02-11. ルカインの静かな戦い
ナギライフルのポールストックを脇に挟み、銃持ちしているトリシャのエクスカリバー14。
後方にはぴったりとルカインのアルス・マグナがついている。
牽制に近づいては武器を振ることはあるが、トップ3は入れ替わることなく序盤を終える。
「そろそろ仕掛けてくるかしら」
ヴィクトリア・エリザベートがつぶやいたと同時に、アルス・マグナがマルチライフルを構えて撃つ。
最適なコースラインを妨害し前に出ようというのだ。
一方でトリシャはわざと大きく減速して避ける。
案の定、ルカインは追抜こうと加速する。
「先ゆくエアリエル様は、トップの在庫を問屋にお問い合わせください!」
軽口を叩きながら、トリシャはポールを両手握りにしてフルスイング。
ルカインは150ソードで弾くが、トップに立つことは阻止されてしまった。
一撃の重さなら長柄のナギライフルの方が有利だ。
150ソードでの反撃は間合いが遠く届かない。
好機とみた後ろのジャーニがリボルバージャベリンの一本を手持ちにして、ルカインを
これははっきりと背部のスタビライザーを狙った攻撃で、仕方なくルカインはもう一度海中に潜ってやり過ごす。
頭を出そうと上を向くルカインだが、ライジンストライカーが範囲照射武装のビームランチャーを自分に向けているのが見えた。
無理に海面に出ず、半身浴の状態を維持する。
その間に2位にジャーニが浮上した。
トリシャが秘匿レーザー通信をジャーニに開く。
「なかなかに漁夫ってくれますね。お母さん」
「これぐらいはささっとやれないと、エアリエルとは言えないわ」
「厳しいお言葉ですね。
その基準だと新人エアリエルは合格ですか?」
「まだレースはこれからよ。
トリシャも含めて、じっくり見てあげる」
「それはそれは、お手柔らかにお願いします」
一方で最後尾を飛ぶラフィーは集団に遅れまいと、必死になっていた。
機体の状態も申し分ない。
ブレインパルスだって十分に供給されている。
EEGPで習ったことを守っている。
それでもついていくだけで精一杯だ。
原因はラフィーにも解る。
全身を痺れさせるような焦燥だ。
焦りが全ての言動に絡まり、うまく連結できない。
動きに無駄な空白が出来てしまっている。
大丈夫、大丈夫だ。
落ち着くように自分に言い聞かせる。
前回より格段に成長している。
まともに飛ぶことさえできなかった頃とは雲泥の差だ。
「こんな所で苦労するなんて、って言えるほどわたしが上等な存在じゃないんでしょう」
自虐に口元が歪む。
「だからといって、簡単に飲み込むほど
ラフィーから前を飛翔するエアリエルに仕掛ける。
ライフルのストックを胸のフィクスチャーで固定して、両手持ちで照準サイトを覗き、教科書通りの狙い撃ち。
攻撃されるとは思っていなかったのか、狙われたエアリエルに着弾。ブレインパルスを減衰させる。
追い抜き側のラフィーはビームセイバーを発動させて突撃。追い打ちも見事に決める。
「そんな……!」
驚きの表情で大きく速度を落としたエアリエルが海中に沈んでゆく。
海上ディビジョンでは、攻撃を受けると減速だけではなく、海中に没してさらなる速度低下を受けてしまう。
相手の攻撃を避けるのに自分から海中に入るのは悪手だと思われがちだが、最終的に与えられるペナルティを思えば安いコストなのであった。
ラフィーは自力で一人退けた喜びよりを小さく噛み締め、前を向き続ける。
目指す目標はまだまだ遠いのだから。
ここで足踏みしているようでは、夢見る場所には届かない。
ラフィーが見据えるトップ組は小康状態でレースを先導していた。
3人とも遅いわけではない。
むしろ徐々に加速を続け、後続を引き離しつつある。
それは戦いの場を整えるためでもあった。
激しくぶつかり合う時を見計らっている。
緊迫を破ったのは先程と同じルカインだった。
サーキットを数周しての第二海上ディビジョンで、鳴り物入りの新人から積極的に仕掛けてきている。
マルチライフルを片腕を撃つ。
その際、弾丸がバラけるように腕を若干ブレさせる。
これを避けるためにどうしても必要以上に間合いを取らなければならない。
空いた隙間にアルス・マグナを突きこませる。
「やらせないわよ!」
トリシャのナギライフルと、ジャーニのリボルバージャベリンは得物の長さを活かしてルカインを串刺そうとする。
二人は打ち合わせしたかのように、上下を塞ぐ形でそれぞれの槍を突き出す。
唐突にルカインは仰向けになった。
スタビライザーを軸に駒のように高速回転して、2本の攻撃をいなす。
「あらそれはすごい」
ジャーニが素直に感嘆する。
さらに最後の背面飛行状態で150ソードを投げる。
海面に命中して水しぶきを上げる。
謎の行動と思われた射撃だが、トリシャにコースアウト警告が出た。
「嘘でしょ。今のでスタビライザーの先端を折ったの!?」
仕方なしに機体を海面まで下げるトリシャ。
増えた水抵抗でぐんぐんと速度が落ちる。
「ピットに緊急手配。
ごめん。スタビライザーがやられちゃった。
予備をスタンバっておいて」
トップ2人に置いてゆかれ、
まさか近接武装を投げてくるとは、大胆にもほどがある。
槍持ち2機を相手にするなら、いっそのこと無手になった方がやりやすいとかいう理由だろうか。
どっちにしろ。
「見てなさい。絶対にやり返してやるんだから!」
この程度でヴィクトリア王女の闘志を消せはしない。
幸い次は潜航ディビジョンに空中だ。
この周回までなら誤魔化して行けるだろう。
トップと明確な差をつけられて海中に入った。
被弾したことによるブレインパルスの減衰効果もある。
まだこの程度の距離ですんでいるが、その後のピット修理作業でどれだけ離されるか。
考えるべきことは多いが、やるべきことはもっと多い。
どれだけスタビライザーが壊されたかを測定する。
幸い先端が切り落とされているだけだ。
伸縮部からの交換で対応出来る。
それよりもスタビライザーの破損で海中でのバランスがグラグラと揺れる方が問題だ。
こまかくカウンターステアリングの舵取りを行い、蛇行を最小限にする。
ここでも先頭との距離を離される。
そうこうしている間に、後続が追いついてきている。
「ピンチってほどじゃないけど。
気に食わない状況ね」
潜航ディビジョンを抜け、アエロフォーミュラたちが空中に飛び出す。
ダメージによるパルスドライブの減衰を受けたトリシャは加速が乗らず、後続に追い抜かれてゆく。
時折牽制射撃を置いてゆくエアリエルの顔をしっかりと覚えながら、ずるずると後退する。
ピットロードに入り、チーム・ラウンドランドの場所へ降り立った。
セッティングラックに固定され、スタビライザーの修理が始まる。
「お願いね」
「どうせなら姫様が自分でやりますか?」
「うーん。今回は遠慮しておくわ」
軽い調子のやり取りの間に、素早くスタビライザーが伸縮部から取り替えられる。
安全確認のスタッフが確認フラッグを交差して下ろし、コース復帰を許可する。
「ヴィクトリア・エリザベート・エックサトン。
エクスカリバー14、飛ぶわよ!」
ラックの固定が解除され、ロケットの勢いで飛び出す青いアエロフォーミュラ。
サーキットに復帰すると、一つ後ろにラフィーが居た。
「あらあら。これはすごい偶然」
「今回が初めてのエアリエルに落とされれるなんて、トリシャも言うほどじゃないのね」
「落ちてないわよ。こうして復活したんだから。
あれは相手の近接武装を奪う高度な戦術よ」
「ものは言い様……」
「でもちょうどいいわ。ラフィーちゃんが近くにいるなら躊躇なくアレを使うこともできるし」
「アレってなに?」
首を傾げるラフィーを視界に入れずトリシャがイノガロイドを呼び出す。
「フィフス。状況は見ているでしょ。
今こそサーティーンの認証を要請するわ」
『念の為、意志確認いたしマす。
本気ですか?』
「当然よ。
合唱隊の準備もよろしく」
『かしこまりまシた。
エクスカリバーフィフスのブレインパルスリンクパワーラインコミュニケーションの初期化シーケンスに入りマす。
フォロワー聖句男性四部合唱準備よロし』
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