02-04. 歌姫たちの邂逅

 衝撃の事実に頭がクラクラするラフィーが7番ピットに入ると、さっそくとヌルフネットたちがアルス・ノヴァを解体していた。


「なんだこりゃ。カウルの裏にバッテリー貼ってあるのか。

 緊急手段だとしても力技すぎるだろ」


「だめです。制御系がほとんど手書きに変わってます。一日じゃ調整できません」


「使えるのはリミッターぐらいですね。やけに丁寧に仕掛けられてます。段階的な運用も視野に入れてます」


 スタッフたちが白いアエロフォーミュラをいじりながら、思い思いに感想を出す。


 ヌルフネットがラフィーに顔を向ける。


「この前とは別の意味で、よく飛ばせると思ったな。

 AFとしていびつ過ぎで、まともに扱える気がしない。

 誰だよ、こんなに好き勝手に改造しまくったのは」


「彼らはF大学の研究室から来ていたわ。

 あなたと別れた後、すぐに実験用の中継屋として知り合ったの」


「フランケンの変態どもか……。納得の魔改造だ」


 いかめしく目を細めるヌルフネット。


「そんでこの数日で用意できた保守パーツは、新しいカウルだけか」


「文句あるのかしら?

 ニタジークさんが苦労して手配してくれたものなのよ」


「ま、あるだけ前回よりマシってもんだ。

 フェイルナッツの部品も幾つか使えるだろうしな」


 今のアルス・ノヴァには、ナスカッサ用に確保していたパーツの中で汎用性が高いものや規格が合致したものが使える。

 何一つ準備されていなかったEEGPとは段違いの待遇だ。


「機体は一通りバラしてから、サウスSパークPディメンジョンD用にセッティングし直す。

 明日の昼前には全部終わる予定だ。

 事前の打ち合わせをしたいから、きちんと朝から起きてこいよ」


「言われずとも」


 ふんっとラフィーがそっぽを向いてツインテールが棚引く。


「夕方には分厚い注意事項のレポートを送るから、あくびしながらでも目を通せ。

 それじゃ、行ってこい」


 追い払うように手を振るチーフエンジニア。


「行くって、どこへよ。

 またわたしが邪魔だって言うの」


「おいおい。嬢ちゃんが俺たちに反感を買ってでもレースに出た理由を忘れたのかよ」


 そこにトリシャとフィフスがやってきた。


「そうね。最初の理由を疎かにしてはいけないわ」


「もうじきガブリールの孫娘ルカイン・プナグストの参戦記者会見が始まりマす。

 ご一緒しますので、見に行きましョう」


 イノガロイドの言葉でラフィーの身体が硬直する。


 いよいよ真に戦うべき相手とまみえるのだ。




 会見場はピットスポットから少し離れたイベントホールで行われる。


 フィフスの運転する車で移動して、開始時間前には着いた。

 会場には既に報道陣と野次馬が詰め掛け、現場は喧騒に満ちている。


 エアリエルである二人は顔が割れているので、逆にマスメディアたちに取り囲まれると思ったが、ラフィーたちが注目されることはなかった。


 トリシャは作業着のままで、一見は会場スタッフか報道クルーのようにみえる。念のために肉厚ゴーグルを下ろし目元を隠している。

 ラフィーには顔の半分はありそうな大きなサングラスが掛けていた。


「一番目立つフィフスがあの調子だし、こっちは気楽にいきましょ」


 ちなみにチーム・ラウンドランドの人型ロボとして有名なフィフスは報道側のパスを入手しており、二人と離れた場所で堂々とカメラを構えている。

 どこから見ても敵情視察以外の何者でもないので、こちらはばっちりと多方面から注視されていた。


 ラフィーが見たところ、報道側の座席にはあきらかにメディアではなくエアリエルと思わしき女性が数名いる。


 この会見が平穏に終わらないと、ビンビン直感に訴えてくる。




 司会進行の男性が登場し、ざわつく会場へ向けて片手を上げ静粛を求める。


「それでは時間になりましたので、新規エアリエル、ルカイン・プナグストの参戦記者会見を始めます」


 司会の合図で会場が暗転する。


 驚いたラフィーは咄嗟にサングラスを持ち上げた。


 スポットライトが舞台の中心に集まり、ドレスを来た長い黒髪の少女が現れる。


 アップテンポのメロディーが流れ、ドレスの少女が踊りだす。

 流れる水のようなしなやかさで、腕脚を廻す。

 イントロが終わり、彼女がソプラノの歌声が響かせる。

 高いトーンも余裕を見せて伸びる強く綺麗な声だ。


 歌を唄う。


 すっかりと忘れていたが、エアリエルとはそうしたアイドル的側面もある。


 一曲披露する間は、誰もが彼女に見入っていた。


 演奏が終わり、少女がドレスの裾をつまみ泰然と礼をする。


 くるっとその場で回転すると、ドレスがレーシングスーツに変わった。


 彼女の横に1機のAFが降りてくる。


 黒い色のアエロフォーミュラに颯爽と乗り込むと、会場の天井に映し出された空へ飛んでいった。


 ラフィーが首を傾げる。


「飛んでいっちゃった」


 会場に明かりが戻ると、夥しくマイクが並んだ長机に歌って飛んでいった少女が座っていた。


「最後の演出はちょっと外れかな。AFのお披露目までしたかった目的はわかるけど」


 トリシャが苦笑いした。


 改めて、黒髪ロングの少女が挨拶する。


「はじめまして、皆さん。ルカイン・プナグストです。

 本日は私のためにお集まりいただき感謝いたします」


 ラフィーが彼女を見つめる。

 ルカインが何者で、何を考えているのか。

 見るだけではなにもわからないが、とにかく注視するしかない。



 豪雨のようなフラッシュが炊かれ、先程舞台とは別種の光が集まる。


 ドローンによるムービー録画も始まり、司会進行が原稿を読み上げる。


 ルカイン・プナグストのプロフィールを紹介する。


 解説役をルカインに変わり、乗機であるRHF-04w アルス・マグナのスペック説明。

 特にルカインがガブリールの孫であるという箇所で、会場中から感嘆の声が出た。


 発表が終わり、質疑に移る。


 記者の一人が挙手をし、司会進行が発言を促す。


「ルカイン選手はどうしてASFに参加を表明したのですか?」


「祖母ガブリールに恥じない自分になるためです」


 率直な発言に会場全体がどよめく。


 ラフィーの肩にトリシャが優しく手を置く。


「怒りにまかせて飛び出さないでよ」


「そこまで考えなしじゃないわ」


 上げっぱなしだったサングラスをラフィーがつけ直す。

 どうだかという言葉をトリシャは口の中で転がした。


 しかしラフィーが噴出するまでもなかった。


「それは極東で輝いた『小さき新星スターダストノヴァ』を意識してのげんなりや!」


 一人の少女が立ち上がって叫んだ。

 眼帯に黒髪ポニーテールのエアリエルだ。


 会場が一気にざわつく。


「私の経歴にマッハマンさんは関係ございません」


 冷静にマイクを通してルカインが応える。


「ちょっとー、いきなり大声ださないでくれるー。

 椅子に座っているだけでいいっていうから来たのに。

 チョーめんどくさい」


 記者席の一つでバタバタと手足を振って別の少女が文句を垂れる。


「そちらはトノメマの子女か。

 色属性が被った新人が出たのだ。荒れもする!」


「もともとドアっちはサトリんとネタ被っているじゃない。

 いまさらよ」


「拙者と『双影』カウンターニンジャ殿とは方向性が異なっていよう。

 ええい、ジャーニ殿はどこだ。

 いつもならすぐにでも娘の愚行を止めてくれるはずが」


「おかーさんはチームの指揮でピットにいるよん。

 だからアタシが代わりで来たんじゃない」


「質問をされるのでしたら、挙手してからお願いします」


 さすがに二人のやり取りを司会進行が止める。


 ここでドアっちことセオドアが返す刀を見せた。


「では来歴で返すが、天空の乙女を祖母とするには、年齢の計算が合わないではないのか?」


「そこはワタシとオナジでしょー。

 ルカちゃんは有機アンドロイド、いわゆるアニマロイドっしょ。

 歌声解析かければ、ブレがほっとんどないのが丸わかりだしねー」


 イリソン・トノメマがきゃはははと高い笑い声をだす。


「孫娘を名乗っているのは、ジーンマップをガブリールの子供さんから提供されたってことね。

 ホントわっかりやすいわー」


 これだけの喧騒を前にしても、黒髪ロングの少女は目蓋一つ動かさなかった。

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