顔をしていた。
「たとえ嫌われても、確認事項は何度でも言う。
それが担当エンジニアの仕事ってものさ」
直人がラックの固定を外すと、アルス・ノヴァは立てかけられたボードを手に取った。
2m近いボードだが、AFに比べるとそれほど大きなものには見えなかった。
それを両手で挟むようにして前面に保持する。
またもや飛び出そうとする白いAFを、ジュネルフが呼び止めた。
「お嬢様。
イオンドライブは元来推力比を重点に置いた低出力の推進装置です。
どうかピットロードはではお静かに」
これまで一言も会話していなかったジュネルフの進言に、ラフィーは驚いた。
「あなたまでわたしの操縦に不満があるの」
「いいえ。しがない先達のお願いです。
地上ではこっそりと実力を隠して、相手を驚かせてやりましょう」
直人は慌てた。
「おい、昔エアリエルだったことをバラしていいのかよ」
「別に隠しておいても意味はない。
正確には候補止まりの身だ。
だったらお嬢様への助力になる方が有用だろう。
なにしろ私は裏方の人間だからな」
明日には本物が来るのだろうと、言外に伝えるジュネルフの視線が直人を黙らせる。
「わかったわ。
こうすればいいんでしょ」
ラフィーが瞳を閉じる。
集中した思考操作によってアルス・ノヴァのスラスターが淡く輝く。
かつて人類を夢の大宇宙へと推し進めたブレインパルスリンケージアークイオンドライブが、一人の少女をゆっくりと上昇させてゆく。
それは風と戯れる綿毛のごとき緩やかさだった。
「お上手です。お嬢様。
そのまま1つ目のコースマーカーまで昇ってください。
後はご自由に」
ジュネルフのアドバイス通りに、地上からアルス・ノヴァが点に見えるほどの高度に達した瞬間、爆発的に加速し一条の光線となった。
直人は感心しきりだった。
「今のあれ、リミッターに気づかれるのも誤魔化したんだよな」
「いや、そんな意図は微塵もない」
「違うのかよ!」
「単純に彼女は危うい。見ていられない」
「もしかして、昔の自分に似ているからか?」
ラフィーが飛び去った空を、羨ましそうにジュネルフが見上げた。
「まったくの逆だ。
私にお嬢様ほどの勇気と情熱があれば、空を飛べていたのかもしれない」
「反対に、お嬢にはASF自体に対する理解の薄い部分があるけどな」
ジュネルフがピットの中を指さした。
「その辺りの事情を執事の人に聞いてみないのか?」
「本人から言い出すまで詮索しないつもりだ」
「ここまで私達を巻き込み首を突っ込んでおいて、ちぐはぐな対処だな。
なにか特別な理由があるのか?」
直人ははにかみながら答えた。
「泣いている女の子に無理強いするほど、腐っちゃいないだけさ」
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