17限目 王者と令嬢は準備する

「……って、何言ってんの私! バカなの!? バカなの!!?」


 帰宅後、千尋は両手で枕をドスドス叩きながら叫んでいた。

 実はあの後、気恥ずかしさのあまりにあの教室から一人で飛び出して、逃げるように家へ直帰したとのことで。

 そして、今に至る。


「うぅ……、違う。違うの。あのときはテンパってただけだから……」


 その枕を抱き寄せて、そのままベッドの上に横たわる。


「まさか、明日から先輩が家に来ることになるなんて……」


 親しい誰かを家に招いたことがない千尋は、うずくまりながら色々なことを考えていた。


「こういうのって、部屋の掃除をするだけじゃ足りないよね? アロマとか炊いたほうがいいのかな? お茶も出さないとだよね? どんな紅茶出したら先輩、喜んでくれるのかな? あと遅くまで居てくれるわけだし、料理とか振る舞った方が良いのかな……」


 何をするのが適切なのか、分からない。

 どこからがやるべき事か、どれが必要でどれが不必要かも分からない。


「明日、美希(みき)ちゃんに……」


 結局、仲の良いクラスメイトに頼ろうと考えた千尋。

 だが、煌星美希きらほしみきにそのことを相談するとなれば……


 ──そんな! 家に男を呼ぶの!? しかもあの男!? うぅぅ……、そんなことしたら可愛い可愛い千尋が無理矢理襲われる……。わかった。アタシもお供させて!!


「……やめとこ。面倒なことになりそう」


 そう言って寝返りを一つ打ち、自分なりにどうすべきかを考えてみる。


「そういえば服装ってどうすればいいの? 一応、先に帰って私服に着替えたほうがいいのかな? それとも先輩も制服で来そうだから、それに合わせた方がいいのかな? やっぱり勉強するんだから、制服の方が締まりがいいよね」


 服装は制服。


「飲み物はコーヒーがいいかな? カフェイン入ってるし。でも先輩が飲めるか分からないよね。甘さ調節したら飲めるかな?」


 飲み物はコーヒー(キリマンジャロ。甘さは要相談)。


「アロマと料理は……、別に良いかな? それか先輩に聞いてみようかな?」


 アロマ、料理、初回は無し。次回以降は要相談。


「あとは……」


 何か重要な事項が、起こりうる大事な状況が無いか、頭を回して考えていると……。


 ──可愛い可愛い千尋が無理矢理襲われる……。


「ひゃう!!?」


 美希の言いそうな言葉が美希の声で脳内再生されて、思わず変な声が漏れた。


「ま、まさか先輩がそんなことを……。恋人でもないのに……」


 ──アイツ『初めて』。興奮してる。可愛い千尋と二人。襲ってくる……。


 美希の明るい声をドス黒くした、怪人の出すような声が耳元で迫るように囁いてくる。


「そ、そんなわけないでしょ!?」


 ──男、ケダモノ。千尋と二人で『初めて』、興奮して襲ってくる……。ゴム……


「そっ、そんなの要らない!!!!!!」


 顔を完熟トマトのように真っ赤にさせながら、千尋は叫んだ。


「そんなこと、私がするわけないじゃん。それに先輩、ビビりだし……」


 そう言って嫌がる千尋。別に想像している訳ではないし、それを欲するなんて破廉恥なことは一切考えていないのに。それでも胸のざわめきは増すばかりで……。


「…………はぁ」


 その真っ赤な顔を枕にうずめ、千尋は乱れる気持ちを落ち着かせるべく目を瞑った。



 〇



 一方、侑李は帰り道で一人、真剣な面持ちであることをずっと考えていた。


「僕が茨木の『初めて』。つまりはあの子の家に入るお客様の『第一号』というわけか……」


 実は侑李、『初めて』や『第一号』と言った言葉には尋常じゃないくらい真面目な態度で向き合う性格であり、失礼の無いようにせねばと張り切っていた。


「おそらくこのままだとしばらくは茨木の家庭教師を務めるのわけだから、PDCAは徹底しないとな。家庭教師は一回きりじゃなさそうだし、あまり下手な失敗はできないし……」


 PDCA(PDCAサイクル)とは、"P"lan(計画)・"D"o(実行)・"C"heck(評価)・"A"ction(改善)を繰り返すことによって業務を継続的に改善していく手法であり、侑李は明日のことだけでなく、今後のことも視野に入れていたのだ。

 特に、準備を抜かりなく行う侑李にとってはPの段階から失敗が許せないわけだが……


「……と言っても、僕は何を気をつければ良いんだ? ……わからん」


 どんなに考えてみても、女の子の家に足を踏み入れることが『初めて』の侑李にはどうやら一人手では準備が進まない。

 一応グーグル大先生に頼ってみたものの、どうも信用できないのか首を傾げてばかり。


 ここで侑李は、Pの段階を円滑かつ確実に行う手段を用いることに。

 手を口元に添えて、侑李は何かかんがえごとをする体勢で呟いた。


「やはりこういうのは、アイツに聞く方がいいな」

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