15限目 絶対王者は救いを求める

「……すみません、息がちょっと……」


 突然、千尋ちひろは膝に手をついて立ち止まった。


「……悪いな、無理に走らせてしまって」


 侑李が寄り添うと、整わず荒い呼吸のまま千尋は続ける。


「いえ、私こそご心配をおかけしてごめんなさい。あと、悲劇のヒロインみたいにぽっくり逝ったりとか……、実は大病を患ってたとかでは……」

「わかった。とりあえず呼吸整えろ。あと、何が言いたいのかわからん」


 大事には至らないとのこと。

 だが無理は禁物。油断は大敵。

 侑李はこのまま千尋が落ち着くのを待つことにした。


 ……そういえばあの子、追いついて来ないな?


 ふと侑李ゆうりは後ろを振り向くが、後ろから追いかけてきた美希の姿が無い。

 そのことに、侑李はホッと一安心して胸を撫で下ろした。


「どうする、茨木いばらぎ? あそこのベンチで休むか?」


 無理に走って呼吸が未だに荒い千尋のために、侑李は小さく手を差し伸べるのだが……


「いえ。もう私、大丈夫なん、で……」

「茨木!?」


 ゆっくりと頭を上げると、彼女は足をふらつかせてしまう。


「……っと。大丈夫か!?」


 木が前向きに倒れかかるように迫る彼女を、冠城は咄嗟に両手で受け止めた。

 彼女の息はまだ荒く、ここから一歩も動けないくらい重症で。

 侑李は千尋を支えたまま数秒立ち止まり、彼女もまた侑李にしばらく身を預けた。


「……はぁ、はぁ。すみません、私……」

「気にするな。あの子も追ってきてないみたいだからこのままでいろ。それとも、座りに行くか?」

「いえ、このままで大丈夫です」


 そう言って千尋はしばらく侑李の両手にもたれかかることに。

 一方の侑李は近くにいる千尋から漂う薔薇の甘い香りに鼻腔をくすぐられ──表情には出ていないものの──高鳴る胸の鼓動に正気を保てない。

 思春期の少年たるもの、この状況を『ラッキー』と呼んで喜ぶのだろう。

 しかし『ラッキー』という言葉に矛盾して、呪われてるのではと思うほど不幸な侑李にとっては、この状況もまた危ないもので……。


 ──やだなぁ、これ誰かに見られたら超絶恥ずかしいやつじゃん! 一気に噂になって、千尋に勉強教える場合じゃなくなるじゃん!!


 普段は放課後、周りに人気ひとけのない空間にいるからバレていないものの、これで『付き合ってる』という噂でも流れれば、しつこいゴシップ週刊誌の記者みたく何者かに後をつけられて、口外するなと言われている関係を迫られて校長の迷惑になってしまう。

 そうわかっていても、今の千尋を手放すなんて白状なことができない。


 ということでしばらく、千尋の体調が回復するまで待ち続けるのだが──。ここでハプニングに巻き込まれてしまう。


「あっ、あぁ……」


 遠くから二人が抱き合っているように見えたのか。その姿を目撃した美希みきが衝撃のあまりにカバンをドスンと落とした。


「あっ」

「そんな、千尋が、お、男の人と……」

「違う! これは!!」

「待って美希ちゃん! 私は!!」


 よりによって、最も見られたくない相手に遭遇してしまった。

 これにより、侑李と千尋はパッと離れて美希の誤解を解こうと試みるが、美希の勘違いはどんどんエスカレートし……。また目に涙を浮かべる。


「アタシ、あなたたちより先回りして玄関で待ち伏せて、ならず者を成敗してやろうと思ったのに……。なんですか? アタシが追ってこないのを良いことにこっそりいちゃラブですか……」

「いや、僕はふらついた彼女を支えただけで──」

「そんなの嘘です! あなた、何者ですか!!? アタシの可愛い千尋に何したんですか!? 催眠ですか? 新手のメンタリズムですか!?」

「んなことするわけないだろ!!」

「じゃあどうやって千尋を惚れさせたと言うんですか!?」


「惚れさせてない!!」

「惚れてない!!!」


 息ぴったり。はたから見れば相性抜群のお似合いな二人。

 もう言い逃れしようにも上手くいかないわけで……


「……逃げるぞ!」

「また!? って、そっちは校外ですよ!?」


 血迷った挙句に、侑李は千尋の手を掴んで校門に向かって駆けだした。

 その時だ。救世主に出会ったのは──。


「おう、冠城くんに茨木くん、おはようございます」


 校門から、学校周辺の散歩から帰ってきた校長に出会でくわした。


「先生! ちょうど良かった!!」


 ここでナイスタイミング。

 侑李は校長を現在陥りそうな窮地を説明すべく駆け寄ろうとしたが、ここで美希に先手を取られてしまう。


「どこ行くんですか? ねぇ、説明してくださいよ? なんで朝から愛の抱擁を……」

「えっ!? 抱擁!!? 嘘だよね? 冠城くん!!」

「校長、違います!! これには深い訳があって!!!」


 そして再び、校長に侑李への誤解が生まれてしまった。

 あたふたしながら、侑李は耳打ちで今の状況を説明した。


『僕はただ、ふらつく茨木を受け止めただけで……』

『……ホントに? まさか教師と生徒が一線越えたなんてこと無いよね?』

『そんなことは断じて無いです! それより、どうしましょう!? 僕たち、あの子にどんな関係かって迫られてるんですよ!!』

『ええっ……、それはまずいよぉ……』


 さすがのこの状況に、校長は眉をひそめた。

 なんせ二人の関係を隠せと命じたのは校長であって、その関係がバレるのは校長にとってかなり都合が悪いらしい。


『もうこの際、仲の良い男女じゃダメなの?』

『そんなの通じるわけ無いですよ! 現代の学生ってのはそう言うだけで「付き合ってる」って思い込んでその疑惑を広める生き物なんですよ!?』

『えっ、なにそれ怖っ!!』


 ……そんなことより。


『とにかく、僕はどうすれば……』


 もしかしたらこの秘密がバレたら、校長からの特別推薦の話が無かったことになってしまうかもしれない。

 けれど頼れるのは、校長しかいない。

 侑李は校長に縋った。

 この場を治めて欲しくて。彼女を誤魔化す術を教えて欲しくて。


『……わかった。先生に任せなさい』


 ところが、ここで校長が前に出る。

 生徒一人のために動いてくれたことを感謝すべきか、自分のせいで迷惑をかけることになったのを謝るべきか、または──。

 それを考えているうちに、口が開く。


『すみません、ありがとうございます』


 目の前に見える校長の大きな背中に、窮地に立たされた侑李は全ての信頼を預けた。


「えっと、キミは確か……」

煌星きらほし……ひぐっ、美希……です……」

「そうか、煌星くんか」

「そんなことより先生、アタシの友達を助けてください! あんな子じゃなかったのに、あんな子じゃなかったのにぃぃぃ!!!」


 ……じゃあ普段は、どんな子なんだ??


 そう思い千尋を見るが、彼女は即座にそっぽを向いた。まぁ概ね、侑李の思う通りであろう。


「大丈夫、この二人は一線を越えたりはしてないよ! 朝の抱擁も……ほら、欧米の挨拶みたいなもんだよきっと! ねぇ? 冠城くん!?」

「えっ? あっ、はい!」


 相当焦った様子の校長の勢いに気圧され、侑李はイエスと答える他なかった。変に口出しすると、物事が厄介になりそうだったから。


「じゃ、じゃあ二人は……うぐっ、なんなんれすかぁ……」

「えっと、二人は……」


 考えてくれている。

 きっと侑李と千尋を救うため、自分と彼らの面子を守るための最適解を模索しているのだろう。


「実はね……」


 そして早くも数秒で、答えが出たみたいだ。

 さぁ、どんな答えで誤魔化してくれるのか?

 今後の参考になると思い、侑李は耳を傾けた。のだが……


「ちょっとワケあって。冠城くんには、茨木くんの教師をやってもらってるんだ……」


 ……諦めた。

 誤魔化すのをやめて、校長は事実を述べたのだ。

 あのルールは何だったのか……。


『ちょっと、先生!?』


 予想外の行動に驚愕し、侑李は再び校長の元に駆け寄った。


『だって、こうするしか無かったんだよ』

『いや、でもバレたらまずいって……』


 そう言うと、「あっ、そうだ」と思い出したように続けた。


「い、今のはいわば機密情報だから、誰にも口外しないと約束してくれるかい?」

「……わかりました。その代わり……」


 涙を拭い、美希は再び侑李を睨みつけながら──


「この二人が不純な関係だとわかる、もしくはそれ相応の行為に走れば、学校中に言いふらします」

「ちょっと!? それは困るよォ……」

「アタシ、本気ですよ?」

「えぇっ……、ホント止めてよね!? 冠城くん!!」

「いや、やりませんし。そもそもやってないですって……」


 これで──脅しはかけられたものの──なんとか落着。

 美希も落ち着いたみたいで、千尋を連れて教室に戻った。


 ……それにしても、何故校長は美希に秘密をバラしたのだろうか?


 ただ諦めた、と言うには、即決が過ぎてるような……。

 気になって侑李は校長に、先程の状況を説明してもらうことにした。



【後書き】


「面白い!!」「すこ!!」「おい校長何してんねん!!」と思った読者様にお願いです。

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それらは僕の血骨となり、更新速度もどんどん速めてまいりますので、何卒よろしくお願いします!!!!

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